この世界で姫と呼ばれている事を俺はまだ知らない

キトー

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88.カオスと化す

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 あれ、先輩だ。兎月会長が白伊先輩に見える。
 俺もいよいよおかしくなっちゃったかな。
 でも俺を抱きしめる力強い腕は身に覚えがあって、やっぱり先輩にしか見えない。

「くそっ、こんなに跡つけられやがって……」

 眉間にシワを寄せながら乱暴な言葉と共に乱暴な手つきで頭を撫でられて、やっと俺は実感した。俺は今、先輩の腕の中に居るのだと。
 実感したとたん、止まっていた涙がまた溢れてきて、先輩にすがりついて泣いてしまった。
 そんな俺を抱き止める腕は痛いぐらい強くて、でもその痛みが俺の心臓を落ち着かせた。

「だから! 何でお前が先に入るわけっ!?」

「……っ!?」

 せっかく落ち着きかけていた心臓が突然の大声でまた跳ねる。
 声の主を辿ると、先輩の後ろで息を切らして膝に手を付きながら不満気な顔をした帽子野先生が居た。

「先生……」

 俺がポツリと呟けば不満気な顔をして先輩を見ていた顔が俺に向いて、慌てた様子で俺に駆け寄ってきた。

「木戸無事か!? 遅くなって悪い……てか白伊! お前そこ俺のポジションだろ!? 美味しいとこだけ掻っ攫って行きやがって!」

 そう言いながら俺と先輩を引き剥がしにかかるが、先輩の腕はまったく緩まなくて次第に先生の方が諦めて、かわりに先輩の頭をスパンッと叩いていた。
 そしたら叩き返されていた。
 すっかりいつもの調子の二人に不安が払拭されていくが、視界の隅で動いた陰に再び緊張が走る。
 先輩にしがみついたまま視線を動かせば、床に倒れていたらしい会長が起き上がる所で、頬が赤く腫れている。
 おそらく先輩に殴られたのだろう。
 表情は変えなくても怒りを含んでいるのがありありと伝わる瞳で先輩を見据える。
 その様子に、自分が見られているわけでは無いのにゾクリとして顔を引きつらせた。

「……邪魔ばかりしますね白伊ナイト……」

「そりゃ悪かったな、コレからも邪魔しかしないぜ? だから諦めな」

「キミは先生方から取り調べを受けているはずですが?」

「何で知ってんだよ気持ちわりぃ……窓からこいつが金髪野郎に連れて行かれるのが見えたから脱走して探した。そしたらそいつが走っていくのが見えたから追いかけたんだよ」

「お前先生をそいつって言うなよ。しかし良く俺が木戸の所に行くって分かったな」

「いつもヘラヘラしてるお前が慌てるなんてルイの事ぐらいなもんだろが」

「だぁから先生って呼びなさい先生って!」

 会話の様子から、先生は非常事態を知って駆け付けてくれたらしい。
 しかし、

「でも……音が鳴らないのに何で……?」

 何故先生はここに来れたのだろう。だってこの防犯ブザーは壊れているのに、と思いながら無意識に握りしめていた音の鳴らない防犯ブザーを見ていたら、

「その防犯ブザーな、俺のスマホと連携してて使うと連絡が来るようにしてるんだ」

 と、先生はどこか得意気に笑いながら言った。

「そうだったんですね……」

 壊れているわけでは無く仕様だったのか。本当は音が鳴ってくれた方が安心なのだが、その音が誰かに聞こえているとは限らないし、聞こえていたとしても駆け付けてくれるとも限らない。
 でも先生は来てくれた、先輩を連れて駆け付けてくれた。手に持っている鳴らない防犯ブザーが救世主を呼んでくれたのかと思うととても凄い物に思えて俺は大切に握りしめた。

「ついでにGPSも付けていつでも木戸の場所が分かるようにしてるからな!」

「………え?」

「………は?」

「………おい」

 大切に握りしめていた物を急に捨てたくなった。
 なにやら危険物のような気がしだした防犯ブザーを凝視していたら、俺の手にあったそれを先輩がかすめ取り握り潰したかと思えば思いっきり壁に投げ付けた。そうかと思えば会長が流れるような動作で冷え切った紅茶をかけていた。

「おまっ! それっ! めちゃくちゃ高かっ……白伊ぃっ!!」

「うるせぇストーカー野郎」

「木戸ルイ、今後この教師から物を受け取ってはいけません」

 何だろうこのカオスな空間。
 
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