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32.大正解
しおりを挟むそんなこんなで結局僕が食事を作り、できたてのご飯を食べながら話の続きをした。
「それで、さっきの続きなんだけど。なんで僕は魔王になっちゃったの?」
「魔王とは、最も魔力の強い者がなる。それがこの世界の摂理だからだ」
「うん……? なんでそれが僕?」
魔王という存在が膨大な魔力を有しているのは知っている。
だがそれは、魔王だから強い魔力を持っているのではなく、強い魔力を持っている者が勝手に魔王になるのだとマオは説明した。
そこまでは分かった。だがしかし、僕は強い魔力なんてまったく持ち合わせて無かった。
人並みの、なんなら人よりちょっと弱いぐらいの魔力だったのに、なんで急に魔王なんかになってしまったのだろう。
「それは俺のせいだ」
「マオが? どういう事?」
「サクは、俺を助けるために命がけで月光樹の元まで連れてきてくれただろう?」
「まぁ、うん……」
あの時はそれしか助かる方法が無かったから、無我夢中で月光樹を探した。
それで、見つけたのまでは覚えている。だけど何にも起こらなくて、奇跡なんか欠片も見えなくて、絶望して力尽きて、それで……どうしたっけ?
そもそもなぜあの子は、マオは助かったのだろう。
誰が助けてくれたのだろう。
僕がした最後のあがきは、何か意味があったのだろうか。
あれ、月光樹って何か意味があったのか?
もしかしてマオが助かったのはマオ自身の力だった?
知れば知るほど謎だらけで、思考が迷走しはじめた僕にマオが笑った。
「俺はサクが居たから生きているし、サクが居たから成長もできた。全部サクのおかげだ」
「そうなの?」
「そうだ」
力強く頷いたマオは、テーブルに置いていた僕の手をそっと握った。
「あの日、サクが俺を月光樹の元まで連れてきてくれたあの時。俺の消えかけていた命が再び灯った」
そう言うと、握っていた手に力を入れて僕の手を包み、静かにあの日の出来事を語りだした。
王都が崩壊する中、僕はあの子を抱いたまま月光樹の元であの子の故郷の歌を口ずさんだ。
その時に、マオは少しずつ体が生き返りだしたのを覚えているのだと言う。
気がつけば、傷が癒えるだけでなく体まで成人体になっていた。
そして目の前には、己の代わりだというかのように、動かなくなった僕の体。
「俺は絶望した」
大切な人の黒く焦げて動かなくなった姿。大切な人の呼吸が、目の前で刻々と止まっていく。
「サクは俺のすべてだった。サクがくれた世界が俺の世界だった」
絶望は闇に代わり、自身の心がのまれていく。
サクが壊される世界なんて壊れてしまえ。サクが消える世界なんて消えてしまえ。
サクが居ない世界など、もういらない。
マオをのみこんだ闇は、髪を愛しい人の焼け焦げた色に染め、瞳を愛しい人が流した血の色に染めた。
新しく得た膨大な魔力と共に闇は広がり、そして、王都すべてをのみ込んでいた。
「──それで……」
「……それで?」
ここで、マオは言葉を切った。
合わさる視線がわずかに揺れていて、続きを話すことに戸惑いがあるのだと僕は感じた。
「……お茶、いれようか」
張り詰めた空気を少しでも軽くしたくて、僕は険しい顔のマオに笑いかける。
しかし、立ち上がろうとした僕の手を、マオがまた力を込めて握り引き止めた。
「サクに隠し事はしたくない。だが……」
言葉を濁すマオに、僕は察した。
たぶん、なのだが。きっとマオは、僕を心配しているのだ。そんな話が待っているのだろう。
優しい子だから、たくさん傷ついてきた子だから、人の悲しみに敏感な子だから。
だから、僕が傷つくかもしれないと、心配しているのだと、分かってしまった。
僕はもう一度笑う。そしてマオの手に、握られていないほうの手を重ねた。
「マオ、僕に遠慮しているなら、遠慮なんかいらない。マオに遠慮されると僕は悲しいよ」
僕も知らなければならないと思うのだ。たとえ傷ついても。
世界に何があったのか。マオが世界に何をしたのか。
たぶんそれは、僕にも関係する事だから。
そして何より、マオの中だけに留めておく問題では無いと思うから。
きっとマオも辛いと思う。でも、だからこそ、今この場ですべて吐き出して欲しい。
「マオ……」
じっと見つめて訴える。すると、マオはゆっくりまばたきをして、また重い口を開いた。
「……俺の闇が王都をのみこんだ。自暴自棄になっていたんだと思う。サクを苦しめた世界が憎くて、悲しくて、守れなかった自分が許せなくて……──」
──そして気がつけば、すべてが消えていた。
王都を包み込む炎も、消えていった命も、悲鳴も、悲しみも。
『こんな世界消えてしまえ』そう願った通り、周りの世界が消えていた。
「──俺が、残された命ごと王都を消して、すべてを自分の中に取り込んだ。その力を……俺は、サクに使っていた」
「……つまり」
つまり、僕が生きているのは──
「──……つまり、他の者の命を使って、サクを生き返らせたのだと、思う……」
「……っ」
無意識に、息を止めて聞いていた。
すぐに飲み込むには、僕には話が大きすぎた。
王都には、僅かだが生きている人々が居た。たくさんの叫び声と泣き声と助けを求める声があったから。
だがその命ごと闇でのみこみ、僕を生かす力に変えた。
つまり、つまり僕の命は、他の命を犠牲にして成り立ってる。
他の者の命を刈り取って、僕は生きているのだ。
そうか、だからなのか。
マオがこんなにも辛そうな顔をしているのは。
真実を知ったら僕が苦しむと思ったんだろう。
そう考えて、胸をギュッと掴まれたような気がした。
本当に、キミは優しい子だ。
痛む胸をそのままに、僕は手を離して立ち上がり、思いっきりマオの頭を抱きしめてやった。
それから僕は静かに言ったんだ。
「ありがとう」
「……サク?」
顔は見えないけれど、たぶんマオは驚いているだろう。
なぜ礼を言われるかも分かっていないかもしれない。
きっとマオは、自分の過去を悪いことだと思ってるから。
そしてもしかしたら、百年の間に、誰かに責められたのかもしれない。王都を滅ぼしたのは自分だと思っているのかもしれない。
でもさ、僕はそう思わない。
だってほら、炎にのまれて苦しむ人たちも、マオが救ったって事じゃないのか?
マオがすべての惨劇を消してくれたのだろう?
マオを責めるなんてお門違いだ。悪いのは、すべての元凶は、争いそのものだ。
そしてこの子を一人にした、僕のせいだ。
辛かったろう。悲しかったろう。
家族が目の前で死んでいく様をただ見ていることしかできない苦しみは、嫌というほど身に沁みているから。
だから僕は何度でも言おう。
「ありがとう、マオ。僕を助けてくれて」
「……っ」
とんでもないエゴで構わない。
ただこの子を苦しめるなら、いくらでもこの子は間違っていないと理屈を変えてやる。
「マオは僕のヒーローだよ」
世界が、過去が、マオ自身すら、キミを責めるなら、僕が肯定し続けよう。
「助けてくれてありがとう」
生きててくれてありがとう。それだけで、キミは大正解なんだ。
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