記憶喪失のふりをしたら後輩が恋人を名乗り出た

キトー

文字の大きさ
上 下
14 / 22

14.どさくさに紛れて

しおりを挟む
 
「そろそろ行くか」

 珈琲も飲み終え秋達は家を出る支度をする。
 バッグを持つと目の前に上着を構えた夏が居たのでそのまま着せてもらう。そして秋も夏に上着を手渡した。

「今日バイトで遅くなるから」

 本日の予定を伝えると、夏は冷蔵庫内のチェックをしながら返事をした。

「分かりました。夕食を作ったら店の裏口でお待ちしてます」

「だから迎えはいらねえって!」

「いいえ! コレは彼氏としての義務であり特権でもあるんです!」

 冷蔵庫を閉めて勢いよく振り向いた夏が、真剣な顔で秋に詰め寄る。

「特権って何だよ……」

 そんな夏を呆れ顔で見上げるが、これ以上言ったところで意見は変えないだろうと考えて秋が折れた。

「まぁいいか……」

 お前の好きにしたら良いよと思いを込めて夏の肩を叩き、玄関に向かった。

「秋さん……」

「ん?」

 靴を履こうとした時にまた名を呼ばれたので振り返れば、またもや真剣な顔をした夏と目が合った。
 しかし、先程とは違いどこか迷いがあるような、そんな印象を受けて思わず体ごと夏と向き合う。

「俺の事好きですか?」

「は?」

 呼ばれて向き合って、夏の言葉を待って、夏の口から出てきた言葉が唐突すぎて秋は目を見開いた。

「……どうしたんだよ急に」

「いえ……」

 ゆっくり、夏が体を寄せた。
 抱きしめるでもなく秋の肩に顔を埋めるだけの夏は、やはりどこか弱々しい。

「ただ、秋さんの言葉が欲しいだけです」

「……夏」

「はい」

 秋は、そんな夏の手をそっと握った。

「どさくさに紛れて腕にナイフ忍ばせようとすんな」

「……しかし」

「あとお前の腕からも取っとけよそんな物騒なもん。ほら、アホな事してないで行くぞ」

 軽く夏の頭をはたいて今度こそ靴を履く。
 後ろから落ち込む夏の気配を感じて、秋は迷いながらもボソリと呟いた。

「……迎えはともかく、飯はいつもありがとな……」

「そう言う所も好きです秋さん!!」

「だから言わんで良いっての! あといきなり抱きつくな!」

 背後から大型犬彼氏に抱きつかれ倒れないように踏ん張り、秋ははにかむ男の髪をワシワシと乱した。
 自分の恋人だと言い張る男が何を悩んでいるのかは知らないが、少々面倒くさいこの男を可愛いと思うほどには自分は絆されているようだ。
 そして、そんな状況もまあ悪くないなと秋は思うのだった。
 
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

いつも優しい幼馴染との距離が最近ちょっとだけ遠い

たけむら
BL
「いつも優しい幼馴染との距離が最近ちょっとだけ遠い」 真面目な幼馴染・三輪 遥と『そそっかしすぎる鉄砲玉』という何とも不名誉な称号を持つ倉田 湊は、保育園の頃からの友達だった。高校生になっても変わらず、ずっと友達として付き合い続けていたが、最近遥が『友達』と言い聞かせるように呟くことがなぜか心に引っ掛かる。そんなときに、高校でできたふたりの悪友・戸田と新見がとんでもないことを言い始めて…? *本編:7話、番外編:4話でお届けします。 *別タイトルでpixivにも掲載しております。

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった

たけむら
BL
「思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった」 大学の同期・仁島くんのことが好きになってしまった、と友人・佐倉から世紀の大暴露を押し付けられた名和 正人(なわ まさと)は、その後も幾度となく呼び出されては、恋愛相談をされている。あまりのしつこさに、八つ当たりだと分かっていながらも、友人が好きになってしまったというお相手への怒りが次第に募っていく正人だったが…?

何でもできる幼馴染への告白を邪魔してみたら

たけむら
BL
何でもできる幼馴染への告白を邪魔してみたら 何でも出来る美形男子高校生(17)×ちょっと詰めが甘い平凡な男子高校生(17)が、とある生徒からの告白をきっかけに大きく関係が変わる話。 特に秀でたところがない花岡李久は、何でもできる幼馴染、月野秋斗に嫉妬して、日々何とか距離を取ろうと奮闘していた。それにも関わらず、その幼馴染に恋人はいるのか、と李久に聞いてくる人が後を絶たない。魔が差した李久は、ある日嘘をついてしまう。それがどんな結果になるのか、あまり考えもしないで… *別タイトルでpixivに掲載していた作品をこちらでも公開いたしました。

楽な片恋

藍川 東
BL
 蓮見早良(はすみ さわら)は恋をしていた。  ひとつ下の幼馴染、片桐優一朗(かたぎり ゆういちろう)に。  それは一方的で、実ることを望んでいないがゆえに、『楽な片恋』のはずだった……  早良と優一朗は、母親同士が親友ということもあり、幼馴染として育った。  ひとつ年上ということは、高校生までならばアドバンテージになる。  平々凡々な自分でも、年上の幼馴染、ということですべてに優秀な優一朗に対して兄貴ぶった優しさで接することができる。  高校三年生になった早良は、今年が最後になる『年上の幼馴染』としての立ち位置をかみしめて、その後は手の届かない存在になるであろう優一朗を、遠くから片恋していくつもりだった。  優一朗のひとことさえなければ…………

まさか「好き」とは思うまい

和泉臨音
BL
仕事に忙殺され思考を停止した俺の心は何故かコンビニ店員の悪態に癒やされてしまった。彼が接客してくれる一時のおかげで激務を乗り切ることもできて、なんだかんだと気づけばお付き合いすることになり…… 態度の悪いコンビニ店員大学生(ツンギレ)×お人好しのリーマン(マイペース)の牛歩な恋の物語 *2023/11/01 本編(全44話)完結しました。以降は番外編を投稿予定です。

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

処理中です...