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19.キミの力と石

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 ✧ ✧ ✧


「……これって、どうしたんです?」

「買った」

「いや、そうじゃなくて……」

 マオは数日おきに城を離れる。
 以前話していたように狩った魔物と木材を街に売りに行っているのだろう。
 そして帰ってきたと思ったら、調理場には大量の食材。なぜこんなにも多いのか。

「たくさん! これ! どうした!」

 ほら、ワレにもツッコまれてるじゃないか。

「今日はなぜだか値切り交渉がずいぶんうまくいったんだ」

「あ、あー……なるほど」

「なるほど!」

 マオの話を聞いて納得した。
 少しでも商人に舐められないようにとマオの容姿を整えたのは僕なのだから。
 ただ、こんなに効果が絶大だとは思わなかったけれど。

「あと、いつも腕を組んで睨んでいた夫人も今日はずいぶんおまけしてくれた。今日は機嫌が良かったのだろう」

「んー……、どうでしょうね」

「でしょうね!」

 マオは運が良かったと話すが違うと思う。
 マオはかっこいい。髪と身だしなみを整えた事で、それが世間に露呈した結果だ。
 浮浪者風から威厳漂う美丈夫に変わって世間もころっと態度を変えたらしい。変え過ぎな気もするが。

「とりあえず、保存しておきましょうか」

 食材がたくさんあるに越したことはない。氷室に保管しておけば良いだろう。

「便利になったなー」

「なったなー!」

 前の生活では小さな氷室しか無かったし、季節によってはあまり冷えなかったり、逆に凍ってしまったりしていた。
 ここの氷室は大きくていくらでも保存できるうえに、今のところ一定の温度を保ってくれている。
 食料をたくさん保存できるって安心だ。

「サク」

「ん?」

 言われなくとも氷室に運んでくれるワレを見守っていたら、背後から声をかけられる。
 振り向けば、両手のひらに山盛りの石。
 なんだかどんどん増えている気がするけれど、いったい何個あるのだろう。

「えーっと……じゃあこれで」

 もう慣れたもので、僕はオレンジがかった石を選んで手に取った。
 きっとこれも職人が磨けば立派な宝石になるのだろうが、今のくすんだ色も綺麗だと思う。
 僕が選ぶと、今日もマオは満足そうに残りの石をしまう。

「これもマオが作ったんですか?」

「もちろんだ。サクの為に作った」

 話すマオは誇らしげで、嘘をついているとは思えなかった。
 彼があまり嘘をついている所を見たことが無い。いや、嘘が下手なのですぐバレるわけだが。
 そんな事を考えながらもらったばかりの石を光にかざす。
 磨いていない原石は、ふんわりと光を通し優しく輝く。

「これは暖かそうな色だから、ぬくもりの石にしようかな」

「ぬくもりの石……か」

 僕の言葉を反復し、マオはまた嬉しそうにする。
 今までもらった石は気がつけば全部名前をつけていた。
 雪の石とか風の石とか。真っ黒なのは夜の石って名付けたっけ。
 そんな石たちは僕の部屋に飾られている。どこに置こうかワレに相談したら、どこからか棚を担いできてくれたんだ。
 やたらと細工の凝った立派な棚は、昔は偉い人が使っていた物だと思われた。
 今はこんな一般人が使ってごめんな、と思いながら石を飾っているが、この調子だとすぐにいっぱいになりそうだ。

 部屋に戻り、今日もいつものように棚にオレンジの石を並べた。
 並べられた立派な石たちを見ながら、首にかけている石を握りしめる。最初にもらった、何でもなさそうな普通の石。
 なんだか今日も夢を見る予感がした。


 ✧ ✧ ✧


 朝起きると、あの子がうんうん唸っていた。
 どこか怪我をしたのかと慌てて飛び起きたら、両手を胸の前で合わせて何かをしているようだった。

「もうすぐ……できるの……」

「で、できるって……何がっ!?」

 何をしているのかサッパリ分からない僕はおろおろする事しかできなくて、医者を呼ぶべきだろうかと家を飛び出す寸前の時だった。

「できた!」

「できたの!? 何が!?」

 引っ掴んだ上着を放りだして、僕はまたあの子の元に駆け寄る。
 するとあの子の手のひらに、ぼこぼこした大きめの石が現れていた。

「え? これ、どこから持ってきたの?」

「できたの」

「できた? え、作った?」

 はい、と差し出された石を受け取っても、まだ僕は意味が分からなかった。
 どこからどうみてもただの石なのだが、この子はできたと笑う。

「えっと、この石って“  ”が作ったの?」

「石を生み出せる。それが僕の力だから」

「へー!」

 一緒に過ごして三年目、新たな発見に驚きと喜びの声を上げた。

「やっともう一つ作れたから、サクにあげる」

「うわーありがと! すごいね“  ”は!」

 まさか人力で石が作れるなんて、凄い能力だと僕は一人はしゃぐ。
 だって凄いじゃないか。自然の物を人が生み出すって、もうそれは奇跡だ。
 だから素直に凄い凄いとはしゃいだのだが、目の前の子は複雑な表情を浮かべていた。
 あれ、僕、はしゃぎ過ぎた?
 あの子の様子に急に冷静になり、ひとりで騒ぐ自分が恥ずかしくなってしずしずと石を掲げていた腕を下ろす。
 するとあの子も僕の様子に気づいたようで、少し淋しげな笑みを浮かべた。

「……すごくないよ」

 あの子は言う。やっぱり少し淋しげに。

「どうして? 石を作れるなんて凄いじゃないか」

「石を生み出せる力は、あまりいらなかったみたい……」

「え……?」

 あの子が淋しげに発した言葉の意味を考えた。
 つまり、いらない、と誰かに言われたのだろう。いや、直接言われなくとも態度で示されたのかもしれない。
 そしてその相手は、当然あの子が元居た場所の人たちだ。

「そんなこと……」

 精霊族の特殊能力は、自然を操ったり生み出したりする力が多い。
 この子の能力は、石を生み出せるものだった。
 それで、捨てられた? こんな能力いらないってこと?
 こんな奇跡のような能力なのに、彼らはいらないと捨てたのか?
 あぁ、本当に、つくづく思うよ。キミたちは愚かだと。

「凄い力だよこれは!」

 僕は自信なさげに笑うあの子を抱え上げる。
 出合った日から成長していない小さな体は、今日はもっと小さく感じた。

「きっとこの石は凄い力を持ってるんだよ。今はまだ気づいてないだけ!」

 あの子を抱えたまま、またベッドに座る。
 そしておでこをくっつけて僕は笑った。

「キミは凄いよ。僕が知ってる中で一番凄い。石が作れるなんてびっくりしたもん」

「……凄い?」

「うん凄い!」

 僕がちょっとだけ大げさに話し続けると、あの子はだんだん上を向いてくれるようになった。
 ほらね、こんなに可愛い子なんだから、下を向いてちゃ勿体ないよ。
 いつだって上を向いていてほしい愛しい子は、本当は特別な力なんていらない。
 だけどキミはほんの少しでも自信が持てるなら、僕はいくらでも褒めてあげる。

「じゃあこっちは、初めて作った石なんだ?」

「……うん」

 僕はいつも持ち歩く巾着を取り出す。
 中にはあの子が初めてくれたツルリとした石が入ってる。

「じゃあ、これは思い出の石だね」

「思い出……」

 僕が言えば、あの子は小さな頭を不思議そうにかしげた。

「うん、“  ”が僕にくれた大切な石だから。この大切な石には二人のたくさん思い出が詰まってるんだよ」

「……二人の?」

「もちろん! 僕は“  ”と、ずっと一緒に居るから」

 これからもずっと一緒。そう言うと、キミは目を輝かせた。
 僕が大好きな灰色の瞳は、輝くと曇り空から日が差し込んだみたいに綺麗なんだ。

「きっと今までの思い出もさ、この石が全部見てるよ」

「うん! サクとの石だから、サクとの思い出がいっぱいだね」

「そ! 二人の思い出の石」

 可愛くて、愛しくて、僕にとってあの子は、何にも代えられない唯一無二の特別な存在。
 そんなあの子がこれ以上傷つかないように。キミが笑っていられるように。

「こっちは命の石にしようか」

「命の石?」

「命を与える凄い石だよ」

「じゃあワレも動き出すかも!」

「ふふ、それは凄い」

 笑い合える時間は無限じゃない。
 けれどあの子と出合ったあの日から、あの子の笑顔ごと守ると決めたんだから。
 あの子の瞳に映る景色がいつまでも輝いていられるように、いつでも光を向けるように。
 ねぇ次は、どうやってキミを笑わせようか。

 
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