記憶喪失のふりをしたら後輩が恋人を名乗り出た

キトー

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2.花束抱えてひざまづく

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「俺と秋さんは恋人同士なんです」

「いや何言ってんだお前?」

「夏と呼んでください」

「夏何言ってんの?」

「俺、天杉夏と露田秋さんは愛し合っている恋人同士なんです」

「……」

 何の冗談だと秋が視線を向けるも、秋の手を握った夏の瞳は真剣そのもので、こいつマジか……と心の奥底で呟いた。

「えー……えーっと、俺全然覚えが無いんだけど……」

「記憶喪失だから当然です」

 そんな事実は無いから当然、の間違いだろうと秋は思うが、何せ夏の瞳が真剣過ぎて強い否定が出来ない。

「……手、痛いんだけど……」

「っ!? すみませんつい……」

 本当はたいして痛いわけでは無かったが、とにかく何か言わなくてはと思い咄嗟に出た秋の言葉を、夏は真面目に受け止めて慌てて手を引っ込めた。
 少し距離が出来た事にほっとしてその後の夏を見ていると、夏は持ってきていた大きな袋に手を伸ばした。
 そして、出てきたのは大きな花束。

「秋さん!」

「今度はなんだよ……」

 疲れてきた秋は、パイプ椅子から下りてやたら大きな花束を手にひざまづく夏を少し投げやりに見ていた。

「秋さんが全て忘れてしまったのは今更仕方ないと思います」

「そうだな、今とても後悔してるよ……」

 自分は何故くだらない悪戯心を持ってしまったのだろう。
 あの時あんな事を考えなければ夏の知られざる野望を知らないままでいられただろうに。
 そう、いくら周りに興味を示さない何事にも無関心な秋でも気づいてしまったのだ。
 夏が本気で自分を己のものにしようとしている事に。
 それも、恋人としてである。

 だったら記憶喪失は嘘だと言ってしまえば良いのだが、こんな事があった後に以前と同じ関係に戻れるとは思えない。
 そう考えると、自分の嘘を明かす事を躊躇してしまう。
 秋が躊躇している間にも、夏は更に話を進めた。

「忘れてしまったのなら、今からでもかまいません。俺を恋人と認めてください。俺もまた全力で秋さんを愛してみせますから……」

「うぉっ」

 強い視線はそのままに、花束を強引に押し付けられ花の香に囲まれる。

「もう一度、一から愛を育てていきましょう!」

 もう一度も何もそんなものは初めから無かったはずたが、と秋は思うも、ベッドの横にひざまずき見舞いの花束を両手で差し出す夏は、さながらプロポーズをする男のようで、その真剣さに思わずのまれる。

「あ、あぁ……よろしく……?」

 秋が流されるまま受け取った豪華な花束は「生花は持ち込み禁止です!」と看護師から怒られて没収された。
 後に秋の家族が持って帰った。
 
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