記憶喪失のふりをしたら後輩が恋人を名乗り出た

キトー

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6.諭す暇もなく

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「な、なんで急に?」

「急ではありません。俺はずっとしたいと思ってました」

 秋に膝枕されたままの夏は真剣な眼差しで秋に手を伸ばし、唇にそっと触れた。

「しかし秋さんは記憶喪失です。ですから戸惑わせるのではないかと思い今まで我慢していたのですが、俺もそろそろ我慢の限界です……秋さん、俺はあなたに触れたい」

 ごくりと、息を呑んだのは秋だった。
 しかし緊張しているのは夏の方で、呼吸を忘れて秋の返事を待つ。
 そんな夏の様子に秋はふと浮かんだ疑問をそのまま夏に問いかけた。

「ちなみにさ、夏はキスしたことあるのか?」

「……あります!」

「誰と?」

「それはもちろん……秋さんとです」

 嘘だな。
 自分とキスをした事実はもちろんないが、おそらく夏はキス自体した事がないだろう。
 そう確信づけた秋ではあったが、だからと言って期待するような視線から目をそらす事が出来ない。
 どうしたものかと考え込んでいると、夏は膝枕から起き上がり秋の両肩を掴んで向き合った。

「秋さん……どうしてもダメですか?」

 ダメに決まってるだろ、なんてこの瞳を見て誰が言えようか。
 キラキラも輝く意志の強そうな瞳はただただ自分の願いを聞き入れて貰える事を期待している。
 あまり物事を深く考えない秋であったが、この時ばかりは現状打破の為に珍しく頭を振り回転させた。しかしそこは秋である。早々に面倒くさくなった。

 もう、キスぐらいさせてやれば良いのではないか?

 そうだ、きっと事を進めてみれば自分が抱えている想いはただの憧れだったと気づくだろう。
 そうなればこんな擬似恋人同士の関係は終わり、以前のような友人同士に戻れるはずだ。
 まぁ、そもそもキスを出来ればの話である。
 いざ実行しようとすれば、男にキスをしようとしている事実に気づき戸惑うのではないだろうか。
 そうなればコチラからやんわり止めてやり、夏が抱えている気持ちは恋心ではなく敬愛の心だと人生の先輩として諭してやれば良いのだ。

「……よし、コレでいこう」

「秋さん?」

「いや何でもねぇよコッチの話だから。とりあえずしてみるか」

「え?」

「キスだよ。してみたいんだろ? 良いぞしても」

「……っ、秋さんっ!」

「……んっ!?」

 こうして秋は、戸惑い止まる様子なんて微塵も見せなかった夏にあっさり唇をうばわれたのだった。
 
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