最弱伝説俺

第二章 噂が広まるのは早いもので

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「“あれ”が偶然だと？　何度も言うんじゃねぇ、俺はそんなんでやれるようなタマじゃねぇぞ」
「ひいいいい！」

　すごんだだけで悲鳴を上げて倒れ込む葵に、西谷はいろいろ諦めた。葵に今どう言っても、ビビられて伝わるものも伝わらない。

「もういい」
「ひ……え、いい？」
「おう。もう何でもいいから、俺とちゃんと会話してくれ」

　ため息を吐いて四体を投げ出し荷物の上に寝転がると、恐る恐るベッドから体を覗かせて葵が西谷を見た。

「だ、大丈夫、ですか」
「おー。いろいろ驚いたけど」

　西谷が葵を見る。

　こうして間近で見るとやはり可愛らしい。可愛らしいと言っても女子的なものではないが、すらっと綺麗な筋肉が付いているところも顔の造作も妙に色気がある。さらに些か衝撃は受けたものの、西谷はたった今「ギャップ萌え」というものを初体験していた。

　明らかに男であるのに、おどおどした葵の頭にぴょこんと耳が生えているように見える。初対面ではぶっきらぼうな物言いと無表情な印象を受けたはずだが、今は真逆で。
　西谷はごつごつした両手で顔を覆って、その場をごろごろ左右に転がった。それを見て葵は盛大に恐怖した。

――なんか暴れてる……！　怖い！　どうしよう、もうお家帰れないかも……。

　誘拐犯に連れ去られた被害者の如くがたがた震えて、西谷の様子を窺うことしか出来ない。ゆっくり起き上がった西谷は、じりじりベッドへ近づいてきた。

「よし、結婚しよう」
「や、や、やだ！　です……」
「じゃあ、どうすりゃいいんだ？　ワガママだな」
「ワガママじゃねえし！　いきなり会った怖い人から結婚迫られて頷く人いないだろ！　しかも男！　俺も男！」
「俺だって男なんか嫌だ。お前だけ許す」
「許されたくない！」

　そういえばこの男は狂気的な発言をかましていたのだ。どうして忘れていた。これだけは譲れないとばかりに必死に首を横に振り続ける。
　振り過ぎて頭がおかしくなった頃、見かねた西谷に両手で頭を掴まれて止められた。

「止めろ。可愛い頭がさらに可愛くなっちまうだろ」
「よく分かんない……」

　西谷といると何が正しいのか分からなくなりそうだ。

「まあ、とにかくここなら葵の本性バレても問題無いんだから、ずっといりゃいい」
「いえ、即刻帰りたいです！　三年をまとめてる人と一緒なんて恐ろし……恐れ多くて！」

　普通に名前を知られていることも、“ずっと”とか軟禁発言に聞こえる科白も怖すぎる。葵が不自然な言い訳を述べると、西谷が首を傾げた。

「どこで俺がまとめてるなんて聞いたんだ？　別に俺はトップじゃねぇぞ」