好きが言えない宰相様は今日もあの子を睨んでる

キトー

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46.ティータイム

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「──て、言うかさ……長々と準備する暇があったらさっさと言っちゃえば良いのにね」

「計画と準備を念入りにしておかないと決行しきらんのだろ」

「慎重すぎるんだよねージャッジは。時にはノリと勢いに任せても良いと思うんだよ。僕みたいに」

「お前はお前で問題だからな」

「えー」

「……」

 なぜ僕はここに居るのだろう。
 ここは学園内のサロン。周りは優雅に過ごす生徒たち。
 そこから更に奥にある場所で、周りの話が聞こえないほど離れてテーブルが置かれている。
 きっとサロンの中でも特別な席なのだと思う。エドワード殿下とグラーナム様が腰掛け楽しげに会話がなされているが、話しかけてくる生徒は居ないからだ。
 この国の殿下とその側近なのだから、この場所にはふさわしい二人と言える。
 ただ、そこに僕まで加わっているのが謎なだけで。

「……」

 なぜ、僕まで彼らと同じ席に座っているんだ。
 日当たりが良く、しかし窓の外の木陰がちょうど良く光をさえぎってくれるから眩しくもない。
 椅子もなんだか周りと違いふかふかだ。周りはおしゃれなデザインだが硬そうなのに。
 出された紅茶は澄んだ色でさぞお高い葉っぱが使われているのだろう。だが、今の僕には味も香りもまったく分からなかった。

「ルットくん甘い物が好きなんだってね? このキャラメリゼおすすめだよー」

「あ、ありがとうございます……」

「余ったら妹に持って帰れば良い」

「ありがとうございます!」

 周りから刺さる視線に逃げ出したいと思ったが、リリーへの土産をもらってからでも遅くないと考え直した。
 あの飴細工も食べないならもらえるだろうか。帰る頃には溶けてるかな。

「──それで、ルットくんはどうなんだい?」

「えっ? え、えっと、飴細工は妹も喜ぶかなと思いまして……」

「うんうん、それも持って帰りなよ。じゃなくてね、ジャッジの事だよー」

「ジャッジ様……?」

 突然ジャッジ様の名前が出て驚く。いや、ずっと話題に出ていたのだが、彼のプライベートな話は僕が聞くべきではないと思ってあまり聞かないようにしていた。
 なので話題を振られて驚いたのだ。

「あの……ジャッジ様の、ご結婚の話でしょうか?」

「そうそれだよ! でもねえ、準備がー……とか言ってるばっかりで大切な事が出来ていないんじゃないかと思ってね」

「……っ」

 また訂正しよう。
 ジャッジ様のプライベートの話だから聞かないようにしていたんじゃない。
 僕が、聞きたくなかったんだ。
 なぜ、と尋ねられても分からないが、たぶん寂しいのだと思う。
 とても頼りにしていた人が、今後は一人の大切な人に頼りにされるようになるのだ。
 僕は子供じみた嫉妬に内心で苦笑いを浮かべ、エドワード殿下には当たり障りの無い笑顔を向けた。

「でも、ジャッジ様なら何でも問題なく事を運べるのではないでしょうか? きっとお相手の方も喜んでくださると思います」

「うーん……現状を見るととてもそうは思えないなぁ」

「準備万端のようで明らかに準備不足……いや説明不足だな」

「説明不足?」

「ううん、ごめんねルットくん。こればっかりは僕らが言う事じゃないからさ」

 なのに殿下からもグラーナム様からも残念そうな笑顔を向けられてしまった。
 幼稚な心の中が読まれてしまったのだろうか。だとしたらかなり恥ずかしい。

「あ、えっと! ところで、今日はなぜ僕はこの席に誘っていただけたのでしょう?」

 あり得ない妄想だと分かっていても恥ずかしくなって、僕は誤魔化すように話題を変えた。
 すると殿下も表情を変え、ティーカップをソーサーに置いて僕をまっすぐ見た。

「うーんとね。ルットくんがどちらに転ぶとしても、こういう場に慣れておいて損はないかと思ってね」

「損はない? とは、なんでしょうか……」

「貴族の集まりに慣れておくといざって時に役に立つよ」

「えっ」

 殿下はさらっと言ってのけるが、それは見当違いだろうと僕は呆気にとられた。
 殿下のお気遣いは有り難いが、とうてい役に立つ日が来るとは思えなかったのだ。

「えーっと……たぶん、学園を去ったらもう僕は二度と貴族の方々と接する機会はないと思いますよ? 僕は学も無いしマナーも知りません。今こうして殿下やグラーナム様と話せているのも奇跡のようなものです」

 だから僭越ながら訂正させてもらったのだが、それでも殿下は楽しそうに笑う。

「それはどうかなぁ。キミは自分は学がないって言うけどさ、書類の整理や計算の速さはたいしたもんだよ? 学園でのマナーもいつの間にか覚えてるみたいだし」

「学園から言いつけられた仕事も効率よくこなすしな。まぁ、だから次々仕事が増えていったようだが」

「あ、えっと……っ」

 会話にグラーナム様まで加わり急に褒められるものだから、僕はどう返事をするべきか分からなくなってしどろもどろだ。
 そんな僕の様子を面白そうに見ながら、殿下はさらに話を進めた。

「友人だってできただろう? きっとルットくんは集まりに呼ばれると思うよ」

「……元罪人の僕なんか呼ぶでしょうか?」

「うーん、今のルットくんは罪人の呼び名より他の呼び名で広まってるからねぇ」

「えっ!?」

 なんだとっ、と聞き捨てならない言葉に身を乗り出した。
 椅子に浅く座っていたので落ちかけたが、なんとか姿勢を立て直して殿下に質問を返す。
 ただ、その言葉もしどろもどろになってしまったが。

「あのっ、ぼ、僕って、罪人以外で、何と、よばれてるんでしょうか……っ」

「ふふふ、ナイショ」

「そのうち分かるさ。あの堅物がこれ以上こじらせなければ、だが」

「はぁ……」

 しかし二人とも詳しく話す気はないようで、グラーナム様からは労るように肩を叩かれただけだった。
 そのうち分かるとは、今後自分に何が起こるのだろうか。
 周りの視線にヒヤヒヤした謎のティータイムは、視線すら気にならなくなるほど謎を残して終わったのだった。
 
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