好きが言えない宰相様は今日もあの子を睨んでる

キトー

文字の大きさ
上 下
53 / 69

53.つぶれたそれは

しおりを挟む
 
 しかしジャッジ様が嘘をつくとは思えないので、きっと本当にそんな無茶な事をしたのだろう。
 そこまでしてはるばる来た理由とは? とまじまじ見れば、ジャッジ様のいつもと違う雰囲気に気がついた。
 なんだかとても、とてつもなく、疲れて見えたのだ。

「……そんなに帰りたかったのですか?」

「え、えっと……」

 静かな声で語りかけるジャッジ様は、シャツはヨレヨレで髪もいつもより乱れていた。
 あんなに忙しそうにしていた時だって身なりは整っていたのに、こんなに乱れたジャッジ様は初めてだ。
 つまり、身なりすら投げ捨てるほど重要な案件なのだろうか。

「王都は嫌でしたか?」

「そんな事は──」

「では、私のそばが嫌だったのですか?」

「……っ、ちが……」

 そんなに急いでまで、なぜ来たのか。
 ジャッジ様の目的が分からないまま言葉に詰まる。
 王都を離れた理由、罰が済んだから、王都に居る目的が無くなったから、村で皆が待ってるから。
 理由を探せばいくらでもある。けれど、一番の理由はきっと──

「──……私のそばが嫌だったのですね」

「……っ」

 きっと、たぶん、そうなんだろう。
 だって、どんな顔でアナタに会えば良い?
 どんな気持ちでアナタの結婚を見守れば良い?
 どんな笑顔でおめでとうと、言えば良いんだよ。
 たとえ会えなくても、大切な人の噂は流れてくるだろう。
 それを、どんな思いで聞けば良いんだ。
 しかし言葉に出して言えるはずもなく、僕は返事もせずにうつむいてしまう。
 そんな僕の様子を見たからか、頭上でため息が聞こえた。

「そうですか……」

 続いて聞こえてきた声は、静かで、ほんの少し、震えていた。
 怒っている、というより、悲しんでいるようだった。
 大切な人を悲しませた思いが胸を蝕む。
 自分が悲しみたくないからとはいえ、ジャッジ様を悲しませるつもりはなかったのに。
 しかし謝罪の言葉も弁解の言葉も出せぬまま、僕は拳を握りしめて石畳を見つめた。
 王都のように綺麗じゃない、でこぼこでひび割れた古い石畳。
 そんな場所には不釣り合いな、立派な靴を履いたジャッジ様が何かを取り出す音が聞こえる。

「……」

 新たな罪状だろうか。僕は知らぬ間にまた罪を重ねたのだろうか。
 ジャッジ様に再会出来た喜びから冷静になると、浮かぶ考えはそれだけだった。
 だって、次期宰相と謳われる人物が直々に。しかも身なりも投げ打って無茶苦茶な経路で飛んでくるほどなんだから。
 もう、見逃せない罪があるとしか思えない。
 心当たりは無い。でも僕は無知だから、誰かの怒りに触れてしまっていたのかもしれない。
 それは仕方ない。僕が悪い。
 ただ、胃がキリキリ痛むのは、とても悲しいのは、大切な人から罪を突きつけられる事なんだ。

 ──消えてしまいたい。

 大切な人に、また軽蔑の目で見られるぐらいなら、いっそ、塵になりたい。そのまま風に乗って、消えてしまえたら楽なのに。
 そんな、ろくでもない考えが頭を占め始めた僕の視界に、赤い、夕日より赤い物が差し出されたのだ。

「──……え……?」

 真っ赤なそれは、薔薇の形をしていた。
 僅かに花びらが揺れるのは、風のせいだろうか。

「えっ………と……」

 真っ赤な薔薇の良くできた造花。今は少し潰れて歪な形になっているが、僕はこれを知っている。
 知っているからこそ、なぜここにあるのかが分からない。
 じっとその存在を確かめるように凝視するが、やっぱり僕の知る花で間違いなくて、益々混乱した。

 この花は共闘試合の祭で配られた物。大切な人に贈るための、特別な薔薇。
 あまりにも今の場面に相応しくない存在。

 僕は思考を縺れさせたまま、ゆっくりと顔を上げた。
 そこには、眉間に皺を寄せたジャッジ様の顔があった。
 とても怒った様にも見えたが、眼鏡の奥の瞳は苦しそうに細められていた。まるで許しを乞うかのように。
 そして、そんな顔のままジャッジ様は言うのだ。

「……アナタにこれを渡す為に、私は来ました──」

 ──と。
 
しおりを挟む
感想 94

あなたにおすすめの小説

急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。

石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。 雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。 一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。 ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。 その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。 愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

【完結】僕はキミ専属の魔力付与能力者

みやこ嬢
BL
【2025/01/24 完結、ファンタジーBL】 リアンはウラガヌス伯爵家の養い子。魔力がないという理由で貴族教育を受けさせてもらえないまま18の成人を迎えた。伯爵家の兄妹に良いように使われてきたリアンにとって唯一安らげる場所は月に数度訪れる孤児院だけ。その孤児院でたまに会う友人『サイ』と一緒に子どもたちと遊んでいる間は嫌なことを全て忘れられた。 ある日、リアンに魔力付与能力があることが判明する。能力を見抜いた魔法省職員ドロテアがウラガヌス伯爵家にリアンの今後について話に行くが、何故か軟禁されてしまう。ウラガヌス伯爵はリアンの能力を利用して高位貴族に娘を嫁がせようと画策していた。 そして見合いの日、リアンは初めて孤児院以外の場所で友人『サイ』に出会う。彼はレイディエーレ侯爵家の跡取り息子サイラスだったのだ。明らかな身分の違いや彼を騙す片棒を担いだ負い目からサイラスを拒絶してしまうリアン。 「君とは対等な友人だと思っていた」 素直になれない魔力付与能力者リアンと、無自覚なままリアンをそばに置こうとするサイラス。両片想い状態の二人が様々な障害を乗り越えて幸せを掴むまでの物語です。 【独占欲強め侯爵家跡取り×ワケあり魔力付与能力者】 * * * 2024/11/15 一瞬ホトラン入ってました。感謝!

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する

135
BL
春波湯江には前世の記憶がある。といっても、日本とはまったく違う異世界の記憶。そこで湯江はその国の王子である婚約者を救世主の少女に奪われ捨てられた。 現代日本に転生した湯江は日々を謳歌して過ごしていた。しかし、ハロウィンの日、ゾンビの仮装をしていた湯江の足元に見覚えのある魔法陣が現れ、見覚えのある世界に召喚されてしまった。ゾンビの格好をした自分と、救世主の少女が隣に居て―…。 最後まで書き終わっているので、確認ができ次第更新していきます。7万字程の読み物です。

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

処理中です...