上 下
1 / 60

1.ソラ・メルランダ

しおりを挟む
 
 ソラ・メルランダは今日も長い髪をなびかせ歩く。
 ここは王都の中心にある学園。広大な敷地に建つ校舎は歴史ある建造物だ。その広い石造りの廊下を、ローブ姿のソラは歩いていた。
 天に溶け込むような青空色の髪は一つに結ばれ、揺れるたびに太陽の光できらめいた。
 瞳も同じ空色で、その瞳を囲むまつげは影を落とすほど長い。
 白い肌に整った中性的な顔。窓際にたたずめば、一枚の神秘的な絵画のようだった。そんな美しい彼を周りの人間は、森の泉の妖精のようだと口にする。
 しかし当の本人は、己の容姿に無頓着だった。
 そのせいで、大事件が起こる。
 以前、髪が伸びたなと結んだ束を鷲掴みナイフでバサリと切り落した事があるのだ。
 その際、親の死に目をみるような周りの顔に、ソラは何となく駄目な事なのだと悟りプロに任せるようになった。
 しかし何度「出来るだけ短く」と頼んでも、毛先を整える事しかしてもらえないのが最近の悩みだ。

「お、おはようございますメルランダさん!」

「あぁ、おはよう」

 勇気を出したであろう後輩がソラに声をかけ、返事をもらえると嬉しそうに頬を染めて去っていく。
 ソラを慕う者は多い。それは彼の美しすぎる外見も関係するが、ソラの魅力は外見だけでは無かったのだ。
 学園の魔術科トップの成績の彼は、その実力を鼻にかける事などせず、ただ淡々と研究に打ち込む。
 アドバイスを求められれば的確に指示し、問題が起こる前に先回りして解決させてしまう。
 優れた才能と穏やかな性格、美しい姿も相まって、今日も彼を崇拝する者は増えていく。
 ただ、惜しむらくは表情である。
 ソラはほとんど笑わない。かといって怒りもしない。
 感情の読めない彼には近寄りがたい雰囲気がつきまとい、孤高の人物となっていたのだ。しかしそれもまた彼の魅力だと、周りは密かに熱い視線を送るのだった。


 * * *


「メルランダさん! また首席でしたね!」

「そう」

 クラスメートが、聞きもしないのにソラへ嬉しそうに報告する。
 今日は成績が発表される日だったようだが、そんな事より魔術の研究がしたいソラは簡単な返事だけを返した。
 もちろん首席でいられるのは誇らしいとも思う。しかし、ただ己が好きで魔術を学んでいるだけであり、結果は付属品にすぎないとも考える。

「おい」

「……?」

 しかし、そう思わない人物も当然居るわけである。

「今回もたいそうな成績だったみたいだな」

「プラド、それは褒めているのだろうか」

「おー、凄い凄い。褒めてやるよ」

 褒めてやる、と言いながらもプラドと呼ばれた男はソラを鼻で笑う。
 プラド・ハインドはソラの同級生である。そんな男は腕を組み、ソラを威圧的に睨んだ。

「だがな、調子にのっていられるのも今のうちだ。今はトップの座にあぐらをかいてチヤホヤされてるようだが、次のトップは俺だ」

「前も言っていたが?」

「うるせぇっ、今回は調子が悪かったんだよ!」

「そうか。薬は必要か?」

 体調に合わせて魔力を込めながら薬を配合するのも魔術士の仕事だ。
 なので体調不良ならば薬を配合しようか、と完全な善意でソラは言ったつもりだった。
 しかしながら、当のプラドにはソラの善意など伝わらなかったようで、

「いらねえよっ!」

 と、吐き捨てられてしまった。
 馬鹿にしやがって……と睨むプラドに、また怒らせたようだとソラは申し訳なく思う。
 しかしいかんせん表情が出ない彼は、一人怒るプラドを涼し気な態度で軽くいなしているようにしか見えない。
 その様子は、益々プラドを憤慨させた。

「いいか! 次は必ず俺が勝つっ!」

 そう言い残し、ドスドスと足音をたてて立ち去ったプラド。
 そんな彼を見送って、ソラは人知れずため息を吐いた。

 ソラは極端にコミュニケーションが苦手だった。いわゆるコミュ障である。
 それでもあまり問題にならなかったのは、ソラに話しかける者が少なかったからだ。
 高嶺の花と認識されているソラに対等に対話しようとする者はほぼ居ない。
 憧れの存在を遠くから眺めるだけで満足してしまい、まともなコミュニケーションを取ろうとはしないのだ。
 ただ一人の男を除いて。
 しかし、そのただ一人の男は先程怒って立ち去ってしまった。
 常に二位の座に鎮座する男の名はプラド。鮮やかな赤髪をオールバックにした男は、良い家の出のようで、すこぶるプライドが高かった。
 身長はソラより拳一つ分ほど高く、仁王立ちがよく似合う男である。
 この男もまた成績優秀で教師の覚えも良かったが、この学園でトップに立った事は無い。
 生まれてこのかた家族からも周りからも褒めちぎられて育った男は、それが許せるはずもない。
 そんなわけで、まさに目の上のたんこぶと認識されてしまったソラは幾度となくプラドから絡まれていた。

「……」

 そんなプラドをソラはとても……面白く思っていた。
 絡まれるソラに同情の目を向ける者は多い。
 しかしソラ自身は、プラドに絡まれるのは不快には思わない。もちろん初めは戸惑って珍獣を見るような目で見てしまったが……。
 遠巻きに憧れられるだけの孤高の存在。そんな日常を突然壊してきたプラド。
 それは私室でお気に入りのお茶を飲んでいたら突然カラスが窓ガラスを割って飛び込んできたような衝撃だった。
 ただ話しかけられただけなのだが、ソラにとってはそれほどの衝撃があったのだ。
 突然の珍獣に戸惑っていたソラも、幾度となく突撃されるうちに慣れてきて、今では楽しみの一つとなっていた。

「……嫌われているけれど……」

 彼となら対等な友人になれるのではないかとソラは思っていた。
 けれど、プラドの接触に好意など無いのはコミュニケーション能力の皆無なソラにだって分かる。
 それでもソラなりに歩み寄ろうとするのだが、今日も見事に怒らせたわけだ。
 ソラはいつものように反省をして、長い廊下を一人で歩く。
 憂いを帯びた横顔に、周りはまた感嘆のため息を吐いた。
 
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

おっさんにミューズはないだろ!~中年塗師は英国青年に純恋を捧ぐ~

天岸 あおい
BL
英国の若き青年×職人気質のおっさん塗師。 「カツミさん、アナタはワタシのミューズです!」 「おっさんにミューズはないだろ……っ!」 愛などいらぬ!が信条の中年塗師が英国青年と出会って仲を深めていくコメディBL。男前おっさん×伝統工芸×田舎ライフ物語。 第10回BL小説大賞エントリー作品。よろしくお願い致します!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

11人の贄と最後の1日─幽閉された学園の謎─

不来方しい
BL
空高くそびえ立つ塀の中は、完全に隔離された世界が広がっていた。 白蛇を信仰する白神学園では、11月11日に11人の贄を決める神贄祭が行われる。絶対に選ばれたくないと祈っていた咲紅だが、贄生に選ばれてしまった。 贄生は毎月、白蛇へ祈りを捧げる儀式が行われるという。 真の儀式の内容とは、御霊降ろしの儀式といい、贄生を守る警備課警備隊──審判者と擬似恋愛をし、艶美な姿を晒し、精を吐き出すこと──。 贄生には惨たらしい運命が待ち構えていた。 咲紅と紫影の関係──。 運命に抗い、共に生きる道を探す──。

処理中です...