上 下
2 / 22

2.花束抱えてひざまづく

しおりを挟む
 
「俺と秋さんは恋人同士なんです」

「いや何言ってんだお前?」

「夏と呼んでください」

「夏何言ってんの?」

「俺、天杉夏と露田秋さんは愛し合っている恋人同士なんです」

「……」

 何の冗談だと秋が視線を向けるも、秋の手を握った夏の瞳は真剣そのもので、こいつマジか……と心の奥底で呟いた。

「えー……えーっと、俺全然覚えが無いんだけど……」

「記憶喪失だから当然です」

 そんな事実は無いから当然、の間違いだろうと秋は思うが、何せ夏の瞳が真剣過ぎて強い否定が出来ない。

「……手、痛いんだけど……」

「っ!? すみませんつい……」

 本当はたいして痛いわけでは無かったが、とにかく何か言わなくてはと思い咄嗟に出た秋の言葉を、夏は真面目に受け止めて慌てて手を引っ込めた。
 少し距離が出来た事にほっとしてその後の夏を見ていると、夏は持ってきていた大きな袋に手を伸ばした。
 そして、出てきたのは大きな花束。

「秋さん!」

「今度はなんだよ……」

 疲れてきた秋は、パイプ椅子から下りてやたら大きな花束を手にひざまづく夏を少し投げやりに見ていた。

「秋さんが全て忘れてしまったのは今更仕方ないと思います」

「そうだな、今とても後悔してるよ……」

 自分は何故くだらない悪戯心を持ってしまったのだろう。
 あの時あんな事を考えなければ夏の知られざる野望を知らないままでいられただろうに。
 そう、いくら周りに興味を示さない何事にも無関心な秋でも気づいてしまったのだ。
 夏が本気で自分を己のものにしようとしている事に。
 それも、恋人としてである。

 だったら記憶喪失は嘘だと言ってしまえば良いのだが、こんな事があった後に以前と同じ関係に戻れるとは思えない。
 そう考えると、自分の嘘を明かす事を躊躇してしまう。
 秋が躊躇している間にも、夏は更に話を進めた。

「忘れてしまったのなら、今からでもかまいません。俺を恋人と認めてください。俺もまた全力で秋さんを愛してみせますから……」

「うぉっ」

 強い視線はそのままに、花束を強引に押し付けられ花の香に囲まれる。

「もう一度、一から愛を育てていきましょう!」

 もう一度も何もそんなものは初めから無かったはずたが、と秋は思うも、ベッドの横にひざまずき見舞いの花束を両手で差し出す夏は、さながらプロポーズをする男のようで、その真剣さに思わずのまれる。

「あ、あぁ……よろしく……?」

 秋が流されるまま受け取った豪華な花束は「生花は持ち込み禁止です!」と看護師から怒られて没収された。
 後に秋の家族が持って帰った。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

告白ゲーム

茉莉花 香乃
BL
自転車にまたがり校門を抜け帰路に着く。最初の交差点で止まった時、教室の自分の机にぶら下がる空の弁当箱のイメージが頭に浮かぶ。「やばい。明日、弁当作ってもらえない」自転車を反転して、もう一度教室をめざす。教室の中には五人の男子がいた。入り辛い。扉の前で中を窺っていると、何やら悪巧みをしているのを聞いてしまった 他サイトにも公開しています

好きな人が「ふつーに可愛い子がタイプ」と言っていたので、女装して迫ったら思いのほか愛されてしまった

碓氷唯
BL
白月陽葵(しろつきひなた)は、オタクとからかわれ中学高校といじめられていたが、高校の頃に具合が悪かった自分を介抱してくれた壱城悠星(いちしろゆうせい)に片想いしていた。 壱城は高校では一番の不良で白月にとっては一番近づきがたかったタイプだが、今まで関わってきた人間の中で一番優しく綺麗な心を持っていることがわかり、恋をしてからは壱城のことばかり考えてしまう。 白月はそんな壱城の好きなタイプを高校の卒業前に盗み聞きする。 壱城の好きなタイプは「ふつーに可愛い子」で、白月は「ふつーに可愛い子」になるために、自分の小柄で女顔な容姿を生かして、女装し壱城をナンパする。 男の白月には怒ってばかりだった壱城だが、女性としての白月には優しく対応してくれることに、喜びを感じ始める。 だが、女という『偽物』の自分を愛してくる壱城に、だんだん白月は辛くなっていき……。 ノンケ(?)攻め×女装健気受け。 三万文字程度で終わる短編です。

逃げるが勝ち

うりぼう
BL
美形強面×眼鏡地味 ひょんなことがきっかけで知り合った二人。 全力で追いかける強面春日と全力で逃げる地味眼鏡秋吉の攻防。

捕まえたつもりが逆に捕まっていたらしい

ひづき
BL
話題の伯爵令息ルーベンスがダンスを申し込んだ相手は給仕役の使用人(男)でした。

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

ある日、木から落ちたらしい。どういう状況だったのだろうか。

水鳴諒
BL
 目を覚ますとズキリと頭部が痛んだ俺は、自分が記憶喪失だと気づいた。そして風紀委員長に面倒を見てもらうことになった。(風紀委員長攻めです)

君は俺の光

もものみ
BL
【オメガバースの創作BL小説です】 ヤンデレです。 受けが不憫です。 虐待、いじめ等の描写を含むので苦手な方はお気をつけください。  もともと実家で虐待まがいの扱いを受けておりそれによって暗い性格になった優月(ゆづき)はさらに学校ではいじめにあっていた。  ある日、そんなΩの優月を優秀でお金もあってイケメンのαでモテていた陽仁(はると)が学生時代にいじめから救い出し、さらに告白をしてくる。そして陽仁と仲良くなってから優月はいじめられなくなり、最終的には付き合うことにまでなってしまう。  結局関係はずるずる続き二人は同棲まですることになるが、優月は陽仁が親切心から自分を助けてくれただけなので早く解放してあげなければならないと思い悩む。離れなければ、そう思いはするものの既に優月は陽仁のことを好きになっており、離れ難く思っている。離れなければ、だけれど離れたくない…そんな思いが続くある日、優月は美女と並んで歩く陽仁を見つけてしまう。さらにここで優月にとっては衝撃的なあることが発覚する。そして、ついに優月は決意する。陽仁のもとから、離れることを――――― 明るくて優しい光属性っぽいα×自分に自信のないいじめられっ子の闇属性っぽいΩの二人が、運命をかけて追いかけっこする、謎解き要素ありのお話です。

素直じゃない人

うりぼう
BL
平社員×会長の孫 社会人同士 年下攻め ある日突然異動を命じられた昭仁。 異動先は社内でも特に厳しいと言われている会長の孫である千草の補佐。 厳しいだけならまだしも、千草には『男が好き』という噂があり、次の犠牲者の昭仁も好奇の目で見られるようになる。 しかし一緒に働いてみると噂とは違う千草に昭仁は戸惑うばかり。 そんなある日、うっかりあられもない姿を千草に見られてしまった事から二人の関係が始まり…… というMLものです。 えろは少なめ。

処理中です...