この世界で姫と呼ばれている事を俺はまだ知らない

キトー

文字の大きさ
上 下
5 / 119

5.猫野チェシー

しおりを挟む
 
「おーい木戸くーん!」

 次の日、さっそくボッチで登校していた俺の名を呼ぶ明るい声。

「おっはよーさん!」

 振り返るより早く背後から肩を組まれ、底抜けに明るい笑顔を向けられた。

「お、おはよう……」

 声をかけてもらえて嬉しいはずなのに、驚いて戸惑いを隠せないような声しか出ない。それでも彼は気にする様子も無く俺の肩を組んだまま教室へと向かった。
 大きな体に赤茶の短い髪、瞳は濃い茶色で人懐っこい笑顔が似合う。

「俺同じクラスなんだけど覚えてる?」

「うん……猫野君、だよね?」

 ゲームの主要メンバーなので当然覚えてる。フルネームで言える。ただそこまで答えたら気持ち悪がられそうなので言わなかった。
 そんな俺の答えを聞いて猫野は目を丸くした。
 あれ、名前だけでも覚えてるの気持ち悪かったかな?

「えっ、マジで覚えててくれたんだ!? うわっ、めっちゃ嬉しいんだけどっ!」

「わゎっ」

 思いっきり抱きつかれて、大きな体に俺の体はすっぽり包まれてしまった。
 周りの視線が痛い。いつも以上に睨まれている気がする。
 猫野チェシー、テニス部のエース。
 高身長のスポーツマンらしい爽やかな青年だが、ちょっとチャラい。
 主人公や俺とも同じクラスで、さっそく主人公を口説いた容疑がかけられている。主に俺から。
 誰にでも人懐っこくて俺なんかにもこんなにフレンドリーに接してくれる。
 だけど周りの視線が痛い。猫野は自分が人気者なのを自覚して欲しい。こんな嫌われ者に抱きついちゃいけません。

「俺さ、下の名前チェシーってんだけど、呼びにくいからチエでいいぜ。俺も木戸の事ルイって呼ぶからさ」

「え、うん……チエ、くん」

「チエで良いっての! ほらもう一回! リピートアフターミー! チ・エ!」

「ち、チエ……」

「ん~良い子だルイ! もう俺ら友達な! まずは友達から……」

 すごい、グイグイ来る。食い気味に来る。友達百人目指してる? こりゃ主人公さっそく口説くわ。
 そんなテンションのまま教室まで着いた。
 猫野と友達になれたのはちょっと、いやだいぶ嬉しいのだけど、周りの視線が痛いままだ。
 しかしここで猫野を振り切ろうものなら、さらに視線は怖い物になるだろう。
 せっかく人気者が声をかけてくれてるのに何様だって視線になるのは分かりきってる。

「おっはよーアリスちゃん!」

「おはよう猫野、下の名前で呼ばないでくれる?」

「おはよう夢野くん……」

「おはようルイ! 僕の事はアリスって呼んでよ!」

「すっげぇ変り身だな!」

 今日はさっそく夢野に挨拶出来たが、彼はすぐに猫野と共に他のクラスメート達に捕まってしまう。流石は人気者。
 俺は邪魔にならないよう昨日と同じ端の席に腰掛けた。
 猫野ともちょっと仲良くなれた気がしたが、やはりその後は話しかけられる事は無かった。しょせん俺はモブだから仕方ないだろう。
 隣に夢野が座ってくれる事もなく、端っこで静かに授業を受けては気まぐれに窓の外を眺める時間が過ぎた。

 そしてついに来てしまった。
 ボッチには恐怖の時間。休み時間だ。
 そのままひっそり買ってきたパンを食べようかと思ったが、ここに居るだけで周りに迷惑な気もする。
 なのでパンとお茶を持って人目のない場所を探した。
 食堂なんて行けるはずもなく、屋上とか空いてないかなと思い階段を昇ったが、残念ながら『関係者以外立入禁止』の札と共に施錠されていて出られない。

 その代わり、階段の途中の踊り場は誰も来る気配が無かったので、これは穴場とばかりに腰掛けて昼食を摂ることにした。
 ちょっと埃っぽいけれど人目が無いって素晴らしい。
 ただ食べ終わると暇になる。何で昼休みは45分もあるんだ。
 ずっとここに居るのも時間の無駄なので図書室を探し、出来るだけ隅の席で読書をすることにした。
 おそらくこれからも同じように時間を潰す事となるのだろう。
 寂しいけれど、せっかく学生時代を満喫している人達の迷惑になる訳にはいかない。
 こっそりひっそり過ごして、たまに主人公達の進展を覗き見るぐらいは良いだろうか。
 午後も誰からも話しかけられず、かろうじて夢野と猫野にさようならの挨拶だけを交わしてその日は終わったのだった。
しおりを挟む
感想 137

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

王道学園なのに、王道じゃない!!

主食は、blです。
BL
今作品の主人公、レイは6歳の時に自身の前世が、陰キャの腐男子だったことを思い出す。 レイは、自身のいる世界が前世、ハマりにハマっていた『転校生は愛され優等生.ᐟ‪‪.ᐟ』の世界だと気付き、腐男子として、美形×転校生のBのLを見て楽しもうと思っていたが…

冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました

taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件 『穢らわしい娼婦の子供』 『ロクに魔法も使えない出来損ない』 『皇帝になれない無能皇子』 皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。 だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。 毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき…… 『なんだあの威力の魔法は…?』 『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』 『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』 そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。

かーにゅ
BL
「君は死にました」 「…はい?」 「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」 「…てんぷれ」 「てことで転生させます」 「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」 BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。

処理中です...