好きが言えない宰相様は今日もあの子を睨んでる

キトー

文字の大きさ
上 下
28 / 69

28.大切な家族だから

しおりを挟む
 
「まぁいいさ。とりあえず観戦席にいこうぜ」

「はい、お世話になります」

 気を取り直して、僕らは観戦席に向かう。
 僕も何度か整備のために入った事があるが、競技が行われている時間に入るのは初めてだ。

「俺から離れんなよ。ルットに何かあったら今度こそヤバいから」

「肝に銘じます」

 ジョーの言う通り、また問題を起こせば今度こそ僕の立場は危なくなるだろう。
 そしてジョーから離れてはいけないのにも理由がある。
 本来なら、魔力の無い者は競技場の来賓席にしか来れない。
 それは安全面の為で、万が一競技中に魔法の暴発が起こった際に、魔力の無い者は自分の身を守れないからだ。

「ま、俺は魔力だけはもりもりあるから、万が一があっても心配すんなよ」

「ありがとうございます。ジョーさんって凄いんですね」

 ジョーは特に名産品などもない、辺ぴな村で生まれたと本人から聞いている。
 それでも強い魔力を宿している事が発覚して、努力に努力を重ねてこの学園に入学許可をもらうまでに至ったのだと聞く。
 実はすごい人なのだ。

「運が良かったんだよ」

「運だけじゃないです」

 そんな話をしながら、観戦席にたどり着いた。
 中に入ると、もう試合は始まっていて、歓声と大きな力がぶつかり合う音が響く。
 僕はそれだけで圧倒されたが、そんな中でもジョーは迷いなく足を進めるので、はぐれないよう続く。
 最終的にたどり着いたのは、何度か顔を合わせた事のある生徒達が集まった席だった。

「あれー、ルットじゃん」

「久しぶり! 珍しいね」

「あ、の、お久しぶりです……」

 男女の混ざったこの集まりは、ジョーと同じように庶民の出の者たちだ。
 僕にもたまに話しかけてくれる人達だったので、顔見知り程度だが、いちおう知り合いでもある。
 まさかそんな彼らが集まっているとは思わず驚いたが、そんな僕でも快く受け入れてくれた。

「でもさぁ、ルットくん連れてきてヴァゾットレム様は怒んないの?」

「今日は大丈夫。なんたってヴァゾットレム様から託されたから」

「うっそ珍しい! なんかあった?」

「毎日なにかしらあるらしいぞー」

「そっか、大変だね……」

 深くを追求しないのも彼らの優しい所だ。
 空けてくれた席は、皆に囲まれる配置だった。きっとこれも優しさからだろう。
 僕を不快そうにちらちら見ている生徒も少なくない。そんな視線からも守ってくれようとしているのだ。
 そしてこの席から、ちょうど殿下達も見える。
 斜め向かいのボックス席に、おそらく婚約者であろうご令嬢と談話しているのが見えたのだ。
 その後ろには、いつものようにゴッツ様とジャッジ様が控えていた。

「あまりルットくんと話す機会も無かったもんね。今日はせっかくだからゆっくり話そうよ」

「はい、ぜひ!」

 暖かく迎えられた安心感から、僕も体の力を抜いた。
 ちらりほらりと彼らの話を聞くうちに、やはり実力だけでこの学園までのし上がってきた凄い人達なのだと知る。
 そんな彼らは、目の前で繰り広げられる魔法について説明してくれた。

「火と風のペアが一番多いかな。相性がいいから」

「土と水のペアも面白い攻撃が出来るから人気があるんだ」

「滅多に居ないけど、雷とか氷の魔力を持った生徒は単体でも強いな」

「あれは反則級だよ」

「珍しい魔力って言えば毒なんかもあるね」

「前は気候を操る人まで居たんだってさ」

「へー」

 火柱が上がったり、水の塊が相手の自由を奪ったり、かと思えば無数の泥人形が暴れ出す。
 ほとんど魔法に関わってこない生活をしていた僕にとっては、まるで物語の光景だ。
 勇敢な冒険者が仲間と共に様々な魔法を繰り出し、世界を平和にしていく物語。
 そんな嘘のような光景を目の当たりにして、僕はただ感嘆の声を上げた。僕が今まで見ていた世界は、とてもとても狭かったようだ。

「……」

「何か聞きたい事ある?」

「い、いえ! ご説明ありがとうございました!」

「あっはっは! ルットくんかったーい!」

「ははは……」

 そこで、ふと思い出した。けれど、口には出さなかった。
 それは、光の魔力についてだったからだ。
 妹のリットは、珍しい光の魔力を持っていた。しかし今は、話題は出すべきではないだろう。
 学園でさんざんな問題をやらかし尽くした人物の話題を出すほど、僕は空気が読めなくもない。
 優しい彼らだってリットから迷惑を被ったかもしれないのだから。
 けれど、これだけ凄い人達の中で生活していたリットも、凄い実力を持っていたのだと思う。
 まともに生活していたなら、彼女だって今頃は……

「……俺さ、リットさんに怪我を治してもらった事あんだよな」

「え!?」

 まるで僕の考えを見透かしたように、ジョーがリットの話題を出し驚く。
 きっと僕が分かりやす過ぎたのだろう。
 分かりやすい反応を返した僕を見て、ジョーはいたずらっ子のように笑った。

「光の魔力なんて初めて見たけど、凄いのな。訓練の時にスパッと腕を切っちゃったんだけど、あっという間に治しちゃったんだぜ!」

「私も肘を擦りむいた時に治してもらったよ。その後いかに自分の魔法が凄いか熱弁されたっけなー」

「そ、それはすみません……」

「あはは! 面白い人だったよ!」

 笑う彼女らは、心底楽しそうだ。
 それは悪意はまったく見られず、遺恨も見られず、ただただ、思い出としてリットを語る。

「光魔法は直接的な攻撃は出来ないけど、他の属性の魔法を補助するのが得意だったらしい。威力を上げたりとか制御しやすくしたりとかな」

「だから色んな人に引っ張りだこでね、リットさんも自慢げに光魔法を披露していたのを良く見てたっけなー」

「貴重な光魔法を見せつけたかった感じはあったけどな、それでもあれだけ魔力を使うのだって相当な努力は必要だったと思う」

「そう、だったんですか……」

 僕はいつの間にか、派手に繰り広げられる戦いも忘れて、彼らの話に聞き入っていた。
 確かにリットは、もともとは努力を怠らない子だったんだ。
 たまに調子に乗る所はあったけど、調子に乗るだけの自信を身につける子だった。
 そんな彼女の性格が垣間見えて、じわりと懐かしい気持ちが広がる。

「殿下達に認めてもらおうって、あの人はあの人なりに必死だったように見えたよ。ただ、努力の方向をちょっと間違えたみたいだけどさ」

「……そうですね」

「それでも、凄い人なのは間違いないさ」

「……」

 リットは、頑張っていた。
 途中で道を間違えてしまったけれど、はた迷惑な努力をしていたけれど、それでも彼女なりに頑張っていた。
 そんなリットの頑張りを、見ていた人はいたのだ。

「……ありがとうございます」

 この学園で、リットの話題はタブーだと思っていた。
 ましてや関係者である僕の口からなんて、出せるはずもなかった。
 けれど彼らは笑ってリットの話をしてくれる。
 そう悪い子ではなかったのだと、僕すら諦めかけていた言葉を投げかけてくれる。

「……ありがとうございます」

 こんな気持ちはいつぶりだろう。
 困った妹ではあったけれど、やはり嫌いになんかなれなくて、けれど最近は、リットの事を考えないようにもしていた。
 だけど今は、目の前の山積みの問題でいっぱいいっぱいな僕だけれど、久しぶりに、兄妹揃っての賑やかな食事が恋しくなった。

「ありがとう……」

 彼女がした事はとうてい許される物じゃない。
 だけど、いつか僕らが罪滅ぼしを終えたなら、世界が僕らを許したなら、また、騒がしい食事がしたいものだ。
 

 ────────────

いつもお読みいただきありがとうございます!
話のストックが無くなったので次話から更新がゆっくり目になります。
なるべく遅れないよう頑張ります(⁠^⁠^⁠)
しおりを挟む
感想 94

あなたにおすすめの小説

急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。

石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。 雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。 一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。 ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。 その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。 愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

【完結】僕はキミ専属の魔力付与能力者

みやこ嬢
BL
【2025/01/24 完結、ファンタジーBL】 リアンはウラガヌス伯爵家の養い子。魔力がないという理由で貴族教育を受けさせてもらえないまま18の成人を迎えた。伯爵家の兄妹に良いように使われてきたリアンにとって唯一安らげる場所は月に数度訪れる孤児院だけ。その孤児院でたまに会う友人『サイ』と一緒に子どもたちと遊んでいる間は嫌なことを全て忘れられた。 ある日、リアンに魔力付与能力があることが判明する。能力を見抜いた魔法省職員ドロテアがウラガヌス伯爵家にリアンの今後について話に行くが、何故か軟禁されてしまう。ウラガヌス伯爵はリアンの能力を利用して高位貴族に娘を嫁がせようと画策していた。 そして見合いの日、リアンは初めて孤児院以外の場所で友人『サイ』に出会う。彼はレイディエーレ侯爵家の跡取り息子サイラスだったのだ。明らかな身分の違いや彼を騙す片棒を担いだ負い目からサイラスを拒絶してしまうリアン。 「君とは対等な友人だと思っていた」 素直になれない魔力付与能力者リアンと、無自覚なままリアンをそばに置こうとするサイラス。両片想い状態の二人が様々な障害を乗り越えて幸せを掴むまでの物語です。 【独占欲強め侯爵家跡取り×ワケあり魔力付与能力者】 * * * 2024/11/15 一瞬ホトラン入ってました。感謝!

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する

135
BL
春波湯江には前世の記憶がある。といっても、日本とはまったく違う異世界の記憶。そこで湯江はその国の王子である婚約者を救世主の少女に奪われ捨てられた。 現代日本に転生した湯江は日々を謳歌して過ごしていた。しかし、ハロウィンの日、ゾンビの仮装をしていた湯江の足元に見覚えのある魔法陣が現れ、見覚えのある世界に召喚されてしまった。ゾンビの格好をした自分と、救世主の少女が隣に居て―…。 最後まで書き終わっているので、確認ができ次第更新していきます。7万字程の読み物です。

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

処理中です...