この世界で姫と呼ばれている事を俺はまだ知らない

キトー

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14.張り合うのも馬鹿らしい

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 夢野に手を引かれ教室に戻る。
 俺の手を引く夢野がどこかいつもに増してご機嫌に見えるのは気のせいではないだろう。
 夢野の独り言から「……白伊……写真……どうやって交渉……」と聞こえてきて、先輩の事を考えている事が分かった。
 先輩に会えたから嬉しかったのかな、と考えたが、思ったよりショックを受けていないのはおそらく心の準備があったからだ。

 夢野を助けたのは先輩だった。

「あっ、二人ともやっと戻ってきたな! もうすぐ写真の時間だぞ」

 クラスメートが俺たちの姿を見て慌てて駆け寄る。
 予め募集していた写真撮影を希望する客の対応をする時間が迫っていたようだ。

「そう言えばチエまだ戻ってないけど大丈夫かな!?」

「あいつの希望者は居ないから大丈夫」

「あ、そぉ……」

 集まっている生徒や一般人はもしかして全員写真撮影希望の客だろうか。
 用意しておいた撮影用の手作りステージにスタンバイしたらさっそく列が動き出して一人目の客が俺の隣に立った。

「あの俺……ずっと前からファンでした!」

「俺!? えっと、どーも……」

「はいはい握手会じゃないんだから写真だけでお願いしますねー」

 手を握られそうになるのを素早くクラスメートが阻止して写真を撮る。
 満足したらしい彼は満面の笑みで手を振って教室を出ていくから俺も手を振り見送ったが、すぐに次の客が隣で待っている事に気づき慌てて戻った。
 ほとんどが夢野を希望しているだろうと思っていたら予想より俺を指名する人も多くて驚いた。しかし金銭が発生しているのだから半端な事は出来ない。
 自分に何を求められているのかは分からないが、とにかく笑顔を絶やさないように頑張った。

「手をこぉ……猫みたいにしてもらえますか?」

「あぁ、女豹のポーズですね」

「女豹!? いや……はいそうです女豹のポーズです!」

 簡単なリクエストにも応えてどんどん対応していくが、一向に客が減る気配がない。抽選制だったはずだが希望者はこれ以上に居たと言う事なのか。

「『会えて嬉しいにゃん♡』って可愛く言ってください!」

「またお前かっ!」

「こいつ出禁にしろ!」

「木戸~、手ハートにして撮ろうぜ」

「何で帽子野が居るんだよ当選してねぇだろが!」

「うるせぇ担任教師の特権だ!」

 変な客はクラスメートが即座に連れ出してくれながら、もう何人と写真を撮ったのかとっくに分からなくなって数時間、最後の客を見送る頃には俺の表情筋が痙攣していた。

「つ……疲れた……」

「お疲れルイ。たいへんだったね」

 椅子に座って背もたれに寄りかかり、サービス残業で疲れ切ったサラリーマンのように遠い目をしていたら、いつの間にかそばに来ていた夢野が俺の頬を掴んでムニムニとマッサージしてくれた。
 日頃使わない筋肉を酷使して固まり引きつっていた頬をゆっくりとほぐしてくれる。それがとても気持ちが良くて目をつぶりなすがままになってしまった。

「……ルイ、そーんな無防備だとキスしちゃうよ?」

 あまりの気持ちよさに少し眠たくなってきた頃に、夢野がそんな冗談を言うから俺は小さく笑う。

「ふふ……アリスからキスされたら元気出そうだね」

 俺がそう言うと、俺の頬を揉んでいた夢野の手が止まる。
 そして不意に、目を閉じた裏側で影が落ちるのが分かった。

「わっ……」

 何だろうと思って目を開くと同時におでこに柔らかな感触があって、視点が合わないほど近くにあった夢野の顔が離れていく。

「元気出た?」

 ふわりと微笑む夢野に見惚れながら、今された事を考えて、理解して、顔に熱が集まった。
 え、何この破壊力。
 こんな可愛いことされて、微笑みは美しくて、言動はイケメンで、なんだよこんなの完敗だよ。そりゃ先輩も好きになるわけだ。
 張り合うのも馬鹿らしくなるほど綺麗で可愛くてかっこいいこの世界の主人公に、自然と笑みが浮かんだ。

「はいイチャイチャタイム終了っ!!」

 俺と夢野が笑い合っていたら突然でかくてごついメイドが俺たちの間に割り込んだ。

「あれ? チエ帰ってたんだ」

「ずーっと居るけどね俺!」

 少し拗ねたように言う猫野は、ポケットからノートサイズの紙を取り出し俺に渡す。

「何これ?」

 俺が首を傾げれば、猫野は夢野にも同じ紙を渡しながら説明してくれた。

「気になるあの子に質問しちゃおう! メイドさんへの質問コーナー☆だってさ」

 そう説明する猫野の話によれば、俺たちが休憩に入ると客が減って暇だったので急遽作ったイベントらしい。
 ここのクラスメート達の商魂のたくましさは何なんだろうか。
 渡された紙には十個ほどの質問が書かれていて、客から特に多かった質問を集めたものだそうだ。

「この質問に答えたら良いだけ?」

「そんだけ! それを教室の前とこの店を宣伝していたSNSに載せるんだってよ」

「へー」

 質問内容は好きな食べ物や貰ったら嬉しい物など無難な質問から自分を動物に例えると? デートするなら何処がいい? 理想の王子様は? など少し変わった質問まで並んでいた。
 そして最後に、『好きな人や付き合っている人はいますか?』と言う物。
 そこで、俺は手が止まる。
 頬の筋肉が少し引きつっている事に気づき、それを写真撮影のせいにして目をつぶり力を抜いた。

「アリス、チエ! 最後に三人で記念撮影しようよ」

「あーずりぃ! 俺たちも入れろよ!」

「他のクラスのやつ連れてきて撮ってもらおうぜ」

 あっという間にクラス写真を撮ることになった教室の中心で、夢野や猫野を含むクラスメート達に囲まれてたくさん写真を撮った。
 そんな賑やかな教室の隅で、最後の質問が空欄のままのアンケート用紙がポツリと置かれていた。
 
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