この世界で姫と呼ばれている事を俺はまだ知らない

キトー

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8.調子にのってるこいつの事

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 調子こいてる奴がいると噂に聞いた。
 とにかく綺麗な奴で、姫だとか呼ばれている。しかし周りとの関わりを嫌い人を近づけないのだという。
 そいつが誰かに話しかけることは無く、誰とも視線を合わせずにいつも一人で過ごしているらしい。
 一旦様子を見ていたが、俺の目からも自分の優れた容姿を利用してお気に入りの場所を確保し、人を寄せ付けないようにしているかに見えた。

 無言で他を従わせるなんてずいぶん調子こいてるじゃねえか。
 こりゃ先輩の俺がそのお高くとまった態度を正してやらねぇとな。

 なんて思って探し出した木戸ルイは、誰も来ないような屋上へ続く階段の踊り場で昼飯を食べていた。
 教室や食堂の人混みすら煩わしいってか?
 何から何まで癇に障った俺は、奴の隣に密着して座ってやった。するとそいつは、大きな目を更に大きく見開いてジッと俺を見た。

 確かにこいつは綺麗な奴だった。
 一瞬意識を持っていかれるほど桁違いの美人だ。
 怒りが頭を締めてなかったらちょっと危なかった。
 だが、だからと言って周りを従わせて良い訳じゃないだろ。
 信者が排除でもしているのか、こいつの周りは不自然なほど人が寄り付かない。

 ムカつく。
 そうまでして一人でいたいのか。

 俺もどちらかと言えば群れるのは好まない。
 しかしこいつのやり方は気に入らない。
 容姿を利用して周りの人間を使うなんて、男として恥ずかしくないのか。
 しかも男に姫ってなんだよ。お高くとまってんじゃねえぞ。
 そう言えば奴は否定しながらも顔を伏せた。

 気まずそうに伏せた瞳に、長いまつげが影を作る。
 漂う香りはシャンプーなのか柔軟剤なのか、はたまたこいつの体臭なのか、甘いような爽やかなような、とにかく嫌いな匂いじゃ無かった。
 顔を伏せた事で白く細いうなじがよく見える。
 触れてみてぇな。少し怯えたように身を小さくするこいつを無理やり組み敷いたら、と想像すれば、ゾクゾクとした感覚が脊椎を駆け抜ける。

 じゃねえ、何考えてんだ俺は。
 うなじにいつの間にか伸ばしていた腕を誤魔化すように更に伸ばして、奴の肩を引き寄せた。
 あれこれ誤魔化せてねぇな。

「じゃあ……お高くとまる気がねえってんなら俺ともオトモダチになってもらおうか?」

 苦し紛れに無理やり引き出した嫌味に奴は顔を上げた。

「──……えっ? 良いんですかっ!?」

「は?」

 頑なにお一人様を好むこいつの事だから嫌がるだろうと思ったのに、何故か目を輝かせて俺を見た。
 こいつ意味分かってるのか?
 不良の先輩の“オトモダチ”になるって事は普通の人間なら悪い予感しかしないはずだ。
 なのになぜこんな顔して俺を見るんだ。
 あまり表情を変えない淡々とした人間だと思っていたが、こんな顔も出来るのかと不覚にも胸が高鳴った。
 しかし奴はすぐにまたうつむいておれに謝ってきた。

「……何で謝んだ」

 訊けば、友人になったら俺に迷惑がかかるからだと言う。
 意味が分からなくて更に問えば、言い淀みながら奴が言った。
 自分は嫌われているのだと。

「はぁあ?」

 やっぱり意味が分からない。
 本気で言ってんのかこいつ。
 あれか? 中にはこいつに興味の無い人間もいるかもしれない。そんな奴らにも好かれたいとか思ってるのか?
 人気がある物には必ずと言っていいほどアンチが現れる。
 全世界の人間から好かれたいなど傲慢もいいとこだ。
 全部にいい顔出来ると思うなよ?
 勝手にイライラしだした俺は更に質問を続ける。

「……何で嫌われてるって思うんだよ?」

「……っ」

 言いづらそうにしているこいつの肩を更に強く引き寄せる。言えよ、と威圧するように。
 観念したのか、こいつはポツリポツリと話しだした。
 話しだしたは良いが、その内容は予想外だった。
 自分は嫌われている。
 そう思い込むには十分すぎる周りの態度。
 そして知ってしまった。
 こいつは一人を好んでいるのでは無い、一人で居ざるをえなかったのだ。
 俺は自分の勝手な思い込みを恥じる。

「……なるほどな」

 よっぽど悲しかったのだろう、泣くのをこらえているこいつの頭を少し乱暴に撫でた。

「んじゃあ俺とダチになるか」

「はぇ?」

 気の抜けた返事と完全に予想外だと物語る顔はちょっとおかしくて可愛い。
 いや、後輩として可愛いって意味だからな。

「んだその気のねぇ返事は……嫌なのかよ」

「いや、そんなことっ……でもあの、先輩の迷惑になる……」

「はっ、今更不良のおれが周りの視線なんか気にするかよ」 
「ぅわわっ!」

 オロオロしだしたこいつの頭を強い力でグチャグチャにかき回してやった。
 ごちゃごちゃ言わずに俺の側に居ろ。
 なんてクセェ台詞はいえねぇけど、お前が心配するような事は何も無いからンな顔しないで笑っとけ。

「おら返事」

「ぁ……あっ、はい!」

 なかなか良い返事をしたが、それでもまだ目を白黒させている。
 何だよ、ダチがほしかったんじゃねぇのか。
 それとも俺じゃ不満ってか?
 ちょっとムカつきながらも、もし本当に嫌がっていたら、とらしくもなく不安になっている自分に気づかないふりをした。
 そんな俺の心情なんて知るはずもないこいつは、友達……と確認するように呟いて

「ありがとうございます……」

 笑った。

「……っ!!」

 なんだっ、なんだこれ。
 自分の心臓の音しか聞こえない。
 顔が熱を持っているのが分かる。
 は? マジで何だよこれ。
 ただ笑いかけられただけなのに、息を呑むほど綺麗過ぎて、反射的に顔をそむけていた。
 あのまま見てたらヤバかった。何がヤバいって……何がだ?
 とにかく、あんなもん直視出来るはずがない。
 バクバクうるさい心臓の横で、さっきから触れていたはずのこいつの肩が急に熱く感じた。
 男のくせに、細くて柔らかい。
 儚いほどに繊細に感じて、平気で触れていた自分が信じられなくなった。
 けれど、離したくない。
 わけが分からなくて逆ギレしそうになる感情の高ぶりを深呼吸で落ち着かせても、予鈴が鳴るまで俺は動けないでいた。
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