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55.いつもと違うのは
しおりを挟む食堂は予想以上に混雑していた。
休日だから空いてると思ったが、今日は部外者も多く居るため混んでるようだ。
「注文は猫野に任せて僕達は席で待ってようか」
「今ナチュラルに俺に押し付けたな……」
苦笑いを浮かべながらも人が溢れかえっているカウンターへ向かおうとする猫野は優しいな。
これは将来夢野に尻に敷かれるタイプだ。頑張れ。
「俺も行くよ。一人じゃ全部は持てないでしょ」
「ルミちゃんやっさしー!」
「ルミちゃんが行くなら僕も行くよ」
列らしい列は無くて、人に押されながらカウンターに近づいていく。
両サイドを二人が守るように空間を開けてくれるが、それでも人に押されるのは仕方無い。
「……っ!?」
不意に感じた不快な感触に声にならない声を上げた。気の所為でなければ、尻を触られたからだ。
いくら女の子の服を着ているからって俺なんかの尻を触るか?
腹が立ったので睨みつけるように振り返り、
「ぎゃっ……!!」
その腕を思いっきり締め上げた。俺じゃなくて猫野が。
「てめぇ……何触ってんだよ!」
「い、痛い……っ、ごめ、出来心で……!」
「俺だって触った事無いのにっ!!」
いや何言ってんだ猫野。俺の代わりに怒ってくれるのは有り難いが。
「ルミちゃん、後は猫野に任せてやっぱり僕たちは席で待ってよ」
「あー……うん、そうだね」
確かにここに居るのはかえって迷惑かもしれないと思い、夢野に同意した。
女装男を女と間違えてチカンしてしまった間抜けな変態野郎は猫野に任せて、人混みから脱出した。
空席を探しながらどこかいつもと違う雰囲気に、部外者が多いからだろうかと思ったが、違うのはそこでは無いと気付く。
視線が、違うのだ。
そう言えば食堂に入った瞬間も、和気あいあいとした雰囲気がガラリと変わる事も無かったし、今でも不自然な女装をチラチラ見られる事はあっても不躾な視線が一斉に集まる感じはしない。
見た目を変えただけでここまで周りの反応は変わるものなのか。
「あっ、あそこ空いたから行こうか」
俺が考え込んでいる間に夢野が空席を見つけ手を引く。
正方形の四人がけのテーブルに着き、猫野を待っていると見知ったクラスメートが近寄ってきた。
「夢野くん今から食事? 俺も一緒良いかな?」
「やっほー夢野! 一緒食べようぜ!」
「あーごめんけど猫野と一緒だから……」
次々集まる夢野のファンに流石だなと感心する。
「キミ名前なんてーの?」
「この学園に彼氏いるの?」
「ケーキ食べる? 奢るよ」
「ちょっと! この子に話しかけないでよ!?」
「ケチ」
「独占欲男」
「器ちっせぇな」
「うるせぇどっか行けっ!!」
こら主人公口が悪いぞ。
そしてもしかして、俺も話しかけられているのだろうか。
こんなに大勢からかまわれた事は無いので、声を出したら男とバレる以前に驚きで言葉が出なかった。
だが純粋に話しかけてもらえる事が嬉しくて、顔を赤らめながらも返事ができない事が申し訳なくてうつむいてしまう。
「え……かわい……」
「ねぇもうちょっと顔を見せてよ……」
うつむいていた顔に手を伸ばされる気配を感じ、これはまずいと身構えていたが、その手が俺に触れる事は無かった。
「どっか行けって言ったよね……?」
「そこ俺の席だからどいてくんね……?」
ドスの利いた声、と呼ぶのだろうか。
思いも寄らない友人の場が凍るような低い声に、俺の肝まで冷える。
恐る恐る顔を上げたら顔色を悪くしたクラスメートが猫野と夢野に腕を掴まれていた。
「じ、じゃあな夢野っ!」
「猫野も邪魔して悪かったな!」
「あっ、お前ら置いてくなよ!」
二人の剣幕に逃げるように去っていくクラスメート。
ついでと言わんばかりに周囲をひと睨みすれば、こちらを伺っていた人達も慌てて顔をそらした。
いつだって優しい友人達の、知らない一面を見た気がした。
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