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2.プラド・ハインド

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 プラド・ハインドは肩で風を切り歩く。その後を、二人の男子生徒が付いて来た。

「プラドさん! 今日の魔術学の解説さすがでした!」

「あまりの完璧な解説に講師も苦笑いを浮かべてましたよ」

「ふん、あの程度たいした事じゃない」

「「さすがプラドさん!」」

 見事にそろったヨイショの声に、プラドは益々胸を張る。もちろん口では「たいした事じゃない」と言いながら。
 プラドの取り巻きである二人は、今日もプラドの機嫌を取るために褒めちぎる。
 しかしながら、プラドに擦り寄るのが目的ではあるが、二人の言葉に嘘は無い。
 なぜならプラドはそれなりに優秀だったからだ。
 幼い頃から環境に恵まれ、優秀な家庭教師に恵まれ、彼自身もそれなりに才能があった為、成績は常にトップだった。
 それに顔も、まぁそれなりに良い。
 そんな彼の周りには甘やかし褒めちぎる家族と、プラドの家に擦り寄りたい為に褒めちぎる取り巻き。つまり彼を褒めちぎる者しか居ない。
 そうして出来上がったのがこの男だ。

「やはりプラドさんに敵う生徒なんて居ませんね」

「なんたってパーフェクト男だしな!」

「ふん……」

 人の上に立つのが当たり前。全てにおいて優れた男。己に勝てる者など誰も居ない。
 プラドはずっとそう信じて生きてきた。
 そう、この学園に入学するまでは……

「僕は足元にも及びませんよー。この前の成績だって──」

「おいっ」

「え? あ……」

「……」

 先程までの穏やかな空気が、ジワリと冷え込んだ。
 廊下を歩く三人の横には、奇しくも先日発表されたばかりの成績板。
 トップから二番目にはプラドの名前。プラド・ハインドの名があるべきであった場所には、別の名が示されている。

「あ、いや、あのですね」

「ぷ、プラドさんの優秀さは成績なんかじゃ表せられないと言いますか……」

「……」

 最悪な場所で口を滑らせた青年を相方が肘でど突く。二人してしどろもどろになりながらもなんとか弁解しようとするが、プラドが振り返った事で途端に直立不動となる。

「ふ……余計な気を使うな。俺は別に気にしちゃいない」

「プラドさん……」

 やらかした、もうダメだ……と絶望した二人だったが、思いもよらないプラドの言葉にしばし呆ける。
 そんな二人を見てプラドはまた笑い、前を向いて歩き出した。

「成績がなんだ。あんな数字にいちいち惑わされていられるか」

「で、ですよね!」

「さすがプラドさんです!」

 いつもと変わらぬ余裕ある背中に、二人は安堵の息を吐いてプラドに並んだ。

「それにだな、俺とヤツの誤差はわずかだ。古代語は三点差、算術は二点差、薬術と歴史は共に一点差、魔術学ではなんと同点だったんだからな」

「で、ですよね……」

「さすが、プラドさんです……」

 めちゃくちゃ数字気にしてんじゃねーか。とは思うが二人は決して口には出さない。顔には出ているかもしれないが。

 もちろん、プラドはたいそう気にしている。
 それはもう、初めて成績が出た頃は三歩あるけば柱にぶつかるほどに気にした。
 しばらくは現実が受け入れられず朝起きる度に成績表を確認した。
 現実を受け入れざるを得なくなると、今度は発熱を繰り返した。
 授業で簡単な傷薬を作るはずがどう間違ったのか惚れ薬が出来てしまった。これまたうっかり落として学園に住み着いたピクシーが飲んでしまい大変な事になった。
 などなど、様々な伝説を残したプラドであるが、ある程度騒いだ後はきっちり気持ちを切り替えた。
 どうせ偶然だ、と。
 どうせ今回だけだ。ヤツの運が良かっただけだ。次回も同じような運に恵まれるハズがない。

「なぜだ……っ」

 しかし、どれだけ努力しようが時が経とうがソラに勝てる日は一向に来なかった。
 魔術の天才と呼ばれたソラ・メルランダ。その称号は己の物だったはずなのに。
 こんなの間違ってる! と、何度そう思っても、思い描く理想の未来に正す方法は分からない。
 なんせ何をやっても勝てないのだから。
 完璧なはずだった人生を狂わせた男を、プラドは憎んだ。
 いつしか姿を見つけては嫌味を言うようになり、なんとか蹴落とそうと目論むようになった。
 結果は、ご覧の通りである。

「くそ……っ」

 面白くない思い出を振り返りながら、プラドは頭を巡らせる。
 なぜこうも勝てないのかと。
 せめて一度だけでも、ヤツを打ち負かしたい。
 何か一つ、ヤツよりすぐれている事を周りに証明したい。何か一つだけでも……

「そういえばそろそろアレの季節ですねー」

 不意に、取り巻きの一人が背後で呟いた。

「そういやそろそろアレか。めんどくさいなー」

「でも成績にも響くから適当には出来ないしな……」

 心底めんどくさそうに話す二人。その会話でプラドも毎年恒例の行事を思い出す。
 もうそんなの季節なのか、と。

「……」

 その時だった。プラドのそこそこ優秀な頭がそこそこしょうもない事を考えだしたのは──

「やっぱり今年もどっかのグループに参加させてもらおうかなー」

「それが無難だよな。個人ですると評価も高くなるけど失敗も多いし……」

 背後で盛り上がる会話には参加せず、プラドは歩きながら思考を巡らせる。
 これからの流れ、予測される展開、必要な準備。そして最後に想像したのは、晴れやかに笑う己の姿。

「トリー、マーキ。準備をするぞ!」

「へ?」

「準備って、何のです?」

 突然名を呼ばれた二人は、プラドがたった今考えついた計画など知りもしない。
 二人して首を傾げれば、プラドは振り返りお得意の仁王立ちで二人を見下ろした。

「もちろん、アレの準備に決まっているだろう」

「え……も、もしかして今年はプラドさんが一緒にしてくださるんですか!?」

「すげぇっ! 大船に乗った気分ですよ!」

 プラドからの突然の提案だったが、二人は素直に喜ぶ。
 完璧主義のプラドならば完成度の高い物が出来上がるだろう。それに関わったとなれば自分達の評価も上がるはずだ。
 付いていくのは大変であるが、理不尽すぎる事は言わないのがプラドである。
 学園への報告も三人の名で提出してくれるだろう。

「これは当日が楽しみですね!」

「どこまでも付いていきますよプラドさん!」

「ふん、せいぜい励めよ」

 三人の楽しげな会話が晴天の青空に響く。
「何をするんですか?」と尋ねる二人にプラドは得意げに計画を話しだした。
 頭の中では当然、計画がすべて上手く行った輝かしい未来を思い描きながら。

 
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