この世界で姫と呼ばれている事を俺はまだ知らない

キトー

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2.不思議の国の○○○

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 主人公をいつまでも見つめているわけにもいかず、視線をそらして教室を見渡す。
 数人からぱっと目をそらされたのは気にせずどこに座るかを考えて、自由席なのを良いことに一番後ろの窓際に腰掛けた。
 さぁ今日から人目を気にしてなるべく目立たないように、まるで空気のごとく存在感を消し、息を潜めた新生活がはじまるのだ。そんな全くワクワクしない気分のまま窓の外を眺めていたら

「あの……」

 と隣から声が聞こえて、まさか自分に話しかけているはずがないと思いつつもそろりと顔を向ければ、ばっちりと声の主と目が合った。

「えっと……僕は夢野アリス。よろしく」

「……」

 言葉が出ない。
 だってまさか自分が話しかけられるなんて思わないだろう。
 しかも、しかもだ。
 主人公に話しかけられるなんて──

「──……あっ、ごめん。よろしく」

 俺が驚きで固まっていたら、主人公もとい夢野アリスが不安そうな表情になり、慌てて返事をする。
 すると大輪の花が咲くように笑顔を綻ばせて、嬉しそうに隣に座ったもんだからギョッとした。

 えっ、そこに座るの? 何で?

 とクエスチョンマークが頭を占める。
 だって先程まで中央あたりの席に座っていたじゃないか。
 わざわざ席を移した理由も分からないし、何より俺の隣に来るのも不可解だ。
 でも、ホッとしている自分もいた。
 誰も俺の隣には座ってくれないだろうと思っていたから。
 夢野は隣に座ってからも、ぎこちなくもポツリポツリと俺に話しかける。
 人との会話にすっかり不慣れになってしまっていた俺は咄嗟に言葉が出なくて、うなずいたり首を振る反応しか返せない。
 それでも、怒るでもなく笑ってくれている夢野はとても優しいのだろう。
 襟足まである柔らかな色合いのサラサラの茶髪と、色素の薄い瞳。
 身長は俺よりはちょっとだけ高いのかもしれないが、平均よりやや低め。
 BLゲームの主人公なだけあって、可愛らしくも整った顔立ちをしている。
 基本的に受けサイドだったようだが、攻略ルートによっては攻めになる事もあった。
 しかしそのルートはマイナーで不人気だったと姉が言っていた気がする。

 受けだとか攻めだとかそんな言葉を知っている自分がなんだかおかしかった。
 今更だが俺はだいぶ姉に毒されているようだ。

 夢野アリス、この世界の主人公。
 女の子のような名前だが、男である。と言うか男子高なので男しかいない。
 他には猫野チェシーとか帽子野マットとか変わった名前のキャラクターが居た。
 何となく察しはつくと思うが、主要人物はみな超有名童話から捩られている。
 ちなみに俺の名前は木戸ルイ。
 その有名童話にはかすりもしない名前である。
 黒髪黒目のどこにでもいる平凡な見た目で脇役にも出てこないモブ。おまけに嫌われ者。

 そんな俺に話しかけてくれる夢野の優しさについ顔が緩む。
 すると、夢野から顔をそらされた。そんなに変な顔になっていただろうか。
 ちょっと傷ついていたら、夢野の呟きが耳に入る。

「……違う……僕はゲイじゃない……」

 何を言っているんだろうと首をかしげて、ハッとする。
 このセリフは知っている。
 基本のんけの主人公が攻略キャラクターから迫られたり口説かれたり、または自分がそんなキャラクター達に胸が高まったりして戸惑う時に言うセリフだ。

 と言うことは、もう口説かれている? え、早くない?
 見ていたゲームの展開を思い出すが、一番早くから接触のある同級生のキャラクターでさえそんなに早くから主人公に手を出さないはずだ。
 しかし、考えてみればここはもうゲームの世界ではなく現実なのだ。
 周りの人物達はキャラクターではなく心を持った一人の人間。
 あくまでゲームの世界観が土台になっているだけで、全てゲーム通りに進むはずがない。
 夢野はこれだけ可愛くて優しい人物なのだ。
 主要人物だけでなく他の人達も放っておかないだろう。
 彼にも色々と苦悩はあると思うが幸せになってもらいたいものだ。
 未だ顔を赤らめて悩む夢野の隣で夢野の幸福を願い、想像もしていなかった出会いであったがこれからの学生生活にほんの少しだけワクワクした。
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