この世界で姫と呼ばれている事を俺はまだ知らない

キトー

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7.今度はヤンキーが来た

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「ぉ、おはよう木戸くん!」

「あ、おはよう……」

 稀に、本当にごく稀に俺に声をかけてくれる人がいる。
 しかし二度目は無い。皆一度きりの優しさなんだ。

「おはよーさんルイちゃん!」

「おはようルイ!」

「おはようチエ、アリスも……」

 そんな中でも二人は今でも俺なんかに挨拶をしてくれている。優しいなと思う。
 そして今日も夢野には腰を、猫野には肩を抱かれて教室へ向かった。
 男同士にしてはスキンシップが激しい気もするが、それは俺が前世の記憶があるからそう感じるのだろうか。
 BLゲームの世界ではこれは普通なのかもしれないが、なんせこの世界で友達が居たことが無かったから分からない。
 でも友人みたいに接してくれるのは嬉しい。
 たとえこの時間は長く続かないと分かっていても。

「ねえルイ、ラインおしえ──……」

「夢野くーん!」

「猫野さんちょっと良いかな?」

 流石は人気者の二人である。
 教室に着く前に他の生徒に捕まって連れて行かれてしまった。
 俺は寂しく思いながらもどこか諦めの気持ちで一人で教室に入った。
 今日も俺の隣は空席のままだった。

 * * *

 さて昼休みの時間がやってきた。
 当初はあれほど憂鬱だった時間も、今では少し楽しみでもある。
 図書室の準備室での時間が心地よいからだ。
 無駄に距離を置かれることもなく、人の視線も気にせず過ごせる天国のような空間。
 しかも隣に嫌がる様子も見せずに側にいてくれる存在が居る。
 ほとんど会話は無いけれど、兎月先輩の隣は心地よい。
 あと最近どんどんお菓子が増えてる。

 どうやら差し入れらしいが、さすがは生徒会長、皆から尊敬されているのだろう。
 消費が追いつかないから食べてくれと言われているので俺は遠慮なく頂いている。
 そして兎月先輩の入れてくれるお茶は相変わらず優しい味がする。
 でも流石にあそこでご飯を食べるわけにはいかないから、昼食は今でも階段の踊り場で食べていた。
 早く食べて図書室の準備室に行こう。そう思っておにぎりにかぶりついていた時だ。

「お前が木戸ルイか」

「んぐっ……」

 気付かないうちに階段を登ってきた者が居たのだ。
 急に人が来たのも驚いたし、名前を呼ばれたのも驚いた。
 しかもまたこの人もゲームの主要キャラクターじゃないか。
 何で? 俺に声かけて驚かせないといけないルールでもあるの?
 そんな彼はおにぎりが飲み込めず返事を出来ない俺にかまうことなく、どかりと隣に座るじゃないか。

「お前ちょっと顔が良いからって最近調子にのってるらしいな?」

「……っ、え?」

 やっと飲み込めて顔を合わせたが、返せた言葉は少なかった。だって、まさかいきなり文句を言われるとは思わないじゃないか。
 僕が呆けている間に残っていたおにぎりを勝手に食べられた。ヤンキーだこの人。
 白伊ナイト。一つ上の先輩で二年生。
 短い黒髪がピンピン跳ねていて、前髪が一部赤く染められている。
 喧嘩っ早いヤンキーの俺様キャラ、だったはず。

「……返事も無しかよ? お高くとまってんじゃねぇぞ」

「あ、いや、すみません……そんなつもりじゃ」

「へぇ?」

 俺の言葉を全く信用してませんって顔で笑われて、嫌な汗が吹き出しそうだ。
 調子にのってると言われてしまった。
 言い返したいが、その自覚があるから何も言えない。
 だって嫌われ者のくせに、最近は生徒会しか使えない部屋を使わせてもらってるし、おまけに生徒会の為に用意されたお菓子まで俺が食べてしまっている。

 完全に調子にのってる。
 やはりあそこで兎月先輩の言葉に甘えず、図書室の利用も控えて誰もいない場所でひっそりと過ごすべきだったのだ。
 もっと言えば、夢野アリスや猫野チェシーという人気者からも時々声をかけてもらっているのさえおこがましいのかもしれない。
 後悔の念に駆られている俺を白伊先輩が引き寄せる。

「じゃあ……お高くとまる気がねえってんなら俺ともオトモダチになってもらおうか?」

「──……えっ? 良いんですかっ!?」

「は?」

 言って、またまた後悔した。
 白伊先輩の驚いた顔で冗談だったのだと理解したからだ。それを鵜呑みにした自分が恥ずかしい。

「あ……すみません………」

「……何で謝んだ」

「先輩と友達になりたいなんて言ったから……」

「お前俺とオトモダチ……友達になりたいのか?」

「いやそんな! 迷惑になりますし……」

「何でお前と友達になったら迷惑になるんだ」

 質問攻めにしてくるのが地味に心が傷つく。
 俺が調子にのってたから苛ついて、分かってて聞いているのだろうか。

「………──から……」

「あ? 聞こえねぇよ」

「俺が……嫌われてるから……っ」

「はぁあ?」

 分かりきってる答えに上げた先輩の声は、呆れなのか怒りなのか嫌味なのか。
 真意が分からないまま、白伊先輩は残酷な言葉を続ける。

「……何で嫌われてるって思うんだよ?」

「……っ」

 そこまで言葉にしなければならないのか。
 これは相当お怒りのようだ。
 言葉にするのは嫌だったが、言わなければ解放されそうに無いので俺は渋々喋りだした。そんな俺の話を、白伊先輩は黙って聞いた。

「……誰にも話しかけられないし、俺から話そうとしても逃げられたりするし……」

「………」

「俺の周り、誰も近づこうとしないし……そのくせ遠くで俺を見ながらヒソヒソ話してるし……──」

 小学生ぐらいの時は少ないが友人は居たんだ。
 しかし、中学校に上がった頃から徐々に周りから人が居なくなっていった。
 寂しくて、悲しくて、でも慣れるしかなくて、それでもやっぱり悲しくて。
 理由が分からないのがなおさら情けなくて、もう存在が迷惑なのだと思うしかなかった。

「──……だから、俺と一緒に居たら先輩まで変な目で見られて迷惑をかけると思うんです」

「………」

 言いながら、情けないやら悲しいやらで泣きそうになっていた。
 泣くな泣くな、これ以上迷惑をかけるな。

「……なるほどな」

 先輩に頭を少し乱暴に撫でられた。
 髪がグチャグチャに乱れて困ったが、先輩の発言に髪なんて気にする間も無いほど、俺は驚く事になる。

「んじゃあ俺とダチになるか」

「はぇ?」

 何だって?

「んだその気のねぇ返事は。嫌なのかよ」

「いや、そんなことっ……でもあの、先輩の迷惑になる……」

「はっ、今更不良の俺が周りの視線なんか気にするかよ」

「ぅわわっ!」

 力任せに頭をグチャグチャと混ぜられてちょっと痛い。
 けれど、顔を上げてみた先輩の顔は楽しそうに笑ってて、悲しかった気持ちはいつの間にか吹き飛んでいた。

「おら返事」

「ぁ……あっ、はい!」

 よし、と笑う先輩の顔がとても頼もしく見えた。
 友達……と思わず確認するように呟いた。
 え、今友達が出来たのか? あんなに熱望して、でも諦めていた友人が出来た?
 なぜ先輩がこんな事を言い出したのか分からない。
 哀れみなのか気まぐれなのか、もしくはパシリが欲しかったのか。
 しかしどれであっても構わない。
 猫野からも友達だと言われたけれど、結局ほとんど話せていない。
 今度はもう少し友人らしい事が出来るだろうか。
 パシリでも何でも構わないから側に居させてもらえるだろうか。

「ありがとうございます……」

 嬉しくて、胸が温かくて、緩んだ顔のまま礼を言った。

「っ!!」

 そしたら首の骨が折れるんじゃないかってぐらいの勢いで顔をそらされた。
 優しくした後のそれは無いでしょ。
 俺はなんだか早くもまた距離を置かれる予感がした。
 あまり期待はしないほうが良いのかな。
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