73 / 119
72.雨と会長
しおりを挟む数日経っても、教室のおかしな雰囲気は残っていた。
何がおかしいのか分からないのは、日頃からちゃんと周りを見ていないからだろうか。
周りに不快な思いをさせない為になるべく人と目を合わせないようにしているから、いざ観察しようとしても前の状態がどうだったのか分からず比べようが無い。
でも、何かおかしいのは確かなのだ。
もやもやしたまま迎える週末、唯一良かったのは猫野の退部が無くなった事だ。
退部の話を聞いたその日、偶然帽子野先生に呼び止められた。
俺はよっぽどひどい顔をしていたのかずいぶんと心配された。
だから猫野の件を話したら「なんだその事か」と笑われる。担任なんだから当然帽子野先生も知っていたようで、
「心配しなくても俺が何とかするからな。だから木戸は安心しろ」
と優しく微笑み頭を撫でられて、その心強い言葉に強張っていた心が少し解れたような気がした。
猫野の退部が無くなったと教えてもらったのはその後すぐだった。
帽子野先生から言われた時は嬉しくてずっとつっかえていたもやもやが晴れたようで安堵で泣きそうになったのを覚えている。
かと言ってこんな所で泣いたら先生だって困るだろうからグッとこらえて笑って礼を言う。
すると優しく引き寄せられてあやすように頭を撫でられた。
「よっぽど友達が心配だったんだな。もう大丈夫だ」
俺の我慢なんて簡単に見破られた事が恥ずかしかったが、先生の頼りになる腕に安心してしまってちょっとだけ、ほんのちょっとだけ泣いた。
ホントにちょっとだ。少し目に涙の膜が張ったぐらいだ。
とまあ、猫野の心配は無くなったのに、無くなったら無くなったで別の事が気になりだしてもやもやするなんて人間は難儀な生き物だと思う。
それでも学生生活に待ったは無いわけで、部屋で一人問題集を広げて勉強する。
そのうちまた先輩に教えないといけなくなるかもしれないから出来るときにしておかなくてはならない、と言うのは言い訳で、勉強をしている間はもやもやを忘れられるから。
そんな思いで無心でペンを走らせていたらシャーペンの芯が無くなった。
売店はもう開いてないので仕方なくコンビニへ向かう。
どんよりと曇った空は今にも降り出しそうだが走れば五分とかからない距離だからまぁ大丈夫だろう。
コンビニに入ればお菓子を買いたいのをぐっと我慢してレジに並び、店員がちらちら見てくるのを気づかないふりしてシャーペンの芯だけを買ってコンビニを出る。
「あ……」
出た途端、降りだした。
ツイてないなぁと思いながらもこのまま走って戻るか傘を買うかで迷う内、雨は本降りとなってしまい悩む前にさっさと走って帰っておけば良かったと後悔した。
「でも傘を買うのもなぁ……」
これだけの為に買うにしては、俺にとっては高すぎる。
傘を買うぐらいならポテトチップスを買いたい。ついでに好きなジュースを買ってもお釣りが来る。それに店員もちらちらと嫌そうに俺を見ていたから戻るのも悪い気がするのだ。
雨が止む気配は無いし、嫌な顔をされながら無駄なお金を使うぐらいならずぶ濡れになるのを覚悟で走って帰るか。
そう決断して走る体勢になる。
「木戸ルイ」
「え、はい」
走り出そうとしたその時に名前を呼ばれて声の方へ振り向けば、見知った顔が黒い傘をさして立っていた。
「あ……兎月先輩」
相変わらず無表情の兎月生徒会長がゆっくりとした足取りで近づいて来て、思わず逃げそうになるのをなんとか踏み止まった。
顔を見た途端逃げるだなんていくら何でも失礼過ぎるだろうから。
「傘を持って出なかったのですか?」
「あー、はい……」
「天気予報を見ていないのですか?」
「見てないですね……いや降りそうだとは思ってたんですがすぐ近くだし大丈夫かなって思って……」
「浅はかですね」
「す……すいません」
なぜ謝っているのは自分でも分からないが会長の持つ雰囲気がそうさせる。
王者のようなオーラを纏う会長に口答えなんか出来るはずもない。
「寮へ帰るのですか?」
「はい」
「では行きますよ」
「え?」
「何か問題でも?」
「い、いえ!」
視線で促されて会長の隣、会長の傘の中へと移動した。
ゆっくりとした足取りに合わせて俺も歩き出す。
歩き出したは良いのだが、気まずい。気まず過ぎる。
チラリと会長の顔を覗き見れば何でも無いような顔をしているが、この人は忘れてしまったのだろうか。
そう考えて、有り得ないと自分で否定した。
この人が、冗談やその場のノリであんな事をする筈が無い。
『私がキスをしたいと考える相手は、恋愛感情のある人物にだけです』
言葉と共にされたキスは、勘違いじゃなければ自分は告白されたのだろうから。
76
お気に入りに追加
3,781
あなたにおすすめの小説
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
王道学園なのに、王道じゃない!!
主食は、blです。
BL
今作品の主人公、レイは6歳の時に自身の前世が、陰キャの腐男子だったことを思い出す。
レイは、自身のいる世界が前世、ハマりにハマっていた『転校生は愛され優等生.ᐟ.ᐟ』の世界だと気付き、腐男子として、美形×転校生のBのLを見て楽しもうと思っていたが…
冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました
taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件
『穢らわしい娼婦の子供』
『ロクに魔法も使えない出来損ない』
『皇帝になれない無能皇子』
皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。
だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。
毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき……
『なんだあの威力の魔法は…?』
『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』
『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』
『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』
そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる