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9.世界最強の生き物

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 講義が終わって秋は伸びをする。
 腕を上に伸ばしながらあくびも終えたら、スマホを取り出し夏へトークアプリで『先に食堂行ってる』と短めのにメッセージを送った。

「露田くんは今から食堂?」

「あぁ、田富さんも来る?」

 そこそこ仲の良い同級生が親しげに秋に話しかけてきたが、秋の提案には乗ってこなかった。
 彼女は少し顔を引きつらせながら「天杉くんも来るんでしょ?」と言って手をぶんぶん振りながら拒否したのだ。
 夏は確かに口は悪いが悪いやつではないんだけどな、と思うが相性が悪いのなら仕方が無い。
 教室を出て同級生と他愛ない話をしながら共に歩き、「じゃあ私はカフェに行くから」と途中で別れた。

「秋さーん!」

 食堂に着くとすでに夏が待ち構えており、秋の姿をとらえると嬉しそうに寄ってきた。

「教室で待っていただければ俺が迎えに行きますよ」

「毎回言うけど必要ねぇって。幼児じゃないんだからさ」

 毎回のお決まりの会話をしながら二人で食堂に入る。
 そして、今日も日替わりランチで良いかなー、と思っている秋に不愉快な声が届く。

「やっほー夏ちゃん。相変わらずご主人様に尻尾振ってんのー?」

 人を小馬鹿にしたような声に視線を向けると、ニヤニヤせせら笑いを浮かべる男達が夏と対面していた。
 どいつもこいつも赤や青やらの派手な色のメッシュを入れていて、どいつもこいつも似合わない。
 その中でもひときわ派手な髪をした男が夏に話しかけていた。
 面倒くさいのが来たな、と秋はこっそりため息を吐く。
 夏を目の敵にしている未だに高校生の感覚が抜けない、悪い俺かっこいいと思っている痛い奴らだ。もう流行らないだろうに。

「夏ちゃんご主人様には奢るんだろー? 俺らにも恵んでよ。俺らビンボーで困ってんだよねー」

 ご主人様とは秋の事で、秋の前だけでは大人しくなる夏を蔑んで言っているのだろう。
 そんな彼らを見ておいおい大学で面倒事起こすなよと思いながら、秋はさり気なく夏の影に隠れ俺は関係ありませんと言う体を保つ。
 面倒事に巻き込まれるのはごめんなのである。
 しかし問題は夏だ。
 喧嘩っ早い夏が煽りにどこまで堪えられるだろうか。
 そう思いながら秋は夏の言動を冷や冷やしながら見ていたら、夏は財布を取り出した。まさかホントに奢るのか? と秋は驚いたが、その驚きと期待はすぐに打ち砕かれる。
 チャリンチャリンッ……と夏の財布に入っていた小銭が床にばら撒かれたのだ。
 それをしたのは、当の本人だった。

「恵んでやるからさっさと拾えよ貧乏人」

「なっ……」

「……っ! テッメェ……っ」

 秋以外の前では滅多に笑わない夏が、珍しく笑顔を向けていた。
 それはもう、分かりやすく見下した笑顔を……。

「お前ねぇ……」

 煽りに煽りで返した夏を秋は呆れ顔で見るが、夏はこれで話は終ったとばかりに秋に向き合いまた腰に手を添える。
 しかし当然これで話が終わるはずもなく、逆上した男はポケットに手を突っ込んだまま大きく足を振り回し夏へと蹴りを入れた。
 その蹴りは夏の腰にまともに当たるが、夏はよろめく事もなく平然と立って秋に微笑みを向けたままだった。

「おいコラ無視してんじゃねぇっ!! それとも怖くて手も足も出ねぇかあ!?」

 まるで居ないものとして扱われる事に更に逆上させた男が喚き、取り巻きの男達も「そーだそーだ」と騒ぎ立てる。そんな彼を夏はしつこい小バエでも見るような目で見て分かりやすくため息を吐いた。

「校内で問題を起こすなと言われている。お望み通り恵んでやっただろ。よそに行け迷惑だ」

「はっ! 狂犬と呼ばれてたお前が聞いて呆れるよな! すっかり牙を抜かれちまって情けねえっ」

 まだまだ終わりそうに無い口論に、秋はどうしたものかと悩む。
 そうこうしている間に最前列に来てしまったのだ。
 とりあえず夏の分と一緒に料理を注文して、出来上がる間にくだらない口論も終わらないだろうかと期待するが、流石は流れ作業の食堂。一分も経たずに出来上がってしまった。
 秋は仕方が無いので二人分のトレーを受け取り、肘で夏を突いた。

「なぁ夏。俺先に食ってて良いか?」

 そんな秋に夏はハッと気づき、慌てて二人分のトレーを受け取る。

「すみません秋さん! 秋さんを放ってくだらない奴らに構うなんて俺の失態です! すぐに食事にしましょう」

 秋の手を煩わせてしまってとんだ失態だと言わんばかりに謝りながら夏は席に向かおうとする。しかし、当然ながら男達は黙っていなかった。

「おい夏! てめぇ逃げてんじゃねぇよ!」

 夏の腕を乱暴に掴む男を見て秋は何度目かのため息を吐く。まだ話は長くなりそうだなぁとげんなりしたが、ここで彼らを止める最強と名高い救世主があらわれた。

「あんた達もーそんなに騒いでからに! ご飯ぐらい静かに食べんね!」

 売店のおばちゃんである。

「うっせぇババア! 俺を誰だと思ってんだ」

「誰ってあんた佐々木さんとこの息子のたっくんでしょうが。まぁあんたこんなに大きくなってもヤンチャばっかりしてー。あんたのお母ちゃんたまにスーパーで会うよ。相変わらずピーマン食べないってお母ちゃん怒っとったわ。好き嫌いしたらダメでしょうが。ほらこの惣菜パンはピーマン入ってないから食べんしゃい。あんまりお母ちゃんに心配かけたらいけんよ。あとお父ちゃん元気ね? あの青いネクタイ昔あんたがプレゼントしたんってね! んまぁヤンチャしてても優しいところもあ──」

「──うるえぇえっ!! お、俺は忙しいんだ! おいお前ら行くぞ!」

「え? あ、待ってくださいよ!」

 そそくさと逃げていくたっくん率いる男達を同情を込めた目で見送る。
 世界共通でおばちゃん達ほど恐ろしい生き物は他に居ないのではないだろうか。
 このおばちゃん達のバイタリティとネットワークを上手く活用出来れば日本の経済はもっと潤滑に回るかもしれない。

「あらあんた露田さんとことあっくんじゃないのー! 入院してたんだって? 大変だったわねぇあんたも」

「あー、うん。わりぃおばちゃん。俺らあんま時間ないからまた今度な」

 この世界で最も恐ろしくて強い生き物はおばちゃんである。
 ちなみに小銭は秋がこっそり拾いポケットに入れた。
 
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