好きが言えない宰相様は今日もあの子を睨んでる

キトー

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48.恋人面

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 日々は忙しなく過ぎていった。
 卒業が近づけば近づくほどに、僕も周りも忙しくなったからだ。
 徹底的な清掃、不用品の処理、新たな備品の手配と整理などなど、日が経つにつれて仕事は増えていく。
 卒業に向け浮き足立った生徒たちとは反比例して、学園の関係者たちは浮き足立つ暇もないほど走り回っていた。
 それでも、僕にとっては都合が良かったのかもしれない。
 なぜなら──

「ルット」

「え、あ……ジャッジ様」

 ──余計な事を考えなくて良かったから……なのだが。
 その余計な事を考えてしまう原因の人物から話しかけられてしまい、僕は無意識に身を固くした。
 けれどジャッジ様は気づかなかったようで、ツカツカと早足で僕に近づいてくる。
 眼鏡の奥の表情は変わらないが、どこか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。

「近ごろは忙しいようですね」

「えっと、はい……ジャッジ様ほどではありませんが」

 不要な書類を焼却炉に運んでいた僕の、腕にいっぱいに抱えた紙の束を見てジャッジ様は言う。
 眉を寄せて心配してくれているようだが、僕は知っている。
 最近のジャッジ様が、この学園で誰よりも忙しく動き回っている事を。

「……疲れが見えますね」

「そ、そうですかね? ちょっと忙しいから身なりがおろそかになってるのかもしれません。気をつけますね」

「業務量に無理があるなら私に言いなさい。私から調節するよう伝えます。そもそもアナタの刑罰はほぼ済んでいるのです。最低限の責務さえ果たせば問題ありません」

「ありがとうございま──……えっ?」

 気遣いの言葉をもらいながら、何故か腕の中の紙の束を半分持っていかれてしまう。
 急に軽くなった腕に驚いていたら、ジャッジ様は僕に視線で歩くよう促した。
 これは、手伝ってくれているのだろうか。

「あのっ、ジャッジ様、こんな事なさらないでください! お忙しいのに……っ」

「会話ついでに運ぶだけです。大した手間ではありません」

 そう言って当たり前のように僕の隣を歩くが、本当はそんな暇もないはずなのだ。
 だって、僕は知っているのだから。
 最近は卒業の準備や殿下の側近だけでなく、とても重要な案件でも動いている事を。
 だって、あちらこちらから噂が流れてくるから。
 ジャッジ様が王国の要人達と話し合いを繰り返していると。
 僕だって多量の資料を抱え話し合いの場に向かうジャッジ様を幾度となく目撃した。
 いつになく真剣な眼差しのジャッジ様を見れば、それがどれほど重要なのかは容易に想像できた。
 だから今ジャッジ様は、僕の手伝いなんてしている場合じゃない、はずなのだが。

「……」

 それはともかく、なんか、ずいぶん距離が近いな。
 並ぶ肩は触れ合いそうで、見上げればすぐそこにジャッジ様の顔がある。
 こんな距離間だっただろうか、と不思議に思っていたら、他生徒とすれ違う際に荷物を持っていない手で引き寄せられた。
 あまりにも自然に引き寄せられたが、こんな距離間だっただろうか。
 疑問だらけの頭で見上げれば僕の視線に気づいたジャッジ様と目が合うが、すいっとそらされてしまった。
 代わりに引き寄せられた手で頭を撫でられたが、こんな距離かn──

「ルット」

「あ、はい」

「何かあれば必ず私に言うのですよ。私が何とかしますので」

「はい……」

 様子のおかしなジャッジ様は、指を僕の髪に絡ませる。
 だが僕も嫌じゃないものだからいちいち疑問を追究しようとも思えない。
 そりゃそうだ。気になる人からこんな接触をされたらドキドキこそすれ、嫌だとは思わないだろう。
 そう、僕は冷静を装っているが、心の中は忙しなかった。
 そりゃもう心の中は、近い! 触られた! 撫でられた! なんで──!? と騒がしい。
 今顔が変な事になっていないだろうか。
 そんな僕の心情を知ってか知らずか、ジャッジ様の距離は近いままだ。
 お互いに無言のまま歩き続け、校舎裏の煉瓦造りの焼却炉に妙な距離のまま辿り着いてしまった。

「……ありがとうございます」

「かまいません」

 もっと愛想よく礼を言えば良いのに、冷静を装うのに必死な僕は素っ気ない声が出てしまう。
 しかしジャッジ様は気を悪くした様子も見せず、やはり上機嫌に見えた。
 焼却炉に紙の束を放り込むのもなぜかジャッジ様で、僕の腕からひょいひょい取っていく。
 なんだろう、この共同作業は。

「今後の予定は?」

「卒業パーティーで使われるシルバー磨きと、あとはいつもの食堂での仕事です」

「シルバー磨きは一人で?」

「いえ、食堂の方々とです」

「でしたら安心ですね」

 何が安心なのか知らないが、僕のスケジュールの確認もジャッジ様の仕事なんだろうか。
 そのままの足で校舎に戻るが、そこもやはりジャッジ様と一緒だ。
 久しぶりに会えたので嬉しくはあるのだが、嬉しいだけではないから困ったものだ。

「では、何かあれば私に相談するのですよ」

「はい、ありがとうございました……」

 去り際にまで頭を撫でられたが、もう僕は、よっぽど機嫌がいいのだろうと思う事にした。
 遠くなるジャッジ様を見送れば、曲がり角でジャッジ様は一度僕に振り返る。

「わ、あ……っ」

 そしてさり気なく手を振るものだから僕も慌てて手を振りかけ、いや違うと頭を下げた。
 今日のジャッジ様は心臓に悪い。

「──僕知ってるー。あーいうの恋人面って言うんだよね」

「浮かれっぱなしだなアイツ」

「エドワード殿下! グラーナム様も……っ」

 そして背後からのいつもの声。
 いつから僕らを見ていたのだろう。
 いつもひょっこり現れるが、今日も変わらず窓からひょっこり現れた二人は、ジャッジ様が去って行った場所を見ながら言った。
 呆れたような、でも楽しそうな声だった。

「ま、ちょっと浮き足立ってて鬱陶しいかもしれないけど、今だけだろうから大目に見てあげてね」

「いや、今だけじゃなくてしばらく続くぞ」

「うーん、そうかも」

 困ったねぇ、と言いながらも笑顔の殿下はたぶん困っていない。
 隣のグラーナム様もやれやれと言うように肩をすくめているが、さほど心配しているようにも見えなかった。
 仲が良さそうでなによりだ。

「じゃ、何かあったら僕に相談してね」

「悩みがあれば聞くからな」

「はい! お気遣い感謝します」

 そして二人もジャッジ様と同じような言葉を残して去っていく。
 僕はそんなに皆から心配されるほど悩みがあるように見えるのだろうか。
 賑やかな二人も見送れば、ここはやっと静かな場所に戻った。

「……仕事、行かなきゃ」

 ポツリの残され、さて次の作業場に向かわなければ、と思うのだが。
 なぜだろうか、どうにも足が重い。
 ジャッジ様や殿下達と話して気が抜けたのかもしれない。

「……」

 なんて、言い訳をしてみるが、正しい原因は他にあると自分でも分かっていた。

「恋人面……か」

 どうやら、ジャッジ様は無事想い人と結ばれたらしい。
 だから幸せな顔をしているのだろう。僕から見ても、とても分かりやすく上機嫌だった。
 殿下の言う恋人面とは、恋人ができて幸せそうな顔って事かな。
 多忙なのに僕の手伝いまでできてしまうのは、頑張れる理由があるからなんだ。
 そこまで浮かれるほどに、そのご令嬢の事が好きなのだろう。

「……」

 そして、ツキリ……と胸が痛む。
 あーあ、だから会わないようにしてたのに。

「お祝い、しなきゃ……」

 とてもおめでたい事だから。
 ジャッジ様の幸せを心の底から願っているから。
 そう考えているのに、胸はツキリツキリと痛むばかり。
 どうやら僕は、好きな人の幸せを面と向かって祝う器量が無いようだ。

「……情けないな」
  
 幸せを願ってるのは本心だ。
 誰より幸せになってほしい。大切な人だから、いつだって笑っていてほしい。
 だけど、いや、だからこそ。決断が必要なのだと思う。大切な人を困らせない為にも。
 卑怯なのは分かっている、でも、ほんの少しだけ、ありがとうも言わずに、アナタから逃げる事を許してください。
 
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