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12.リリーとのひみつ
しおりを挟むゴミ集めが終わり、いよいよ教会へと向かう時がきた。
その前にリリーへの土産を買う為、一度街に向かうのが習慣になっている。
紙袋を部屋に置いて来ようかとも考えたが、時間が惜しいのでポケットに入れたまま出かける事にした。
「あ、そう言えばジャッジ様からももらったんだった……」
途中、その紙袋の中にお金が入っている事を思い出して、封筒を取り出す。
リリーへの土産の足しになれば良いなと思いながら封筒からお金を取り出して──急いでいた僕の足は止まった。
「…………間違えたのかな……」
封筒から取り出したお金が、明らかに多かったのだ。
たった一日、しかもエドワード殿下から連れ出されたので途中退室してしまっていたのに。
なぜ、酒場での日払い額の倍以上が入っているのか。
二倍、いや三倍より多く入っている。
ほとんど役に立っていないのに、これは明らかにおかしいだろう。
「一週間分と間違えたのかも……」
一週間での額ならば納得だ。いや、それでもあの労働量にしては多いぐらいだが、エドワード殿下の温情が入っていると考えれば計算が合う。
ならば、今日はこのお金は使わないでおこう。
間違えているのを分かっていて使ったとなれば、また罰が重くなるかもしれない。
「やっぱり、クッキーだけにしておこう……」
リリーへの土産は最初の予定通りにして、僕は封筒を大切にポケットに入れた。
街でクッキーを買って教会に来た僕は、リリーを探す。
今日は早めに来れたから、リリーと一緒に昼食が取れる。
楽しみで楽しみで、ソワソワと周りを見渡していたら、ちょうどリリーが友達と昼食の準備をしているところだった。
「リリー」
「あ! おにいちゃん!」
リリーは僕を見つけると、パアッと顔を輝かせてくれた。
だがまだ準備中だからか、大きく手を振っただけでまたテーブルを拭くお手伝いに戻る。
今やるべき事を理解している姿に、幼い妹の成長を垣間見てジンと胸が熱くなった。
だが兄に見られているのが嬉しいのか、ちょこちょこコチラを振り向いてあまりテーブルは拭けていなかった。そこもまた愛おしい。
「おにいちゃん、きょうははやいねぇ!」
リリーは年上の子達に手伝ってもらいながらテーブルを拭き終える。そして嬉しそうに駆け寄ってきたので、僕は思いっきり抱きしめた。
お互いハグをした後は、リリーに手を引かれて席に案内された。
「おにいちゃんもたべるよね? リリーがもってきてあげる!」
「うん、ありがとリリー」
本当は僕も周りを手伝ったほうが良いのだろうが、周りの人達も「良いから座っていなさい」と言いたげに笑いかけてくれた。
兄に良い所を見せたい妹の気持ちを汲んでくれたようだ。教会の人達は皆温かい。
小さな体で食堂を何往復もして、リリーはパンや豆のスープを二人分持ってきてくれた。
「みんなでね、おいのりするんだよ」
運び終えたリリーは、僕の隣にちょこんと座って兄に自慢気に教える。
そうなんだねーと返事をしている間に、食堂に集まる人達も席に着いた。リリーの言う通り、皆で祈りを捧げて食事が開始となった。
安息日の昼の教会は人が多い。
本来なら厳かに行われる食事も、この日だけはみんなで和気あいあいとされているようだ。
僕も例に漏れずリリーと楽しく食事をした。
思えば、リリーとの食事は僕が学園で働きだしてからは初めてだ。
リリーを教会に預けてもう半年以上。
よくスープなどをこぼしていたリリーは、いつの間にか綺麗に食べられるようになっていた。
「……大きくなったね」
「リリー?」
「うん。おねえさんになった」
「ホント? リリーおねえさん?」
僕の言葉に喜ぶリリーは、はしゃぎすぎてスプーンに乗っていた豆をこぼした。
やっぱりまだまだ幼いな、とちょっとだけ安心して、リリーの服を拭いてあげた。
食事が終わり、みんなで後片付けまで終えたら、昼の礼拝までリリーと話して過ごした。
持ってきたクッキーは少ないから、教会の裏のベンチに腰掛けて二人で食べる。
本当は少ないクッキーは全部リリーに食べさせたかったが、リリーが自分も食べろと譲らないので僕も一枚だけ食べた。
「おにいちゃん、おともだちできたー?」
「んー、お話する人はいるよ」
「おともだち?」
「うーん……」
リリーとの話は、だいたい友達との話になる。
どんな遊びをしたか、あのお姉さんが優しかった、いつもあの子と隣同士で寝ている、などなど。
一通りリリーが話し終えると、決まって僕にも聞いてくる。
そこで曖昧な返事をする僕は、リリーにいつも叱られているのだ。
「めがねのおにいちゃんとね、なかよくしないとだめよー?」
「う、うん、はい……」
友達と仲良くしなさい、と言われるのはまだ良い。
だが、なぜいつも相手がジャッジ様なのだ。
なぜだかリリーは僕とジャッジ様が仲が良いと思い込んでいる。
やんわり否定しても、そんなはずないと頑なに譲らないから困ったものだ。
「めがねのおにいちゃんもね、ぜったいおにいちゃんがすきだもん!」
「う、うん。ありがとう……」
自分が大好きな兄は他の人にも好かれていると信じる妹に、実は学園で兄は嫌われ者ですなんて言えるはずもない。
「……その眼鏡のお兄ちゃんのお話は、誰が言ってるの?」
「しすたー」
「シスターが? 何で知ってるんだろ?」
「しすたーのね、おねえちゃんがね、がっこうにいってるの」
「へー」
シスターのお姉さん、とんでもないガセネタを教会に広めないでください。最悪僕の首が飛びます。
僕は顔から血の気が引くのを感じながらも、なんとかリリーには笑顔を向けた。
学園に居るという見知らぬ女子生徒は、何を見てジャッジ様が僕と仲が良いなんて思えたのだろうか。
僕は彼の笑顔すら見た事が無いというのに。
「……」
いや、見た事はあった。
学園に来たばかりの頃は、よく見ていたではないか。
「おや、あなたの立場でよくそんな道の真ん中を歩けますね。とても肝がすわっているようで羨ましいです」なんて言いながら笑う所を……──うん、どう考えても好かれていない。
「えっとさ、リリー。眼鏡のお兄ちゃんの事はみんなには話さないでくれる?」
「どーしてー?」
「リリーと僕とのヒミツにしておきたいな」
「ひみつ! リリーとおにいちゃんとのひみつだね!」
「うん、ヒミツ」
頼むからこれ以上地雷を増やさないでくれ。
首の皮一枚で繋がっている僕の立場は、些細な事で呆気なく飛んでしまうのだから。
リリーとひみつの話で盛り上がりながら、僕は心の中で必死に平穏を願った。
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