この世界で姫と呼ばれている事を俺はまだ知らない

キトー

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22.俺はまだ知らない

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 月曜日の授業は憂うつだ。
 別に学校が嫌いな訳では無い。
 いや、確かに以前なら嫌いな部類に入っていただろう。
 周りからの視線が怖くて、距離感が悲しくて、独りが寂しくて、嫌われていると分かっていても何もできない自分が情け無くて、授業が終わったら現実から逃げるように教室を出ていた。

 でも、今は違う。
 友達と呼べるクラスメートが出来た。
 隣で笑ってくれる人が出来た。
 学校に来れば色んな人が挨拶を交わしてくれるし、他愛ない話で笑い合える。
 相変わらず目を合わせてくれない生徒も多いが、嫌われている訳ではないと分かった今は悲しくなかった。
 俺は、夢の様な楽しい学園生活を満喫している。
 学校が嫌いだなんて思うはずが無いのだ。

 それでもこの月曜日が憂うつなのは、全部先輩のせいである。

「ルイー? なんか今日元気無かったけど大丈夫?」

 帰りのホームルームも終わり、ふぅ……とため息をついた俺に夢野が心配そうに声をかけて来た。

「ごめんアリス心配させて……ちょっと疲れてるだけだから大丈夫だよ」

「ふーん……土日に連絡とれなかったけど何かあったの?」

 夢野の言葉にギクリと体が揺れる。それを誤魔化すように出た声は妙に上擦ってしまった。

「え……!? いや、別に何も……!」

「……へー」

 訝しげに顔を覗き込む夢野から全力で顔をそらした。
 これもそれも、やっぱり全部先輩のせいだ!
 土日も抱き潰されてて連絡出来なかったなんて友人に言えるわけ無いじゃないか、先輩のアホ!

「ル、イ、ちゃん! 休み全然返事くれなくて寂しかったー!」

「おわっ、ち、チエ……」

 先輩に腹を立てながら夢野を全力で誤魔化していたら、背後から大きな体が明るい声と共にのしかかった。
 きしむ体にこれは辛いからやめてくれ。

「ねぇルイちゃん、今日の放課後は時間ある? 久々にハンバーガー食べに行かね?」

 期待を込めた瞳で見てくる猫野には悪いが、今日はもお帰りたい。ゆっくりしたい。体を休めたい。

「ごめんチエ……今日は──」

「──ルイ!」

 俺が猫野の誘いを断ろうとした時だった。俺の名を呼ぶ知った声に振り向けば、廊下から俺に手を降る先輩が居て目を丸くする。

「えっ、先輩!?」

 先輩がわざわざ一年の教室に来るなんて初めてだから、何かよっぽどの事があったのかと慌てて席を立ち駆け寄ると、俺の心配を他所に頭をワシャワシャと撫でられた。

「うわちょっ、何ですかもぉ!」

「先輩がわざわざ迎えに来てやったんだ。ありがたく思え」

「はぁ? なんでわざわざ……」

 ぐちゃぐちゃになった髪を手ぐしで整えながら何か意図があるのかと疑いの目を向けたら、

「彼氏なんだから迎えにぐらい来るさ」

 と、とんでも発言をかましてくれた。

「「「はっ!!??」」」

 俺の叫びが、なぜか複数人とかぶった気がした。
 たが俺はそんな事を気にしている余裕は無い。
 聞かれた。こんな大勢の人がいる中でさらっとカミングアウトされた。
 夢野や猫野にはそのうち伝えようとは思っていたが、まさかこんな早く、しかも不特定多数に知られるなんて。

「せ……先輩!! 何言ってるんですか!!」

「事実だろうが」

「そりゃっ、でも、こんな所で言わなくても良いでしょ!?」

 あっけらかんとしている先輩とは打って変わって俺は大いに焦った。
 だって恥ずかしすぎるだろ。
 そりゃ俺と先輩が付き合っているのは事実だが、皆に公表するつもりは無かったのに。
 なのに先輩は俺の気持ちなんか知りもせずに肩まで引き寄せ「帰るぞ」なんて妙に甘い顔して言うもんだからなおさら顔が赤くなる。

「可愛い恋人を一人にしとくのは不安になったからこれからは迎えに来るようにしたんだよ」

「~~っ!」

 なんなんだ! ホントにどおした先輩!
 甘すぎるセリフにおろおろしながら悶えていたら、先輩は面白そうに笑って俺の顎を掴み上を向かせた。

「お前は態度だけじゃなくて言葉にしないと伝わらないらしいからな、これからは全部言葉にしてやるよ」

 あと牽制な……と小さく最後に呟いて、先輩の顔が近づいてくる。
 嘘、待って、まさかこんな所でっ、と身を引こうとしてもガッチリ掴まれた肩と顎のせいでまったく逃げられない。
 嘘でしょ待って、待って待って待て待て

「待てやてめぇっっ!!!」

 と、叫んだのは俺じゃない。
 俺の心の叫びを代弁してくれたのはクラスメートだった。
 ちっ、と舌打ちして離れていく顔にほっと肩を撫で下ろすが、止めてくれたクラスメートに礼を言おうとしして、また固まった。
 見られてる。クラスメート、いや廊下にいる生徒まで一人残らず俺たちを見ている。
 しん……と静まり返った異様な空間の中心に自分が居る事に気づいて、無意識にごくりと唾を飲んだ。

「えーっと……白伊先輩でしたっけぇ?」

 ゆらりと立ち上がる夢野がいた。
 その目は据わっていて、口は笑っているのに笑ってない。

「ちょーっと話をしませんかぁ?」

「あ、俺も俺も! 先輩と話してみたかったんだよな!」

 夢野の隣で同じように立ち上がって笑う猫野も、そこにはいつもの爽やかさは無かった。

「……ルイ、お前ちょっと外で待ってろ」

「え……いやでも……」

 この異様な空間に先輩を置いていくのか?
 いくら先輩だからと言っても流石に心配になった俺は、先輩の服を掴んで見上げれば、またわしゃりと頭を撫でられた。

「男にはやらなきゃならねぇ時があんだよ……」

「俺も男ですがさっぱり分かりません」

「心配すんな。喧嘩に負けたためしはねぇよ」

「喧嘩!? 今から喧嘩するんですか!?」

「不良の俺には良くある事だ」

 え、なんだこれ。
 今からカチコミでもするのか?
 姫の夢野まで巻き込んで?
 いつの間にヤンキー漫画の世界になったんだ。
 精一杯考えて出した答えだったが、いややっぱり違うよなと思い直し、それでも新たな答えは出てこない。
 だが、ここから離れて良いのであれば離れたい。
 今までに感じたことのない強すぎる視線が怖すぎるのだ。

「校門んトコにある木椅子にでも座って待ってろ」

「はぁ……えーと、じゃあ待ってますんで危ない事しないでくださいね?」

 俺は逃げた。
 疲れてたんだ、仕方ない。これもそれもあれも全部先輩のせいにして逃げるようにその異様な空間から脱出した。
 色々考えなくてはいけない事があるのは分かるが、今はとにかく逃げたかった。
 この世界はまだ謎が多すぎるとげんなりしながら、先輩に言われた通り校門付近に置いてあった木のベンチに腰掛ける。
 なんか疲れたなぁとよく晴れた空をぼーっと眺められるのは、これから起こる騒動を、まだ知らないからだったんだ。

「姫をたぶらかしやがってっ!!!」

 もう間もなくそんな罵声が飛び交うようになる事を、
 あまりに騒がしいから見に戻ったら死屍累々の中で拳を構えた白伊ナイトとスタンガンを持った夢野アリスが対峙していて、
 死屍累々の中に猫野チェシーと帽子野マットも混ざっていて、
 二人の相打ちを兎月ヘイヤが腕組みしながら遠目で待っていて、
 一触即発状態の二人を俺が殴って止めるはめになる事を、
 そして、この世界で姫と呼ばれているのは自分だと、嫌でも自覚するはめになる事を、

「いい天気だなぁ……」

 俺はまだ知らない。


【end】

 ここまでお付き合いいただきありがとうございました!
 ご挨拶と今後の動きは近況ボードにてさせていただきます。
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