この世界で姫と呼ばれている事を俺はまだ知らない

キトー

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65.アリスの怒りとお守り

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「それは……ルイが望んだ事なの?」

 こいつらの馬鹿げた思考は到底理解出来ない。
 しかし、これだけは知っておかねばならない。
 僕にとっては馬鹿げた話だとしても、ルイがそれを望んでいるのならば僕からは何も言えないから。
 まぁ、とてもそうは思えないが。
 そんな思いで出た問を、こいつらは馬鹿にするように鼻で笑った。

「君はやはり物分りが悪い」

「そりゃすいませんね」

 やれやれとでも言いたげな態度に少し腹が立つが冷静になるよう努めれば、彼らは出来の悪い生徒を諭すように言葉を続けた。

「君は神に貢ぎ物を納める時、神に前もって嗜好品を訊くのか?」

「は? え……何言ってんの?」

「尊い御方に何を望んでいるのかなんて尋ねる事自体失礼な話だろう。なにも言われなくてもあの方の望みを汲んで前もって行動しておくのが当たり前と言うものだ」

 開いた口が塞がらないとはよく言ったもので、僕はおそらくとても間抜けな顔をして彼らを見ていたと思う。
 こいつらはいったい何の話をしているんだ。

「えーっと……じゃあ、本気で君達はルイがそう望んでるって思ってるんだ?」

「恐ろしく美しい神聖な宗教画に汚らしいハエがとまったらどうします? 排除して二度と近づかないようにするのが当然だと思いますが?」

「だから……それを本当にルイが望んでると思ってるのかって訊いてんだっ!」

 思わず叫んだのは、怒りから。
 冷静になれと理性が囁くが、ふつふつと沸き上がった怒りは治まらない。

 ルイと初めて会った日は、きっと一生忘れない。
 教室の隅で一人で座り、何をするでも無く窓の外を眺めていた彼。
 確かにその光景は美しくて、ずっと眺めていたいと思うほどで、話しかけるのすらはばかられた。
 でもどこか寂しそうに見えたのは、きっと気のせいではない。
 彼とどうしても友達になりたくて勇気を出して近づいた。何度も何度も彼との接触を試みていく内に、初めは戸惑うように視線を彷徨わせていた彼も、次第に笑ってくれるようになったんだ。

 それがどれほど嬉しかったか。
 邪魔されながらも何とか猫野と結託してルイのそばに居ようとした。
 少しずつ口数も増えて、神聖で美しい宗教画にまるで心が宿ったように表情をころころ変えるようになったルイ。
 楽しそうだった。本当にルイは楽しそうだったんだ。

 ルイの望みを汲んでいる?
 ルイが孤独を望んでる?

「……ふざけるな……」

 歯ぎしりをしながら、無意識にポケットの中のお守りを握りしめる自分がいた。

「なるほど、君は哀れな存在だ」

「はぁ!?」

 哀れな頭の奴らに言われたくないと睨みつけても、多勢に無勢で自分達の方が優位に立っているからか余裕のある顔で笑われる。
 ほんと腹立つな。

「恐れ多くも自分を本気であの方の友人だと思い込んでる。自分がそばに居る事であの方が喜んでいると思っているんだろう? 自惚れもいいとこだ」

「………」

 あれだけ怒りで沸いていた頭が急激に冷めていく。
 人間怒りを通り過ぎると逆に冷静になるようだ。
 もう何を言っても無駄だと悟った僕は、今度こそ分かりやすくため息を吐いた。

「……じゃあどうしたいわけ?」

 言葉の通じない奴らと話すのも疲れて、投げやりに問えば一人が言う。

「あの方の前から消えてください」

「やだね、ルイから直接言われたならまだしもあんたらに命令される筋合いはないよ。何と言われようと僕はルイと友達だと思ってるから」

「なら仕方ないですね……」

 さっさと終わらせたくて挑発するように言ってみたが、意外に落ち着いた態度で返されて拍子抜けした。
 なんだよ、怒ってくれたほうがやりやすいのに。

「まずはお前から消えてもらう」

 だが、別の男が続けた言葉に、いやこれ案外怒ってるなと思う。

「へぇ……どうやって?」

 ポケットに手を入れたまま笑って問うと、一人がカラカラと音をさせながら金属バットを引きずり近づいてきた。

「夢野くん、君が一番厄介だったんだ。あの方に群がるコバエの中で唯一隙がない人物だったからね」

「安心してください。君のご友人も、あのイキってるだけの不良も同じように消えてもらいますから」

「猫野はテニス部のエースだ。私物にタバコや酒でも仕込んでおけば直ぐに退学になるだろな。あとあの不良もちょっと煽ればすぐに暴力を振るってきそうだからいくらでも退学の理由は作れる。日頃の素行の悪さのおかげで退学にさせるなんて簡単だよ」

 狂ってる。改めてそう感じた。
 狂った話をするその目は至極真っ当な事をしていると信じて疑わない目だった。
 まるで今から正義を執行するヒーローのような目だ。

「それで僕には暴力ってわけ? そんな事したらあんたらが退学になるんじゃない?」

「目撃者がいなければ問題ないさ。なんならあの不良のせいにしても良い。一石二鳥じゃないか」

 楽しそうに話しながら、男は大きく振りかぶる。

「これでまた、あの方の美しさが取り戻される」

 大振りで降ろされるバットから身をかわした。
 かわされても余裕の笑みのまま僕を視線で追うのは、どうせ逃げられないと考えているからだろう。
 そんな男が体勢を立て直す前にポケットから握っていたお守りを取り出して、思いっきり金属バット男に突付けると「ぎゃっ……!!」と短い叫び声を残してその場に倒れた。

 突然倒れた仲間に何があったのか理解出来ていない男どもは、ポカンとその光景を眺めていた。
 僕は、握りしめていたお守りを見つめ、微笑む。
 さっすが僕のお守り……もとい、ルイがくれたスタンガンだ!



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 いつも感想やお気に入り登録、しおりもありがとうございます。
 当作品も10万字をこえました。ここまでお付き合いいただき重ね重ね御礼申し上げます!
 
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