12 / 60
12.対ギルマン
しおりを挟む二人は無言で森を進んでいく。
元々ソラは話す人間では無い。いつもの二人の会話は、プラドが突っかかってくる事で成り立っていたのだ。それが無くなった今、二人の間に会話は生まれなかった。
たいした打ち合わせも無く進む二人だが、足取りは共に迷いがなくギルマンを討伐すべく進んでいた。
水場の魔物は日が高いうちにでなければ戦闘が困難になるからだ。
森に水場は複数ある。川、滝、湖、洞窟など様々だが、ギルマンが潜んでいるであろう場所に目星はついている。
そんな基礎を話し合う必要もない優秀な二人であったから、余計に会話が無かった。
「……」
「……」
目的の場所に着いても特に会話は無かった。
二人が選んだのは、洞窟だった。この森でギルマンが生息している可能性が高いのはここだろうと目星をつけたのだ。
滝壺の近くの崖にある洞窟はしっとりとした空気が流れ、時折天井から水滴が落ちてくる。
奥に進むと空間は大きくなり、一面が水に沈んだ場所に辿り着く。
外の光はかろうじて届いているが、戦うにはやや暗すぎる。そこでプラドが灯りの魔術を使ったので、ソラは魔術で防壁を張った。
「……出ないな」
「……そのようだ」
ギルマンは縄張り意識が高く、侵入者が来れば即座に襲いかかってくる。
しかしここまで近づいても出てこないのなら生息地が違うのかもしれないと二人は考えた。
だが二人に落胆の色は無い。
都合よく指定の魔物が居るとは限らないのが実戦考査の特徴だ。
その場合、いかに指定の魔物が居るであろう場所を選んだかが考査対象となる。
つまり、最善の行動が取れてさえいれば討伐しなくとも高得点をもらえるので、出ない方が面倒がない訳である。
あと数個、ギルマンの生息確率の高い場所を選んで足を運べば考査の成績には問題ないだろう。
そう考えて踵を返そうとした時だ。
「……ちっ」
舌打ちしたのはプラドで、心の中で舌打ちしたのはソラだった。
こんな時だけはやたらと気が合う優等生ペアである。
静まり返っていた水面がポコポコと揺れだしたのだ。
その揺れが大きくなると、水面にわずかに影が現れ、二つの赤い点が水の奥で光った。
出てこなければ討伐せずとも評価がもらえたのだが、出てきてしまったものは仕方ない。
二人はそれぞれ魔法陣をえがき、襲撃に備えた。
「ギャガガガガァアア──ッ!!」
数秒もしないうちに水しぶきを上げて、青い鱗に覆われた水かきを持った魔物が勢いよく飛び出してくる。目的の魔物、ギルマンだ。
だが、相手が油断した所を水中から襲うのがセオリーだろうにこのギルマンは知能が低そうだ。
戦闘中にそんな事を考えながら、ソラは魔術を発動させた。
まずは相手に先に攻撃を仕掛けさせる。それを魔術で防ぎ、隙が出来た所で間髪入れずに反撃するのが基本である。
その流れは、プラドがギルマンの攻撃を相殺させる魔術を発動させているのが分かったので、その隙にソラは反撃の魔術を発動させる事で成り立った。
「グェ……ッ? ギャオォ……」
襲撃したはずがいつの間にか真っ二つになっていたギルマンは、何が起こったか分からぬまま息絶えた。
これで一つ目の課題は完了だ。
「……お前」
「ん?」
考査には不要だが、せっかくなので素材を回収しておこうと動かなくなったギルマンを水から指先一つで引きずり出すソラ。
そんな矢先にプラドから声をかけられたものだから、ソラはかなり驚いた。ただしギルマンを操る魔術に乱れは無く、表情も変わらなかったのでプラドには気づかれなかった。
ひとまずギルマンを近くまで持ってきた所で振り返れば、プラドは分かりやすく驚いた顔をしていた。
「良く俺がヤツの攻撃を防ぐ魔術を使うと分かったな」
「魔力の流れで分かるだろう?」
「……マジかよ」
何が「マジかよ」なのだろう、と思うが、プラドがまた舌打ちをしてギルマンを解体し始めたので尋ねるタイミングを逃した。
気を取り直してソラも解体作業を共にしようとするが、プラドの手際が良すぎて手を出す隙がない。どの部位が高く売れるか理解しているようなので、特に口を挟む必要もない。
なので、プラドは器用だなと感心しながら彼の隣に屈んで待つ事にした。
すると「ジロジロ見るな!」と怒られたので天井から落ちてくる水滴を数える事にした。
しばらくして解体を終えたプラドがソラに素材を手渡す。
後で分けるのだろうと、ソラは黙って受け取りマジックバッグにしまった。
戦闘をあっさり終え、素材も手に入れてソラは一息つく。
そして思う。動きやすい、と。
会話はほぼ無いのに、とても動きやすい。
今までであれば、他人が居ると思うように動けず手間と時間がかかっていた。
だから苦手な会話を懸命にこなして相手を導く必要があったのだ。
けれど今回はどうだろう。
ソラが何も言わずとも目的の場所に来れたし、常に最善の行動を取ってくれる。
共に行動してこんなに疲れないのは初めてだった。
「……プラド」
「……ンだよ」
だからつい、ソラは言ってしまったのだ。
「プラドがペアで良かった」
「はっ!?」
驚愕した声と共に湿った地面で滑りそうになったプラド。なんとか体勢を整えたが、その後は口をポカンと開けたまま微動だにしない。
そんなプラドをみて、また失敗したかなとソラは思う。
「……っ、断ったくせに……」
「すまない」
唖然とした様子からハッと思考を戻したらしいプラドが、苦々しげに言った。
ソラも、それはそうだと思う。断っておいて都合のよい。プラドも怒って当然だろう。
しかし、そんなプラドを見ても、やはり違和感が拭えなかった。
なぜなら以前のプラドであれば、もっと文句を言うか「やっと俺の優秀さを認めたか!」とお得意の仁王立ちで騒ぎそうなものだからだ。
ところが今のプラドはどうだろう。
力なく返事を残しただけで、ソラに背を向けてしまったではないか。
洞窟から出る際にプラドが振り返ったが、目が合うと瞬時に前を向いてしまう。けれどその後もチラチラとソラを気にし、目が合っては同じ事を繰り返す。
そして明るい場所に出て気づいた。プラドの顔が真っ赤だ。
「プラド、顔があか──」
「──赤くない! 気にするな! 行くぞっ!」
早口でまくし立ててズカズカと大股で進んでいくプラド。
顔色が正常ではなく、挙動不審な様子にソラは改めて思う。
──やはりプラドは何かの魔術にかかっている……。
そう確信するのだが、その魔術が何なのか未だに分からない。
そばにいてもおかしな魔力は感じない。プラドが魔術を使えば違和感のある魔力の流れが感じ取れるかとも思ったが、あれほど近くで使われたのに察知できなかった。
これはよほど巧妙な魔術が組み込まれている可能性がある。
ならば、少々強引な手に出なければならないかもしれない。
「……」
まだ時間はたっぷりあるのだ。必ず今日のうちにプラドの魔術を解術してみせる。
そう決意するソラ。とんでも無く嫌な予感がよぎったプラドは、寒気は無いのにわけも分からず鳥肌を立てた。
9
お気に入りに追加
750
あなたにおすすめの小説
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
なぁ白川、好き避けしないでこっち見て笑って。
大竹あやめ
BL
大学二年生の洋(ひろ)には苦手な人はいない。話せばすぐに仲良くなれるし、友達になるのは簡単だ、と思っていた。
そんな洋はある日、偶然告白の現場に居合わせる。その場にいたのはいい噂を聞かない白川。しかし彼が真摯に告白を断るのを聞いてしまう。
悪いやつじゃないのかな、と洋は思い、思い切って声をかけてみると、白川は噂とは真反対の、押しに弱く、大人しい人だった。そんな白川に洋は興味を持ち、仲良くなりたいと思う。ところが、白川は洋の前でだけ挙動不審で全然仲良くしてくれず……。
ネトコン参加作品ですので、結果次第でRシーン加筆します(笑)
祝福という名の厄介なモノがあるんですけど
野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。
愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。
それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。
ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。
イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?!
□■
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
完結しました。
応援していただきありがとうございます!
□■
第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m
ここは弊社のゲームです~ただしBLゲーではないはずなのに!~
マツヲ。
BL
大人気乙女ゲーム『星華の刻』の世界が、腐女子に乗っ取られた?!
その世界を司る女神様におねがいされた原作のシナリオライター男子が、モブに転生して物語の改変に立ち向かう。
けれどいきなり隠し攻略キャラの腹黒殿下に気に入られ、気がつけば各攻略キャラともフラグが立つんですけども?!
……みたいな話が読みたくて、ちょっとだけ自分の趣味に正直に書いてみた。
*マークのついている話は、閲覧注意な肌色多め展開。
他サイトでも先行及び同時掲載しております。
11月開催の第9回BL小説大賞にエントリーしてみました。
Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜
天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。
彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。
しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。
幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。
運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。
純情将軍は第八王子を所望します
七瀬京
BL
隣国との戦で活躍した将軍・アーセールは、戦功の報償として(手違いで)第八王子・ルーウェを所望した。
かつて、アーセールはルーウェの言葉で救われており、ずっと、ルーウェの言葉を護符のようにして過ごしてきた。
一度、話がしたかっただけ……。
けれど、虐げられて育ったルーウェは、アーセールのことなど覚えて居らず、婚礼の夜、酷く怯えて居た……。
純情将軍×虐げられ王子の癒し愛
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結
学園の俺様と、辺境地の僕
そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ?
【全12話になります。よろしくお願いします。】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる