9 / 22
9.世界最強の生き物
しおりを挟む講義が終わって秋は伸びをする。
腕を上に伸ばしながらあくびも終えたら、スマホを取り出し夏へトークアプリで『先に食堂行ってる』と短めのにメッセージを送った。
「露田くんは今から食堂?」
「あぁ、田富さんも来る?」
そこそこ仲の良い同級生が親しげに秋に話しかけてきたが、秋の提案には乗ってこなかった。
彼女は少し顔を引きつらせながら「天杉くんも来るんでしょ?」と言って手をぶんぶん振りながら拒否したのだ。
夏は確かに口は悪いが悪いやつではないんだけどな、と思うが相性が悪いのなら仕方が無い。
教室を出て同級生と他愛ない話をしながら共に歩き、「じゃあ私はカフェに行くから」と途中で別れた。
「秋さーん!」
食堂に着くとすでに夏が待ち構えており、秋の姿をとらえると嬉しそうに寄ってきた。
「教室で待っていただければ俺が迎えに行きますよ」
「毎回言うけど必要ねぇって。幼児じゃないんだからさ」
毎回のお決まりの会話をしながら二人で食堂に入る。
そして、今日も日替わりランチで良いかなー、と思っている秋に不愉快な声が届く。
「やっほー夏ちゃん。相変わらずご主人様に尻尾振ってんのー?」
人を小馬鹿にしたような声に視線を向けると、ニヤニヤせせら笑いを浮かべる男達が夏と対面していた。
どいつもこいつも赤や青やらの派手な色のメッシュを入れていて、どいつもこいつも似合わない。
その中でもひときわ派手な髪をした男が夏に話しかけていた。
面倒くさいのが来たな、と秋はこっそりため息を吐く。
夏を目の敵にしている未だに高校生の感覚が抜けない、悪い俺かっこいいと思っている痛い奴らだ。もう流行らないだろうに。
「夏ちゃんご主人様には奢るんだろー? 俺らにも恵んでよ。俺らビンボーで困ってんだよねー」
ご主人様とは秋の事で、秋の前だけでは大人しくなる夏を蔑んで言っているのだろう。
そんな彼らを見ておいおい大学で面倒事起こすなよと思いながら、秋はさり気なく夏の影に隠れ俺は関係ありませんと言う体を保つ。
面倒事に巻き込まれるのはごめんなのである。
しかし問題は夏だ。
喧嘩っ早い夏が煽りにどこまで堪えられるだろうか。
そう思いながら秋は夏の言動を冷や冷やしながら見ていたら、夏は財布を取り出した。まさかホントに奢るのか? と秋は驚いたが、その驚きと期待はすぐに打ち砕かれる。
チャリンチャリンッ……と夏の財布に入っていた小銭が床にばら撒かれたのだ。
それをしたのは、当の本人だった。
「恵んでやるからさっさと拾えよ貧乏人」
「なっ……」
「……っ! テッメェ……っ」
秋以外の前では滅多に笑わない夏が、珍しく笑顔を向けていた。
それはもう、分かりやすく見下した笑顔を……。
「お前ねぇ……」
煽りに煽りで返した夏を秋は呆れ顔で見るが、夏はこれで話は終ったとばかりに秋に向き合いまた腰に手を添える。
しかし当然これで話が終わるはずもなく、逆上した男はポケットに手を突っ込んだまま大きく足を振り回し夏へと蹴りを入れた。
その蹴りは夏の腰にまともに当たるが、夏はよろめく事もなく平然と立って秋に微笑みを向けたままだった。
「おいコラ無視してんじゃねぇっ!! それとも怖くて手も足も出ねぇかあ!?」
まるで居ないものとして扱われる事に更に逆上させた男が喚き、取り巻きの男達も「そーだそーだ」と騒ぎ立てる。そんな彼を夏はしつこい小バエでも見るような目で見て分かりやすくため息を吐いた。
「校内で問題を起こすなと言われている。お望み通り恵んでやっただろ。よそに行け迷惑だ」
「はっ! 狂犬と呼ばれてたお前が聞いて呆れるよな! すっかり牙を抜かれちまって情けねえっ」
まだまだ終わりそうに無い口論に、秋はどうしたものかと悩む。
そうこうしている間に最前列に来てしまったのだ。
とりあえず夏の分と一緒に料理を注文して、出来上がる間にくだらない口論も終わらないだろうかと期待するが、流石は流れ作業の食堂。一分も経たずに出来上がってしまった。
秋は仕方が無いので二人分のトレーを受け取り、肘で夏を突いた。
「なぁ夏。俺先に食ってて良いか?」
そんな秋に夏はハッと気づき、慌てて二人分のトレーを受け取る。
「すみません秋さん! 秋さんを放ってくだらない奴らに構うなんて俺の失態です! すぐに食事にしましょう」
秋の手を煩わせてしまってとんだ失態だと言わんばかりに謝りながら夏は席に向かおうとする。しかし、当然ながら男達は黙っていなかった。
「おい夏! てめぇ逃げてんじゃねぇよ!」
夏の腕を乱暴に掴む男を見て秋は何度目かのため息を吐く。まだ話は長くなりそうだなぁとげんなりしたが、ここで彼らを止める最強と名高い救世主があらわれた。
「あんた達もーそんなに騒いでからに! ご飯ぐらい静かに食べんね!」
売店のおばちゃんである。
「うっせぇババア! 俺を誰だと思ってんだ」
「誰ってあんた佐々木さんとこの息子のたっくんでしょうが。まぁあんたこんなに大きくなってもヤンチャばっかりしてー。あんたのお母ちゃんたまにスーパーで会うよ。相変わらずピーマン食べないってお母ちゃん怒っとったわ。好き嫌いしたらダメでしょうが。ほらこの惣菜パンはピーマン入ってないから食べんしゃい。あんまりお母ちゃんに心配かけたらいけんよ。あとお父ちゃん元気ね? あの青いネクタイ昔あんたがプレゼントしたんってね! んまぁヤンチャしてても優しいところもあ──」
「──うるえぇえっ!! お、俺は忙しいんだ! おいお前ら行くぞ!」
「え? あ、待ってくださいよ!」
そそくさと逃げていくたっくん率いる男達を同情を込めた目で見送る。
世界共通でおばちゃん達ほど恐ろしい生き物は他に居ないのではないだろうか。
このおばちゃん達のバイタリティとネットワークを上手く活用出来れば日本の経済はもっと潤滑に回るかもしれない。
「あらあんた露田さんとことあっくんじゃないのー! 入院してたんだって? 大変だったわねぇあんたも」
「あー、うん。わりぃおばちゃん。俺らあんま時間ないからまた今度な」
この世界で最も恐ろしくて強い生き物はおばちゃんである。
ちなみに小銭は秋がこっそり拾いポケットに入れた。
31
お気に入りに追加
811
あなたにおすすめの小説
素直じゃない人
うりぼう
BL
平社員×会長の孫
社会人同士
年下攻め
ある日突然異動を命じられた昭仁。
異動先は社内でも特に厳しいと言われている会長の孫である千草の補佐。
厳しいだけならまだしも、千草には『男が好き』という噂があり、次の犠牲者の昭仁も好奇の目で見られるようになる。
しかし一緒に働いてみると噂とは違う千草に昭仁は戸惑うばかり。
そんなある日、うっかりあられもない姿を千草に見られてしまった事から二人の関係が始まり……
というMLものです。
えろは少なめ。
始まりの、バレンタイン
茉莉花 香乃
BL
幼馴染の智子に、バレンタインのチョコを渡す時一緒に来てと頼まれた。その相手は俺の好きな人だった。目の前で自分の好きな相手に告白するなんて……
他サイトにも公開しています
林檎を並べても、
ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。
二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。
ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。
彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────
俺の親友のことが好きだったんじゃなかったのかよ
雨宮里玖
BL
《あらすじ》放課後、三倉は浅宮に呼び出された。浅宮は三倉の親友・有栖のことを訊ねてくる。三倉はまたこのパターンかとすぐに合点がいく。きっと浅宮も有栖のことが好きで、三倉から有栖の情報を聞き出そうとしているんだなと思い、浅宮の恋を応援すべく協力を申し出る。
浅宮は三倉に「協力して欲しい。だからデートの練習に付き合ってくれ」と言い——。
攻め:浅宮(16)
高校二年生。ビジュアル最強男。
どんな口実でもいいから三倉と一緒にいたいと思っている。
受け:三倉(16)
高校二年生。平凡。
自分じゃなくて俺の親友のことが好きなんだと勘違いしている。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる