55 / 119
54.この先輩は猫野が好きらしい
しおりを挟む■第5話(後篇):回る回らない
「あの煮物や荒炊き旨かったな」
「びっくりだよ。アカネがあんなもの好きだとは・・・」
今日、幸尋が委員長を送り届けた、いや、ついていったとき、
お礼にもらったのは、彼女の家の手料理だった。
人参、筍、蓮根、椎茸、こんにゃくの煮物。
じんわりするようないい出汁が染みていて、
辛くもなく甘くもない絶妙な味付けだった。
そして、鯛の荒炊き。
頭と胸鰭のところを甘辛く煮たものだった。
付け合わせに、細長い牛蒡が添えられていた。
見た目は濃くてしつこいかと思いきや、
案外そんなことはなく、何ともいい味で、
身をせせって口に運ぶのが止まらなかった。
ふたりともよくごはんが進んだ。
どちらも幸尋は普段食べることが無い料理だった。
これほど手間暇と熟練の技を必要とするものは無理だった。
こういった和風の料理をアカネは苦手だろうと思ったが、
意外なことに彼女もよく食べ、途中からは取り合うように食べた。
「覚えとけよな!ああいうの好きなんだよ」
恥ずかしそうに料理の趣向を教えてくれた。
あくまで上から目線なアカネである。
・・・日曜日の今日は、朝のちょっとした事件をきっかけに、
ふたりで出掛けることになっていた。
古びた団地から出て、いつもの道を歩いていたのだが、
アカネが川を見ながら歩きたいと言い始めた。
しぶしぶ幸尋は堤を越えて河川敷まで出た。
幸尋は学校帰り、気分転換に堤を少し歩くことはあったが、
河川敷まで降りて河口に向かって歩いたことは無かった。
「ボク、ここが地元じゃないんだよ・・・」
ちゃんと先が通じているのか不安な幸尋である。
最近は雨が少なくて、川の水量も少なく、
川底が透けて見える。
「はぁ?そうなのかよ」
アカネが思わず足を止める。
驚いた顔に微かに喜色が浮かんだ。
(うっすらバカにしてるなぁ・・・)
変な反応だと思いながら、
幸尋はそのまま歩いていく。
(カイテンヤキ・・・)
よく分からないもののために出掛ける。
幸尋は納得していなかった。
――今朝のことだった。
急にアカネが「カイテンヤキ」を食べたいと言った。
幸尋はそれがどんなものかイメージできなかった。
「何てゆうか、丸いやつだよ」
「こんぐらいで、あんこギッシリで」
アカネは困った顔で、手で形をつくってみる。
幸尋はその手を凝視しているが、よく分からない。
「ん~カステラ的なやつ?」
「あんこギッシリっつたろ」
「たい焼きだろ?」
「丸いっつてんだろうが!」
お互いのイメージがぜんぜん結びつかない。
アカネの説明がふわっとしていて、ぜんぜん幸尋に伝わらなかった。
彼は彼で具体的なものを挙げるが、全くの見当外れしか出てこない。
「あーもー!!」
業を煮やしたアカネは幸尋を連れ出した。
どうやら駅の近くで売っているのを見たという。
駅までだいたい20分ぐらいかかる。
それもいつもの道を歩いたらのことだった。
必要以上の距離を歩きたくない幸尋と、
ただ川を見ながら歩きたいアカネ。
家を出てすぐにふたりはどの道を通って行くか、
回る回らないでしばらく不毛な主張が続いた。
結局、幸尋が押し切られて、ふたりで河川敷に下りた。
さすがに河川敷は開けていて風が通る。
さっきまでの気分が変わった。
それを何となく認めたくなくて、
幸尋は黙ったままだった。
「うーんっ」
アカネは背伸びしながら、どんどん遊歩道を歩いていった。
後ろから見ていると、アカネは川面に目を向けているのが分かった。
その目が少し細くなるような気がした。
(・・・・・・・・・)
こんな顔を何度も見た。
このときの彼女は別人のように思えてしまう。
どうしてそんなことが気になるのか、
幸尋はちょっとおもしろくなかった。
川の向こう岸を見たり、空を見たり、
しばらく落ち着かなかった。
「あ・・・あれ?歩道終わってる・・・」
「ちゃんとしろよな!ったく・・・」
アカネもアカネである。
先を歩いていたのは彼女である。
幸尋は何となくぼ~っと歩いていたので、
堤に上がる道を見落としていた。
ふたりは仕方なく引き返した。
すぐに堤を越える階段があると思っていたが、
結局だいぶ来た道を戻ることになった。
「だから、いつもの道を行こうって言ったんだ!」
「ごちゃごちゃうるせぇ!」
なかなか堤を越える階段が見つからなかったことが
ふたりを余計にイライラさせた。
ようやく堤を越える階段があった。
ちゃんと案内看板も掲げられていたのに、
ふたりとも見落としていた。
堤を越えると、道が二股に分かれていた。
一方は真っすぐに、よく通る道に通じていた。
もう一方は左へ斜めに伸びている、
アカネは迷うことなく左へと進んでいった。
「おいおい、真っすぐ行こうよ!
そっち行ったこと無いし!」
「うるせえ!こっちの方が近いって」
置いて行かれると思って、幸尋は急いで後を追った。
「・・・え?」
異様な雰囲気だった。
道は進むにつれて、うねるように曲がっていて、見通しが利かない。
両側の家々が崩れ落ちてきそうに建て込んでいる。
幅は2mほどだろうか。
人ふたりが並んで歩ける程度だった。
建ち並ぶ家々に、人が暮らしている気配は無かった。
瓦が落ちて、屋根の木材が剥き出しになっているところもある。
壁もくすんでいて、ヒビが入っている。
ふたりが暮らしてる古びた団地からそう離れていないはずだった。
ここはいつも通る道と川の間だろうと幸尋は思った。
幸尋が暮らしている団地もまぁまぁ古びているが、
この辺りはそれ以上だった。
見上げてみると、空の青さとは対照的に
家々が黒く見えてしまう。
立ち止まって見上げていた幸尋が視線を戻すと、
アカネはどんどん先に進んでいた。
慌てて後を追いかけた。
ガタン!
「ひっ!」
音がして、思わず幸尋が声を上げた。
先を進むアカネが振り返って、冷たい目を向けられた。
「な、何の音ぉっ!?」
「あ?どうでもいいだろ」
すぐにアカネは歩き始めた。
幸尋は足早に追った。
怖くないはずだったのに、ちょっとしたことで
けっこうビビッていたことが自分でも恥ずかしい。
(何でこーゆーのは平気なんだよ・・・)
急にムカムカしてくる。
ズカズカ歩いていくアカネの後姿を見ながら、
さっきの音に無反応だったのが信じられなかった。
「おぉう?」
急に開けたところに出た。
それはいつも通る道で、ちょうど交差点のところだった。
目の前の車道を渡ると駅に続く南側の商店街だった。
幸尋は見たことがある風景にホッとした。
車が行き交い、人々が歩いている。
目の前にはそうした生活の息遣いがあった。
「何だ?この疲労感は・・・」
「ヤバくね?」
ふたりそれぞれに振り返って見ると、
交差点に面したところは普通の家々だった。
歩いてきた道の奥にはただならぬ雰囲気があった。
「もう絶対あの道は通らないからな!」
「ひひっ♪何か取り憑かれたんじゃね?
疲労感とかあるって絶対やべぇよw」
「そぉんなのあるワケないよ」
咄嗟に返した言葉が裏返る。
そんな幸尋を背に、アカネは信号が変わった横断歩道を渡った。
「ホントにカイテンヤキってあんのか?
何かの見間違いだろ・・・」
商店街に入って人心地ついたのか、幸尋は悪態をついた。
商店街は人通りがちらほらある程度だったが、
「生きた」感じがあってホッとした。
彼の言葉などには応じず、アカネはどんどん歩いていった。
「これ」
アカネが立ち止まったのは南側の商店街の終わりの方だった。
もうしばらく行くと、駅に行き着く。
見ると、甘味屋さんだった。
正面には饅頭や大福が並ぶケースがあり、
店先には鉄板で焼くものを扱う小さな屋台が出ている。
「回転焼き2つくださーい」
「はいは~い、ここで食べてく?」
「うん、そうするー」
さっそくアカネが近寄って注文した。
応じた店の人が小さな包み紙に素早く回転焼きを入れる。
「ほら、回転焼き」
幸尋は店先に出されている長椅子に座って、
差し出された回転焼きを受け取った。
それは手の平サイズの円盤型で、4cmほどの厚みがあった。
包み紙からアツアツ温度がじんわり伝わってくる。
「アカネの説明ヘタ過ぎ!」
「うるせぇ!」
そう言うなり、アカネは回転焼きにかぶりついた。
ほふほふしながら顔がほころぶ。
幸尋も回転焼きをかぶる。
(んふっ)
きつね色の生地は、表面こそカリッとしていたが、
すぐにもっちりした層が始まる。
ほのかな小麦の香りが広がったかと思うと、
アツアツのあんこの塊に至る。
ほっこりしたやさしい小豆の甘味。
小豆たっぷりのあんこがたちまちほどけていく。
もっちりした生地と甘いあんこが
渾然一体となってクチを魅了していく。
何とも言えないやさしい甘味だった。
「んふぅ~」
思わずふたりは見合って同じ声音を上げる。
「うん、たい焼きとは違うね」
「だろ?」
たい焼きの生地とは微妙に食感が違っていた。
たい焼きにはいくぶんハードな歯触り感があるが、
回転焼きはもっちり感がある。
あんこをハード生地で楽しむか、
もっちり生地で楽しむか、難しい問題である。
それはともかく、一口喉を下りていった後、
溜息のように鼻に香りが抜ける。
あの生地。
あのあんこ。
しっかりした甘さなのに後味がすっきりしていた。
もうこの味を知ってしまったら、止められなかった。
まだ熱いにもかかわらず、次から次へとかぶりついた。
おなかに収まった回転焼きは
まだほかほかしているような心地だった。
「あんこの一族って家族多過ぎだろ?」
「あんろいひろくってw」
アカネが口をもごもごさせながら笑う。
どういうわけか幸尋は回転焼きが初めてだった。
彼はアカネが美味しそうにかじりつくのを横からずっと眺めていた。
(つづく)
「あの煮物や荒炊き旨かったな」
「びっくりだよ。アカネがあんなもの好きだとは・・・」
今日、幸尋が委員長を送り届けた、いや、ついていったとき、
お礼にもらったのは、彼女の家の手料理だった。
人参、筍、蓮根、椎茸、こんにゃくの煮物。
じんわりするようないい出汁が染みていて、
辛くもなく甘くもない絶妙な味付けだった。
そして、鯛の荒炊き。
頭と胸鰭のところを甘辛く煮たものだった。
付け合わせに、細長い牛蒡が添えられていた。
見た目は濃くてしつこいかと思いきや、
案外そんなことはなく、何ともいい味で、
身をせせって口に運ぶのが止まらなかった。
ふたりともよくごはんが進んだ。
どちらも幸尋は普段食べることが無い料理だった。
これほど手間暇と熟練の技を必要とするものは無理だった。
こういった和風の料理をアカネは苦手だろうと思ったが、
意外なことに彼女もよく食べ、途中からは取り合うように食べた。
「覚えとけよな!ああいうの好きなんだよ」
恥ずかしそうに料理の趣向を教えてくれた。
あくまで上から目線なアカネである。
・・・日曜日の今日は、朝のちょっとした事件をきっかけに、
ふたりで出掛けることになっていた。
古びた団地から出て、いつもの道を歩いていたのだが、
アカネが川を見ながら歩きたいと言い始めた。
しぶしぶ幸尋は堤を越えて河川敷まで出た。
幸尋は学校帰り、気分転換に堤を少し歩くことはあったが、
河川敷まで降りて河口に向かって歩いたことは無かった。
「ボク、ここが地元じゃないんだよ・・・」
ちゃんと先が通じているのか不安な幸尋である。
最近は雨が少なくて、川の水量も少なく、
川底が透けて見える。
「はぁ?そうなのかよ」
アカネが思わず足を止める。
驚いた顔に微かに喜色が浮かんだ。
(うっすらバカにしてるなぁ・・・)
変な反応だと思いながら、
幸尋はそのまま歩いていく。
(カイテンヤキ・・・)
よく分からないもののために出掛ける。
幸尋は納得していなかった。
――今朝のことだった。
急にアカネが「カイテンヤキ」を食べたいと言った。
幸尋はそれがどんなものかイメージできなかった。
「何てゆうか、丸いやつだよ」
「こんぐらいで、あんこギッシリで」
アカネは困った顔で、手で形をつくってみる。
幸尋はその手を凝視しているが、よく分からない。
「ん~カステラ的なやつ?」
「あんこギッシリっつたろ」
「たい焼きだろ?」
「丸いっつてんだろうが!」
お互いのイメージがぜんぜん結びつかない。
アカネの説明がふわっとしていて、ぜんぜん幸尋に伝わらなかった。
彼は彼で具体的なものを挙げるが、全くの見当外れしか出てこない。
「あーもー!!」
業を煮やしたアカネは幸尋を連れ出した。
どうやら駅の近くで売っているのを見たという。
駅までだいたい20分ぐらいかかる。
それもいつもの道を歩いたらのことだった。
必要以上の距離を歩きたくない幸尋と、
ただ川を見ながら歩きたいアカネ。
家を出てすぐにふたりはどの道を通って行くか、
回る回らないでしばらく不毛な主張が続いた。
結局、幸尋が押し切られて、ふたりで河川敷に下りた。
さすがに河川敷は開けていて風が通る。
さっきまでの気分が変わった。
それを何となく認めたくなくて、
幸尋は黙ったままだった。
「うーんっ」
アカネは背伸びしながら、どんどん遊歩道を歩いていった。
後ろから見ていると、アカネは川面に目を向けているのが分かった。
その目が少し細くなるような気がした。
(・・・・・・・・・)
こんな顔を何度も見た。
このときの彼女は別人のように思えてしまう。
どうしてそんなことが気になるのか、
幸尋はちょっとおもしろくなかった。
川の向こう岸を見たり、空を見たり、
しばらく落ち着かなかった。
「あ・・・あれ?歩道終わってる・・・」
「ちゃんとしろよな!ったく・・・」
アカネもアカネである。
先を歩いていたのは彼女である。
幸尋は何となくぼ~っと歩いていたので、
堤に上がる道を見落としていた。
ふたりは仕方なく引き返した。
すぐに堤を越える階段があると思っていたが、
結局だいぶ来た道を戻ることになった。
「だから、いつもの道を行こうって言ったんだ!」
「ごちゃごちゃうるせぇ!」
なかなか堤を越える階段が見つからなかったことが
ふたりを余計にイライラさせた。
ようやく堤を越える階段があった。
ちゃんと案内看板も掲げられていたのに、
ふたりとも見落としていた。
堤を越えると、道が二股に分かれていた。
一方は真っすぐに、よく通る道に通じていた。
もう一方は左へ斜めに伸びている、
アカネは迷うことなく左へと進んでいった。
「おいおい、真っすぐ行こうよ!
そっち行ったこと無いし!」
「うるせえ!こっちの方が近いって」
置いて行かれると思って、幸尋は急いで後を追った。
「・・・え?」
異様な雰囲気だった。
道は進むにつれて、うねるように曲がっていて、見通しが利かない。
両側の家々が崩れ落ちてきそうに建て込んでいる。
幅は2mほどだろうか。
人ふたりが並んで歩ける程度だった。
建ち並ぶ家々に、人が暮らしている気配は無かった。
瓦が落ちて、屋根の木材が剥き出しになっているところもある。
壁もくすんでいて、ヒビが入っている。
ふたりが暮らしてる古びた団地からそう離れていないはずだった。
ここはいつも通る道と川の間だろうと幸尋は思った。
幸尋が暮らしている団地もまぁまぁ古びているが、
この辺りはそれ以上だった。
見上げてみると、空の青さとは対照的に
家々が黒く見えてしまう。
立ち止まって見上げていた幸尋が視線を戻すと、
アカネはどんどん先に進んでいた。
慌てて後を追いかけた。
ガタン!
「ひっ!」
音がして、思わず幸尋が声を上げた。
先を進むアカネが振り返って、冷たい目を向けられた。
「な、何の音ぉっ!?」
「あ?どうでもいいだろ」
すぐにアカネは歩き始めた。
幸尋は足早に追った。
怖くないはずだったのに、ちょっとしたことで
けっこうビビッていたことが自分でも恥ずかしい。
(何でこーゆーのは平気なんだよ・・・)
急にムカムカしてくる。
ズカズカ歩いていくアカネの後姿を見ながら、
さっきの音に無反応だったのが信じられなかった。
「おぉう?」
急に開けたところに出た。
それはいつも通る道で、ちょうど交差点のところだった。
目の前の車道を渡ると駅に続く南側の商店街だった。
幸尋は見たことがある風景にホッとした。
車が行き交い、人々が歩いている。
目の前にはそうした生活の息遣いがあった。
「何だ?この疲労感は・・・」
「ヤバくね?」
ふたりそれぞれに振り返って見ると、
交差点に面したところは普通の家々だった。
歩いてきた道の奥にはただならぬ雰囲気があった。
「もう絶対あの道は通らないからな!」
「ひひっ♪何か取り憑かれたんじゃね?
疲労感とかあるって絶対やべぇよw」
「そぉんなのあるワケないよ」
咄嗟に返した言葉が裏返る。
そんな幸尋を背に、アカネは信号が変わった横断歩道を渡った。
「ホントにカイテンヤキってあんのか?
何かの見間違いだろ・・・」
商店街に入って人心地ついたのか、幸尋は悪態をついた。
商店街は人通りがちらほらある程度だったが、
「生きた」感じがあってホッとした。
彼の言葉などには応じず、アカネはどんどん歩いていった。
「これ」
アカネが立ち止まったのは南側の商店街の終わりの方だった。
もうしばらく行くと、駅に行き着く。
見ると、甘味屋さんだった。
正面には饅頭や大福が並ぶケースがあり、
店先には鉄板で焼くものを扱う小さな屋台が出ている。
「回転焼き2つくださーい」
「はいは~い、ここで食べてく?」
「うん、そうするー」
さっそくアカネが近寄って注文した。
応じた店の人が小さな包み紙に素早く回転焼きを入れる。
「ほら、回転焼き」
幸尋は店先に出されている長椅子に座って、
差し出された回転焼きを受け取った。
それは手の平サイズの円盤型で、4cmほどの厚みがあった。
包み紙からアツアツ温度がじんわり伝わってくる。
「アカネの説明ヘタ過ぎ!」
「うるせぇ!」
そう言うなり、アカネは回転焼きにかぶりついた。
ほふほふしながら顔がほころぶ。
幸尋も回転焼きをかぶる。
(んふっ)
きつね色の生地は、表面こそカリッとしていたが、
すぐにもっちりした層が始まる。
ほのかな小麦の香りが広がったかと思うと、
アツアツのあんこの塊に至る。
ほっこりしたやさしい小豆の甘味。
小豆たっぷりのあんこがたちまちほどけていく。
もっちりした生地と甘いあんこが
渾然一体となってクチを魅了していく。
何とも言えないやさしい甘味だった。
「んふぅ~」
思わずふたりは見合って同じ声音を上げる。
「うん、たい焼きとは違うね」
「だろ?」
たい焼きの生地とは微妙に食感が違っていた。
たい焼きにはいくぶんハードな歯触り感があるが、
回転焼きはもっちり感がある。
あんこをハード生地で楽しむか、
もっちり生地で楽しむか、難しい問題である。
それはともかく、一口喉を下りていった後、
溜息のように鼻に香りが抜ける。
あの生地。
あのあんこ。
しっかりした甘さなのに後味がすっきりしていた。
もうこの味を知ってしまったら、止められなかった。
まだ熱いにもかかわらず、次から次へとかぶりついた。
おなかに収まった回転焼きは
まだほかほかしているような心地だった。
「あんこの一族って家族多過ぎだろ?」
「あんろいひろくってw」
アカネが口をもごもごさせながら笑う。
どういうわけか幸尋は回転焼きが初めてだった。
彼はアカネが美味しそうにかじりつくのを横からずっと眺めていた。
(つづく)
97
お気に入りに追加
3,781
あなたにおすすめの小説
王道学園なのに、王道じゃない!!
主食は、blです。
BL
今作品の主人公、レイは6歳の時に自身の前世が、陰キャの腐男子だったことを思い出す。
レイは、自身のいる世界が前世、ハマりにハマっていた『転校生は愛され優等生.ᐟ.ᐟ』の世界だと気付き、腐男子として、美形×転校生のBのLを見て楽しもうと思っていたが…

最強様が溺愛したのは軟派で最弱な俺でした
7瀬
BL
『白蘭高校』
不良ばかりが集まるその高校は、学校同士の喧嘩なんて日常茶飯事。校内には『力』による絶対的な上下関係があり、弱い者は強い者に自らの意思で付き従う。
そんな喧嘩の能力だけが人を測る基準となる世界に、転校生がやってきた。緩い笑顔・緩い態度。ついでに軽い拳。白蘭高校において『底辺』でしかない筈の瑠夏は、何故か『最強』に気に入られてしまい………!?
「瑠夏、大人しくしてろ」
「嫌だ!!女の子と遊びたい!こんなむさ苦しいとこ居たくない!」
「………今千早が唐揚げ揚げてる」
「唐揚げ!?わーい!」
「「「単純………」」」」
溺愛系最強リーダー×軟派系最弱転校生の甘々(?)学園物語開幕!
※受けが割とクズな女好きです。
※不良高校の話なので、喧嘩や出血の描写があります。
※誤字脱字が多く申し訳ないです!ご指摘いただけるととても助かります!
冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました
taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件
『穢らわしい娼婦の子供』
『ロクに魔法も使えない出来損ない』
『皇帝になれない無能皇子』
皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。
だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。
毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき……
『なんだあの威力の魔法は…?』
『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』
『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』
『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』
そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる