好きが言えない宰相様は今日もあの子を睨んでる

キトー

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18.謎の仕事

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 それからジャッジ様の所での仕事は、いつも静まり返ったものになった。
 元々口数の少ない二人だ。おまけに共通の話題もなければ世間話をするような間柄でもない。
 当然といえば当然の結果だった。

「じゃあ仕事だけして、なーんにも進展ないのか」

「進展?」

 昼間に窓拭きをする僕に、今日もジョーが話しかけてきた。
 話はいつもジャッジ様の事になるのだが、話を聞いてもらえるだけで少し心が軽くなる。

「なんかこう……食事に誘われたりとかないわけ?」

「ありませんよ。僕なんかを食事に誘っても何もメリットは無いでしょうし。ジャッジ様のストレスが溜まるだけです」

「うわー。そういう認識なのか」

 磨いたガラス窓に映るジョーの顔が、なんだか憐れんだものに見える。
 きっとジャッジ様の所で働く僕を憐れんでくれているのだろう。優しい人だ。

「あの、それでジョーさんにご相談なのですが……」

「うん、どうした?」

 その優しさにつけ込むようで悪いと思うのだが、どうしても誰かに相談しなけらばならない件があった。
 服装の問題だ。
 安息日前に、またジャッジ様からの賃金をうけとった。
 だからさっそく街に出て服を選ぼうとしたのだが、あまりに店も種類も多すぎて選べなかったのだ。
 ひとまず高そうな店構えの所は避けて市場の古着屋に来たが、そこもまた服の種類が多すぎる。
 店員が愛想よく説明してくれても、聞いたことのない服の名称を並べられてわけがわからなかった。
 とどめは、目についたワンピースだ。

『あ、これ……』

 広げてみると、村の若い娘が着ていた物と同じワンピースだった。
 最新の流行だと自慢していた物で、懐かしいなと眺めていたら、店員から衝撃の言葉を言われる。

『それはもう流行遅れただから、安くしておくよ』

『流行遅れ……』

 村では最新だったのに、王都ではもう流行遅れだと言う。
 これはもうお手上げだった。
 僕が選んだ物では、何を着ても学園に相応しくない気がしてきた。
 僕が着るのはごくごくシンプルな物で良い。
 なのだが、そのシンプルな服すらも分からなくなってしまったのだ。
 けっきょくその日は、酒場のマスターへのお礼の品を選んで終わった。

「──つまり、俺に服を選んでもらいたいって事?」

「ご迷惑でなければ……もちろんお礼はいたします!」

 情けない話だが、僕が頼れる人はたまに話をする程度しか関係のないジョーだけだった。
 友達でもないのに図々しいなと我ながら思うが、他に当てがないのだ。

「いいよ別に。安息日はいつも街をぶらぶらしてるし」

「本当ですか!」

 こんな面倒な頼みは断られるだろうかと不安だったが、ジョーからの快諾を得てホッと胸をなでおろす。

「ついでにメシも食べに行こうぜ! 俺安い店知ってるからさ」

「もちろんです。お礼に奢らせてくださいね」

 楽しそうに話すジョーに安堵して、今日の僕らは安息日の話題で盛り上がった。
 もちろん途中でジャッジ様に睨まれて、いつものように話を中断したわけだが。

 そんな日中を過ごした夜。
 ジャッジ様の仕事の時間だ。
 今日も静かに与えられた仕事をこなし、早めに終えれば次の指示まで待機をする。
 その間に会話は無く、ただただ事務的に作業をしていく日々だ。

「ルット・ミセラトル」

「はい」

 名を呼ばれたので、次の指示があるのだろうと思いジャッジ様の元に行く。
 するとジャッジ様は書類から顔を上げずに、そばの椅子を指さした。
 一人用の背もたれのない、クッションのきいた柔らかそうな椅子だった。以前は無かった物だ。
 何処かに運べと言う事だろうかと思ったら、顔も上げずにチラリと僕を見たジャッジ様が「座りなさい」と言う。

「はい」

 雇い主からの指示なので素直に腰掛けて、次の指示を待った。
 だが、待てども待てども次の指示が無い。書類に集中しすぎて僕への指示を忘れているのかもしれない。

「あ、あの……」

「何です」

「ここに座って……次はどうすれば良いのでしょうか」

「座っていなさい」

「……はい」

 しかしやはり、ジャッジ様はただ座っているようにと言う。
 何か特別な指示があるのかと思ったのだが、これは何の時間だろうか。
 そう思っても雇い主から言われれば従うしかなくて、背筋をピンと伸ばして姿勢を正す。
 何だコレは。何の拷問だ。
 すぐそばには机に向かって難しい顔をするジャッジ様。
 近すぎて、互いの呼吸の音も分かってしまうほどだ。
 そんな緊張感漂う場所で、ただ座っているだけ。とてつもなく神経がすり減らされる。
 やっとジャッジ様の部屋に慣れてきた頃だったが、まさかまた新たに試練を与えられるとは思わなかった。
 チクタクと時計の音が響く。
 せめて仕事をもらえれば、まだ気が紛れるのだけれども……

「……これを見なさい」

「はっ、はい!」

 そんな中、机に向かっていたジャッジ様から思い立ったかのように紙を渡された。やっと新しい仕事か、と僕はホッとして書類を受け取る。
 だがそれは、書類でも何でもない、飲食店や食べ物の名前がずらりと並んだ紙だった。

「あの、ジャッジ様。書類を間違われているようです」

「間違えていません」

「そっ、そうですか……」

 間違えていないと言われても、じゃあこれをどうしろと言うのだろう。
 まさかまた、ただ眺めていろと言うのか。
 意図が読めない行動の連続に、僕の学のない頭は混乱するばかりだ。
 しかしそこでやっと、ジャッジ様から明確な指示がなされる。

「気になる店や料理があったら、この紙にまとめなさい。理由もなるべく詳しく書くように」

「承知しました」

 紙と睨めっこをしていた僕に、紙とペンを渡された。
 詳しくは知らないが、庶民のデータでも集めたいのかもしれない。

「じゃあ、机に戻って──」

「そこで見なさい」

「はい」

 なにはともあれやっとここから離れられる、と思ったわけだが、その思惑はあっさり崩された。
 もう僕ごときではジャッジ様の考えがさっぱり分からない。
 だがこれも仕事なのだと言い聞かせ、やたら柔らかな椅子の上でやっぱり紙と睨めっこした。
 聞き慣れない料理の名前も並んでいて、計算や書類より時間がかかりそうだ。
 それでも集中して一つ一つを確認し、知っている名前があれば出来る限り詳しく自分が好きな理由を──

「──くしゅんっ」

 ガタンッ!

「ひ……っ!」

 集中しているとだんだん寒くなってきて、ついくしゃみが出てしまったのだ。
 その途端にジャッジ様が勢いよく立ち上がったものだから、怯えるのも仕方ないだろう。
 その勢いは椅子を倒すほどだったのだから。
 叱られる! と身構えたが、ジャッジ様は長い足で僕の背後を横切る。
 そしてすぐに足早にもどってきて──

「わぅっ!?」

 ──頭から柔らかな何かを被せられた。
 頭から手に取ってみれば、それは肌触りの良いブランケットだった。

「あ、ありがとうございま──っ!?」

 貸してくれるのかと理解して礼を言おうとしたが、更に二枚目のブランケットや上着やマフラーを押し付けられ、礼も半端に慌てて受け取る。
 何だ何だと思っていたら、ジャッジ様はまだ更にストールらしき物を持ってこようとするじゃないか。

「ジャッジ様……ッ、もうこれで十分です!」

 くしゃみをした僕を気にしてくれたのかと思ったが、やっぱりこれはただの当てつけかもしれない。
 きっと、体調管理も出来ないのかと言いたいのだろう。

「……すみません、お借りします」

「……」

 僕が頭を下げて渡された物をぐるぐる体に巻き付ければ、ジャッジ様は手に持っていたストールを元の場所に戻してくれた。
 ぶかぶかな上着やマフラーは、きっと良い素材の物だと思う。
 できるだけシワにならないよう気をつけながら、再度ジャッジ様に頭を下げた。
 ちょっと動きにくい。
 そんな格好でもぞもぞ動いていたら、近くのキャスターに小箱が置かれた。
 今度はいったい何だ。

「これは……」

「食べなさい」

「は、はい」

「それもルット・ミセラトルの嗜好に合った物を書き出してください。もちろん理由もです」

「はい」

 小箱の中身は菓子だった。
 つまり、追加の仕事だろう。
 そして次の日は、服や装飾品の並んだ紙を見せられた。これはいつまで続くのだろうか。
 ちなみに次の日から温かなココアが出るようになった。これはとてもありがたかった。
 
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