この世界で姫と呼ばれている事を俺はまだ知らない

キトー

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6.兎月ヘイヤ

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 同じような日が数日続いた。
 一日に何回かは夢野や猫野と会話するが、それ以外で誰かと言葉を交わす時間は無い。
 ボッチの俺に気を使ってなのか、話しかけようとしてくれる二人には本当に感謝している。
 その時間だけが俺の救いだったから。

 ただ、人気者の二人はすぐに周りに囲まれてしまうから、俺なんかの入る隙間はないのだ。
 二人の優しさに甘えすぎるのもよくないしね。
 と言うわけで、今日も階段の踊り場での昼食後、図書室で読書をしている。
 最近図書室の利用者が増えてきて、席が所々埋まっている。
 それでもいつも座っている端っこの場所は空いてるから変わらず利用しているのだ。

 ただ、俺の周りは不自然に誰も座らない。
 やはり迷惑だろうか。利用者も増えてきたし、ここは俺は出て行って、他の時間潰しを考えた方がいいのかもしれない。
 そう考えている最中に、いつの間にか隣に人が立っていて声をかけられた。

「木戸ルイ」

「……え? あ、はい」

 声をかけてきた人を仰ぎ見て、驚いた。
 声をかけられた事だけで驚くのに、またもやゲームの主要キャラじゃないか。

「来なさい」

「……はい」

 凛とした声は、有無を言わさず従わせる強さがあった。
 来なさいと言われて歩きだした彼の後を黙って付いていく。
 辿り着いた場所は図書室から繋がった隣の部屋だった。狭いが整理整頓された部屋は何かの準備室のようで、応接室で使われるようなソファーとテーブルが置いてある。

「ここは……?」

「生徒会のみ利用を許可されている準備室です」

 そう言う彼は、確か生徒会長だ。
 金髪の髪はサラサラのストレートで、肩まである髪をひとまとめに結び肩に流している。
 少し緑がかった青い瞳は鋭く、いつも背筋をピンと伸ばした佇まい。
 兎月ヘイヤ、三年の先輩で、めったに笑わない堅物のクールキャラ、だったと思う。

「今日からあなたはここを使いなさい」

「良いんですか?」

 願ってもない申し出だったが、一般生徒の俺なんかが使っても良いのだろうか。
 しかし俺の疑問はすぐに兎月生徒会長が答えてくれた。

「ここなら迷惑になりませんので」

「……あぁ、なるほど………」

 答えは解ったが、ヘコむ。
 いや分かってはいたが、人に言われるとヘコむ。
 やはり迷惑だったのだ。
 かと言って他に行き場も思いつかないので、とりあえずお言葉に甘える事とした。

「ありがとうございます兎月先輩……」

 はいはい存在自体が迷惑な俺が座りますよっと。
 ちょっと不貞腐れながらも礼をしてソファーに腰掛けたら、思った以上にフカフカで座り心地は抜群だ。
 さっそく読みかけの本を開いて、俺は現実逃避を図る。本は誰も拒まない。なんて素晴らしいんだろう。
 ちょっと泣きそうになりながら強がっていたら、目の前に温かなお茶が出てきた。

「………」

「………」

「………あ、ありがとうございます?」

「どういたしまして」

 無表情の優しさが怖……いやいや嬉しい。
 驚いているうちに隣に座られた。
 あ、隣座るんだ。
 何となくデジャブを感じたが本来彼の使うべき部屋なのだ。何も文句はない。
 むしろ隣に座ってくれると嬉しく思ってしまう。緊張はするが、人が側にいてくれるとホッとした。
 兎月生徒会長は何か難しげな資料に難しげな顔をして目を通していた。
 俺は邪魔にならないよう本に視線を戻す。
 用意してくれたお茶は、香り高くて心が落ち着く。
 俺をここに連れてきたのは優しさか哀れみか、はたまた生徒からの苦情への対応なのかは分からないが、たぶんこの人は優しい人だ。

 お茶を出されたぐらいで我ながらチョロいなって思うけど、お茶どころか周りに誰も近づいてくれない俺にとっては眩しいくらいの優しさなのだ。
 ちらりと横目で覗き見たその姿は、スッと伸びた背筋に組まずに揃えられた長い足、洗練された所作は美しかった。
 こっそり見ていたつもりが、いつの間にかしっかり見入ってしまってて、ここまであからさまに見ていたら相手だって当然気づく。

「あ……」

 不意にこちらを向かれて慌てたが、咄嗟の言い訳が思いつかなくて挙動不審になってしまう。
 するとそんな俺の頭を優しく、本当に触れるか触れないかの優しい力で頭を撫でられて、すぐに離れていった。
「名前……」

「え?」

「私の名前……知っていたのですね」

 言われて、そう言えば名前呼んだなと思い当たった。
 しかし彼は生徒会長、つまり全生徒の代表なのだ。

「生徒会長をされてますので名前ぐらいは……」

 だからこの言い訳で通用するはず。

「そうですか」

 そう一言残し、俺を捉えていた鋭い視線は資料に戻って何事も無いように険しい表情へと戻った。
 視線が外れた事で知らぬ間に緊張していた糸が切れる。自分の心臓の音がうるさい。
 だってこんなの……反則だ。
 こんな怖い顔してるくせに、優しく、そしてさり気なく頭を撫でるなんて。
 不覚にも胸が高鳴ってしまったじゃないか。
 さすが主要キャラ、これがギャップ萌ってやつか。きっとさぞかし女の子に……いやBLゲームの世界だから同性からもモテるだろう。
 そんな技を俺なんかに使わなくて良いのに。まぁ無意識にやってるのだろうけれど。
 胸がポカポカしてきた俺は集中できないままに本に向き合った。
 生徒会長の隣はあまり読書に向いていない気もするが、これからも許される限り来たい。
 甘えすぎるのも良くないと思いながらもここの居心地が良すぎるのがいけないと言い訳して。
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