89 / 119
88.カオスと化す
しおりを挟むあれ、先輩だ。兎月会長が白伊先輩に見える。
俺もいよいよおかしくなっちゃったかな。
でも俺を抱きしめる力強い腕は身に覚えがあって、やっぱり先輩にしか見えない。
「くそっ、こんなに跡つけられやがって……」
眉間にシワを寄せながら乱暴な言葉と共に乱暴な手つきで頭を撫でられて、やっと俺は実感した。俺は今、先輩の腕の中に居るのだと。
実感したとたん、止まっていた涙がまた溢れてきて、先輩にすがりついて泣いてしまった。
そんな俺を抱き止める腕は痛いぐらい強くて、でもその痛みが俺の心臓を落ち着かせた。
「だから! 何でお前が先に入るわけっ!?」
「……っ!?」
せっかく落ち着きかけていた心臓が突然の大声でまた跳ねる。
声の主を辿ると、先輩の後ろで息を切らして膝に手を付きながら不満気な顔をした帽子野先生が居た。
「先生……」
俺がポツリと呟けば不満気な顔をして先輩を見ていた顔が俺に向いて、慌てた様子で俺に駆け寄ってきた。
「木戸無事か!? 遅くなって悪い……てか白伊! お前そこ俺のポジションだろ!? 美味しいとこだけ掻っ攫って行きやがって!」
そう言いながら俺と先輩を引き剥がしにかかるが、先輩の腕はまったく緩まなくて次第に先生の方が諦めて、かわりに先輩の頭をスパンッと叩いていた。
そしたら叩き返されていた。
すっかりいつもの調子の二人に不安が払拭されていくが、視界の隅で動いた陰に再び緊張が走る。
先輩にしがみついたまま視線を動かせば、床に倒れていたらしい会長が起き上がる所で、頬が赤く腫れている。
おそらく先輩に殴られたのだろう。
表情は変えなくても怒りを含んでいるのがありありと伝わる瞳で先輩を見据える。
その様子に、自分が見られているわけでは無いのにゾクリとして顔を引きつらせた。
「……邪魔ばかりしますね白伊ナイト……」
「そりゃ悪かったな、コレからも邪魔しかしないぜ? だから諦めな」
「キミは先生方から取り調べを受けているはずですが?」
「何で知ってんだよ気持ちわりぃ……窓からこいつが金髪野郎に連れて行かれるのが見えたから脱走して探した。そしたらそいつが走っていくのが見えたから追いかけたんだよ」
「お前先生をそいつって言うなよ。しかし良く俺が木戸の所に行くって分かったな」
「いつもヘラヘラしてるお前が慌てるなんてルイの事ぐらいなもんだろが」
「だぁから先生って呼びなさい先生って!」
会話の様子から、先生は非常事態を知って駆け付けてくれたらしい。
しかし、
「でも……音が鳴らないのに何で……?」
何故先生はここに来れたのだろう。だってこの防犯ブザーは壊れているのに、と思いながら無意識に握りしめていた音の鳴らない防犯ブザーを見ていたら、
「その防犯ブザーな、俺のスマホと連携してて使うと連絡が来るようにしてるんだ」
と、先生はどこか得意気に笑いながら言った。
「そうだったんですね……」
壊れているわけでは無く仕様だったのか。本当は音が鳴ってくれた方が安心なのだが、その音が誰かに聞こえているとは限らないし、聞こえていたとしても駆け付けてくれるとも限らない。
でも先生は来てくれた、先輩を連れて駆け付けてくれた。手に持っている鳴らない防犯ブザーが救世主を呼んでくれたのかと思うととても凄い物に思えて俺は大切に握りしめた。
「ついでにGPSも付けていつでも木戸の場所が分かるようにしてるからな!」
「………え?」
「………は?」
「………おい」
大切に握りしめていた物を急に捨てたくなった。
なにやら危険物のような気がしだした防犯ブザーを凝視していたら、俺の手にあったそれを先輩がかすめ取り握り潰したかと思えば思いっきり壁に投げ付けた。そうかと思えば会長が流れるような動作で冷え切った紅茶をかけていた。
「おまっ! それっ! めちゃくちゃ高かっ……白伊ぃっ!!」
「うるせぇストーカー野郎」
「木戸ルイ、今後この教師から物を受け取ってはいけません」
何だろうこのカオスな空間。
84
お気に入りに追加
3,781
あなたにおすすめの小説
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
王道学園なのに、王道じゃない!!
主食は、blです。
BL
今作品の主人公、レイは6歳の時に自身の前世が、陰キャの腐男子だったことを思い出す。
レイは、自身のいる世界が前世、ハマりにハマっていた『転校生は愛され優等生.ᐟ.ᐟ』の世界だと気付き、腐男子として、美形×転校生のBのLを見て楽しもうと思っていたが…
冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました
taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件
『穢らわしい娼婦の子供』
『ロクに魔法も使えない出来損ない』
『皇帝になれない無能皇子』
皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。
だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。
毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき……
『なんだあの威力の魔法は…?』
『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』
『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』
『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』
そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる