この世界で姫と呼ばれている事を俺はまだ知らない

キトー

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73.会長の冷たい手

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 兎月生徒会長と二人で帰る中、会話はほとんど無かった。
 だからこそ余計に、時折肩に感じる温もりを意識してしまう。
 自分に恋愛感情を持っていると言う会長。俺はその事を決して忘れていた訳ではない。
 しばらくは会長の事が頭から離れなかったし、その後も思い出しては人知れず赤面していた。
 そして告白されたからには当然返事を考えなくてはいけないのだが、自分の中でまだはっきりと決められずにいたのだ。

 会長の事は嫌いじゃなかったし、どちらかと言えば好印象を持っている。
 だが、恋愛感情とはまた別のようにも思えた。
 仕事が出来て、頼りになって、周りを気遣えて、冷たそうに見えて実は優しくて……。
 そんな会長に向けていた感情は、おそらく敬愛、だとずいぶんな時間を使って結論づけた。

「着きましたね」

「はい……」

 気が付けば、寮の前だった。
 雨が降っているからか周りには誰もいないが、室内からは賑やかな笑い声が聞こえる。

「ではこれで……」

「……っ、待ってください!」

 雨が届かなくなった場所まで俺を送ると、傘を畳んだ会長は直ぐに短い言葉と共にその場を後にしようとして、慌てて呼び止める。
 返事を、しなくてはいけない。伝えられた想いに対して、いい加減逃げてはいけない。
 今までは会長に会う機会が無いからと言い訳していたが、自分から会いに行こうと思えばいつでも行けたのだ。
 昼休み、図書室奥の準備室にきっと会長は居たのだろうから。

「兎月先輩、あの、俺は……」

 言うなら今しかない。この機会を逃したらまた逃げたくなってしまう。
 だと言うのに、俺の言葉は遮られた。会長の冷たい手によって。

「……?」

 何故だろうと口を塞がれたまま会長を見上げれば、鋭いエメラルドグリーンの瞳が俺を射抜く。

「まだ、けっこうです」

 静かな声が諭すように言葉を紡ぐ。
 無表情なはずの会長が笑っているように見えたのは目の錯覚だろうか。
 気が付けば雨粒の光を反射して光るエメラルドグリーンに見惚れていた。
 見惚れているうちに近づいて来たエメラルドグリーンは、俺の耳元に辿り着いて「また会いましょう」と言葉を残して離れていった。

 冷たい手が離れていくのをぼーっと見送って、そのまま俺は一人ポツンと残される。
 行き場の無くなった言葉は、どうすれば良いのだろう。
 手にはシールが貼られたシャーペンの芯を持ったまま会長の行動の意図を考えるが、凡人の俺では正直さっぱり分からない。
 断られるのが怖かった? しかし兎月生徒会長がそんな柄だとも思えないし、最後に見た射抜くような眼差しはどうも違うように思える。

「わっかんねぇ……」

 まだ口元に残る冷たい手の感触は、自室に戻った後にもなかなか消えなかった。

 
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