この世界で姫と呼ばれている事を俺はまだ知らない

キトー

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83.どこがか弱いんだと呟きが聞こえた

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「やるじゃん……」

 ボソリと呟いた夢野の声で周りはハッとしたようにを顔を上げた。

「じゃあ……猫野のバッグからビールとタバコが出てきたのはお前らがやったのか?」

「だから俺じゃないって言ったじゃないっすかー」

「いやだが、まぁ、うん、すまん……」

 猫野と先生のやり取りに男達は歯ぎしりをしながら同時にモブ山を射殺さんばかりに睨むから、モブ山は慌てた様にこちらへかけて来る。

「僕はこの人の指示でやったんですからね!?」

 先生や先輩の背後に隠れて叫んだモブ山だったがそれでも先輩ではなくモブ山を睨むのは、たぶん先輩を睨むのは怖いからだろう。なんか、情けないな。

「つまりその不良のスパイだったワケだ……」

「タダで済むと思うなよ……」

「裏切り者……」

「……っ」

 男達の物騒な呟きにモブ山だけでなく俺まで怯えていると、先生が間に入ってくれた。

「やめんかっ!」

 先生の叱咤に男達は睨むのを止めたが不満を隠せておらず、先生はやれやれと疲れた様子で改めて周りを見渡した。

「しかし……この現状はどうしたんだ……?」

 先生の声からはまだ困惑が見て取れる。それもそうだろう、いくら前回の事が濡衣だと分かっても、今現在殴られたであろう生徒がゴロゴロいる。教師としても放っておけない問題だ。

「そ、そうですよ! 私達はいきなり暴力を振るわれて……」

「あ、それなら僕が録音してます。ボイスレコーダーで」

「ボイスレコーダー!? キミはそんなもん持ち歩いてるのか!?」

 割って入った夢野の言葉にまた先生が驚くが、夢野はそんな先生へ向き合い少しうつむいて話を続けた。

「そこの動画にもありますが、この前僕この人達に囲まれて暴力振るわれそうになったから……怖くて……」

「そ、そうかそうか! すまんそれは怖かったな!」

「んまぁ! こんなか弱そうな子を集団で囲むなんて……さぞかし怖かったでしょう!? もう先生達がいるから大丈夫よ?」

 伏せ目がちに肩を震わせる夢野を先生達が慌ててフォローする。
 夢野、やっぱり怖かったんだね!
 可哀想に……でもなぜ先輩と猫野は冷めた目で夢野を見ているのだろう。

 それから男達とモブ山、先輩、夢野、猫野は詳しい話を聞く為に先生達に連れられて行った。
 最後まで抵抗しようとした人も居たが、集まってきた先生達に強制的に連行された。
 そして俺は、話を聞きたいが人数が多いので一旦帰るように言われる。

「こんな可愛い子を一人で帰らせるのは不安ですから先生と行きましょうね」

 おばちゃん先生がそう言って俺に付き添ってくれたが、どうやら芸術科の先生らしく、何度かモデルをしないかと持ちかけてきた。
 まだ頭の整理がついていない俺はお断りしたが、そう言えば俺をモデルにした絵は完全しただろうか。
 俺にモデルを頼んだ子は俺を美形なんて言っていたが、あれはあの子の感性がおかしいわけではなかったのか。
 夢野から説明されてもどうしても完全には受け入れられない。
 だって、俺が人気があるからなんて、あの話が本当だとしたら今までの学生生活は何だったのだろう。
 どれだけ好意からだと分かっても、独りで過ごした寂しさが埋まる訳もなく怒りが募る一方だった。

「美嶋先生、どうされましたか?」

 悶々とした思いを抱えたままおばちゃん先生について歩いていたら、知った声が聞こえて体が跳ねる。
 頭が混乱している時には、あまり聞きたくない声だったから。

「あらぁ兎月君! いつも生徒会ご苦労さま!」

「会長……」

 俺の悶々とした思いとは反対に涼しい顔した兎月生徒会長がこちらに歩み寄って来て、思わず先生の陰に隠れてしまった。そしてこのおばちゃん先生は美嶋先生と言うのか。

「ありがとうございます。先生がこちらに来られるのは珍しいですがどうかされましたか?」

「いえね、ちょっと揉め事があったからこの子を寮まで送ってたのよ。こんな可愛い子一人じゃ不安でしょ?」

「そうでしたか。では私が引き継ぎましょう」

「へっ!?」

「あらあらお願いしていいの?」

 当たり前のように俺の存在はバレてたし、当たり前のように会長へ引き渡されて俺は当然焦る。

「あの、俺一人でも……」

「兎月君なら安心だわぁ!」

 流石は生徒会長、先生からの信頼は抜群である。が、待って、俺は全然安心出来ないんですが。
 なんて言えるはずもなく兎月生徒会長に引き渡された俺は目で来なさいと促され、美嶋先生に見送られながら黙って従うしかなかった。

 
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