好きが言えない宰相様は今日もあの子を睨んでる

キトー

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45.しばし待ちなさい

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 ジャッジ様のご両親は、僕の顔を見ると早々に立ち去った。
 僕は静かになった書庫室でまた黙々と作業をする。
 しかし、なぜだろうか。先程より作業がはかどらないのは。
 手に取った本のタイトルが頭に入ってこなくて、気がつけば別の事を考えている。
 これではダメだと気合を入れ直してみても、穴のあいた紙袋のようにワシャワシャと騒ぐだけで気持ちは膨らまないのだ。

「ふぅ……」

 体調が悪いわけではない。けれど漠然とした不調に困り果て、僕はため息を吐いて溜まっている本の山を意味もなく眺めた。
 すると、書庫室の外から足音が聞こえてくる。
 それはよっぽど急いでいるようでバタバタと忙しなく、ジャッジ様に見つかったら怒られるぞ、とひっそり思う。

「ルット……ッ!」

「うわはいっ!?」

 だがしかし、どうやらジャッジ様に怒られる事はなさそうだ。
 なんせ本人だったのだから。
 珍しく慌てた様子のジャッジ様は、書庫室に入ってくるなり僕を呼ぶ。
 鬼気迫る様子によっぽど火急の要件なのかと僕も緊張した。
 思わず直立不動になってジャッジ様の動きを目で追えば、僕の姿を確認したジャッジ様はツカツカと早足で目の前に立った。

「──……来ましたか?」

「は、はいっ?」

 両肩を掴まれ顔を寄せられ、うん、圧が強くて怖い。
 そんな様子で来たかと問われても、何がだ、としか思えない。圧倒的に言葉が足りない。
 ジャッジ様もようやくそれに気がづいたのか、僕の肩から手を離して落ち着けと言わんばかりに髪をかき上げていた。
 ジャッジ様がここまで取り乱すなんて、いったい何があったのだろうか。
 数回深い呼吸を繰り返したジャッジ様が、再び僕に向き合う。
 僕は知らずゴクリと息を呑んでいた。

「私の両親が……父と母がアナタの元に来ましたか?」

「あぁ! はい、いらっしゃいましたよ」

「……っ、あの人達は、気が早すぎる……ッ」

 なんだご両親の事か、と軽く返事をしたのだが、どうやらジャッジ様からしたら想定外の事態だったらしい。
 大きなため息を吐いたかと思ったら再び自分の髪をくしゃりと乱暴にかき上げ、センター分けの髪が乱れた。

「……何を言われました?」

「い、いえ、特には……すぐお帰りになりましたから」

 そしてややげっそりしたように見えるジャッジ様から再度尋ねられた。
 だが、結婚間近の恋人の事を話されたが、僕にそんなプライベートの話をされたと知ったらジャッジ様だって嫌だろう。
 だから僕は何も知りませんと言い張っておいた。
 するとあからさまにホッとした様子を見せたので、対応は間違えていなかったようだ。

「……業務中に騒がせて申し訳なかったですね」

「いえ、そんな事は……」

 落ち着きを取り戻したジャッジ様は、指で眼鏡を押し上げながら謝罪を口にする。

「……」

「……」

 そして訪れる静寂。
 久しぶりにジャッジ様と二人になったのだから、少しぐらい世間話でもしたらいいと思うのだが。
 けれど、どうにも上手く言葉が出なかった。
 あまり喋りすぎると、うっかり余計な事まで喋ってしまいそうなのだ。
 気まずい空気が流れる中、先に口を開いたのはジャッジ様だった。

「……ルット」

「はい」

 自然な流れで椅子をすすめられ、僕はジャッジ様と共に腰をおろす。
 そしてゆっくり話ができる空気に変わり、改めてジャッジ様は僕に問いかけた。

「ここ数日、私に何か話したい事があるのではないですか?」

「えっ!?」

 質問の内容に、僕は狼狽してしまった。
 けれど肯定するわけにもいかないので「いや、そんな事は……」と、なんとも歯切れ悪く否定をするしかない。
 しかし──

「ルット」

「……」

 ──ジャッジ様が見逃してくれるはずもないのだ。
 今日はお茶も無いので、飲んで空気を誤魔化す事もできない。
 どうしようどうしようと視線を彷徨わせても、僕の頭では上手い解決策を閃くはずもなく。

「……とても、くだらない事なんです」

 白状するしか、道は無かった。

「くだらないかどうかは私が判断します」

「う……わ、笑わないでくださいね! ただ……ただ僕は、気になってしまって」

「何が気になるのです」

「……花が……」

「花?」

 言いながら、くだらないと改めて思ってしまう。
 すると益々言いづらくなるのだが、今さら口を閉ざすわけにもいかない。
 呆れられるかもしれないし、もっと悪ければ怒られるかもしれない。
 それでも僕は、ゆっくりと口を開いたのだ。

「……ジャッジ様は、誰にあの花を渡されたんだろうって、気になって、それで……」

「………………──は?」

 そしてやはりと言うべきか、目の前の彼はたっぷりの間の後に、呆れの声をもらした。
 いや、呆れなのかは分からないのだが、とにかくとても呆気にとられるような、ジャッジ様らしからぬ声をだったのだ。
 しかし、僕ごときに余計な事に首を突っ込まれて怒っているわけでもなさそうだと安堵した。
 が、早とちりだったようだ。

「──……ッッ! ルット・ミセラトル!」

「は、はいっ!」

「状況把握を行います!」

「はいぃっ!」

 怒ってる。これは絶対に怒ってる。
 やはり余計な世話だったのだ。そりゃそうだ。ジャッジ様が誰に花を渡そうが僕には関係ないんだから。
 しかも共闘試合も終わってずいぶん経つのに、今更何なんだと自分でも思う。
 猛烈に逃げ出したいが、それも叶いそうにない。
 なぜなら、ジャッジ様から再び両肩を掴まれているからだ。顔が近い。圧が強い。

「アナタが示す花とは共闘試合で配られた花で間違いありませんね?」

「は、はい」

「あの花は好意を寄せる相手に渡す物であると理解していますね?」

「えっと、はい」

「そしてルット・ミセラトルは、私、ジャッジ・ヴァゾットレムが誰に花を渡したのかが気になっている……との意味で間違いありませんね?」

「……はい」

「それは野次馬のような興味ですか?」

「い、いえ。違う……と、思います。ただ、なぜだか最近急に気になってしまって……」

「最近、急に……なるほど」

 そしてジャッジ様の宣言通り、状況把握が行われた。
 圧が強いまま、妙な気迫のこもった質問に僕はたじたじになりながらも答える。
 ジャッジ様の視線が刺すように僕の目を見つめるので、僕もそらせないでいた。

「ルット・ミセラトル」

「は、はい……」

 そして呼ばれた名。
 今まで、何度も、何十回も、ひょっとしたら百ほど呼ばれたかもしれない。
 しかし今日の名を呼ぶ声はどうにも違う。
 まるで意を決したかのような、覚悟を決めたかのような、そんな気迫がこもって……いるような気がした。

「しばし待ちなさい」

「え……はぁ」

 なんだろう。いつもに増してジャッジ様の眼鏡が光っていたように思う。
 それで僕は、何を待てば良いんだろうか。
 
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