98 / 119
4.俺とこいつの関係
しおりを挟む「ふぬぬぬぬ……!」
「ミコちゃんそれじゃ危ないってば!」
持ち手を全力で握って、人参に刃を押し込みました。ぎちぎちぎちぎち。オレンジ色のにっくきコイツは悲鳴を上げながら抵抗して、まったく切れる様子がありません。
美味しくない癖にこんなに硬いなんて。いや美味しくないから硬いのでしょうか。とにかくゆるせん。
「指! 切れちゃうよ!」
サトコちゃんがしきりに危険を訴えています。指、確かにちょっと怖いですね。端を持ちましょうか。
うーんでも、こうすると上手く力が入りませんね。仕方ない。一か八か、上から振り下ろしてまず刃を入れて、
「ヒッ」
入れた後は刃の背に手を乗せて、全体重を乗せて、「ふんっ!」と。
するとようやく、ざんっ!と刃が通って、まな板に落ちました。
(本当にやった事のない人の手付きね……)
(おお、すっごいハラハラするぞ)
一目でバレてしまった様です。委員長もアズサちゃんも割と唖然とした心の声をこちらに向けています。
上手くやろうとしたんですけどね……。サトコちゃんが結構本気で青ざめているので、我流で見出した先程の自分のやり方は相当良くなかった様です。
「指の先を丸めて、こう、ねこの手ってよく言うでしょう?」
「知ってる、けど……それだとグリップが効かなくない?」
知識としてあっても、実践すると違うというのは実にあるあるです。
人参は丸いので、しっかり押さえていないと力を入れた時に転がっていってしまいます。
それでもまあサクッと切れるなら、猫の手でも大丈夫なのですが。案外硬いし、濡れてるので滑るんですよね。だからどうしても指の腹で押さえてないと難しくて。
「ぐ、グリップぅ?」
「グリップって……ふふ……(工具でも扱ってるみたい)」
ヤバい。本格的に笑い物にされ始めそうです。ミコ、いいんですか? このままだとぶきっちょの烙印を押され、あっ、すっごいヤな笑みを浮かべてますちょっと待って。
向こうが何やら動き始めたところで、委員長が僕の方に歩み寄ってきました。
そして「貸して」とだけ言って、僕の手から包丁を取り上げ、手本を見せ始めます。
「あちこち無駄に力入り過ぎなのよ。余計な力を入れず正しい方向に力を加えられれば、軽く抑えるだけで滑ったり転がったりは防げるわ」
驚きました。本当に同じ道具で、同じ人参なのでしょうか。スッ、スッ、と。いとも容易く刃が通っていきます。悲鳴も上がりません。オレンジ色が輪切りになって、包丁の横にくっ付いていきます。
「特に包丁ね。押し付けても切れないから、真っ直ぐ引く事を意識しなさい」
そう説明しながら、六つ程切った後。くっ付いた輪切りを指の背でまな板の上に払って、僕に包丁を返しました。
訝しみつつ、抑える左手を軽く乗せたまま刃先を人参に当てて、引いてみます。
すーっ。簡単に、刃が入りました。
「ほら、できるでしょ?」
簡潔で的確なアドバイスでした。流石委員長。お礼を言うべきでしょう。
「ありがとう」
「どういたしまして。さ、力要らないって分かったんだから、利き手に持ち替えてどんどん切りなさい」
あ、と思わず声を上げそうになりました。
そうでした。妹の利き手は左です。
「……ただでさえ遅れてるのよこの班は」
「ひっ、は、はい、急ぎます」
「急がなくていいから集中して。まったく(どうして急にポンコツになるのかしら)」
利き手に関してですが、筋肉とか神経の問題なのでしょうか。入れ替わっても若干本来の身体の持ち主の影響を引き継いでいたりします。
なので、はい。左手に持ち替えると更に少しだけマシになりました。
とはいえ自分は右利きなのでかなり違和感があるんですよね……。
「そうそう、その調子だよぉ」
「サトコも応援してないで自分の仕事ちゃんとやりなさい。手が止まってるわよ」
「あ、ごめーん」
こういうところが、委員長たる所以なのでしょう。
人を上手くまとめる為には、各々をしっかりと観察しなければ、何かと難しいと思うのです。
彼女はそれが割と自然に出来てしまっています。心のコトバに無理がありません。
「……あんたは何してんの」
「全部終わってヒマだから切れた皮ちぎってあそんでるー」
「なら手伝って、そろそろ鮭大丈夫だと思うから小麦粉まぶして。私はサラダ油の温度見るから」
「へーい」
フリーダムアズサちゃんを御せるのも彼女くらいです。担任のちーせんは頭が上がらないでしょうね。
67
お気に入りに追加
3,781
あなたにおすすめの小説
王道学園なのに、王道じゃない!!
主食は、blです。
BL
今作品の主人公、レイは6歳の時に自身の前世が、陰キャの腐男子だったことを思い出す。
レイは、自身のいる世界が前世、ハマりにハマっていた『転校生は愛され優等生.ᐟ.ᐟ』の世界だと気付き、腐男子として、美形×転校生のBのLを見て楽しもうと思っていたが…
冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました
taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件
『穢らわしい娼婦の子供』
『ロクに魔法も使えない出来損ない』
『皇帝になれない無能皇子』
皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。
だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。
毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき……
『なんだあの威力の魔法は…?』
『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』
『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』
『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』
そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
異世界で騎士団寮長になりまして
円山ゆに
BL
⭐︎ 書籍発売‼︎2023年1月16日頃から順次出荷予定⭐︎溺愛系異世界ファンタジーB L⭐︎
天涯孤独の20歳、蒼太(そうた)は大の貧乏で節約の鬼。ある日、転がる500円玉を追いかけて迷い込んだ先は異世界・ライン王国だった。
王立第二騎士団団長レオナードと副団長のリアに助けられた蒼太は、彼らの提案で騎士団寮の寮長として雇われることに。
異世界で一から節約生活をしようと意気込む蒼太だったが、なんと寮長は騎士団団長と婚姻関係を結ぶ決まりがあるという。さらにレオナードとリアは同じ一人を生涯の伴侶とする契りを結んでいた。
「つ、つまり僕は二人と結婚するってこと?」
「「そういうこと」」
グイグイ迫ってくる二人のイケメン騎士に振り回されながらも寮長の仕事をこなす蒼太だったが、次第に二人に惹かれていく。
一方、王国の首都では不穏な空気が流れていた。
やがて明かされる寮長のもう一つの役割と、蒼太が異世界にきた理由とは。
二人の騎士に溺愛される節約男子の異世界ファンタジーB Lです!
願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい
戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。
人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください!
チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!!
※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。
番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」
「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる