最弱伝説俺

第一章 俺、最弱なんです

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「やだぁああああああぁああああ！」

「おい、諦めろ葵！」

「やだ！　絶対やだぁ！」

　朝っぱらから平和な小日向家に響き渡る悲鳴は、四人兄弟の末っ子である葵のものだ。

　珍しくない原因に家の者は「まただ」と理解するが、それ以上に首を突っ込もうとはしない。関係者でもない限り他人の振りをするのがここの基本だ。
　ちなみに唯一突っ込める者が一人存在するのだが、運の悪いことに今日はいないらしい。

　小日向家は道場を開いている。
　地元でもかなり有名な道場で住み込みで働いているスタッフもおり、現在他人の振りをしている者たちは本当に他人なのだ。
　よって、小日向家内の揉め事に口を挟むことが出来ず、黙々と朝からの仕事に励むのみだ。
　以前はこの家のことをよく分かっていない者が心配して葵に助け舟を出したものだったが、上の兄たちから「それでは葵のためにならん」とこっぴどく痛めつけられた（物理）ため、それ以来暗黙のルールが存在している。

「おいぃ、葵さん大丈夫か」
「大丈夫だろ、ああ見えて陣さんたち葵さんのこと猫可愛がりしてるから」
「あれがかぁ？　今でこそああだけど、数年前までは毎日殴られてどこかしら怪我してたぞ」
「愛のムチらしい。俺は絶対勘弁だけどな」
「あんなんムチじゃねぇよ！　くそでけぇ大砲が降ってきてるようなもんんだろ」
「確かにあの人たち半端ねぇもんなー」

　助けに行くことが出来ず噂話で盛り上がるスタッフたち。
　葵に同情してしまうのも仕方がない。

「それにしても、よく陣さん決断したよな」
「だな。何だかんだ言って葵さんのことずっと傍に置いてたし」
「高校生活だけでも自由にさせてやろうってことかな」

　二人は生温い瞳で、未だ繰り広げられている光景を傍観する。



　葵には三人の兄がいる、男ばかり四兄弟だ。
　上から、陣、昴、快、葵の四人で、父と母の六人家族である。
　元有名柔道家の父に元モデルの母。試合会場にリポーターとしてやってきた母に一目ぼれという、ベタな展開を経て大恋愛の末結ばれた二人だ。
　陣、昴、快の三人は完全に父親似、百八十を超える体躯にぎりりと音が聞こえそうな程鋭い瞳と凶悪な顔面を携えている。幼い頃から父の道場で手ほどきを受け、敵など存在しない最強兄弟。

　一方葵は母親似で、もうすぐ高校生の十五歳で身長が百七十オーバーであれば上出来と言えようが、小日向家では小柄になってしまう。
　顔も母にそっくりで綺麗な男前なのだが、兄たちから目線だけで威嚇できないから弱そうと言われ葵は自分に自信が持てなかった。
　そもそもここでは強い者が正義、いかつい者が囃し立てられるという非現実的な場所なので、本来であれば一歩外に出ればきゃーきゃー言われる見目の葵が虐げられている。

　いや、虐げられているというより「お前は最弱なんだから強くしてやる」と、毎日兄から愛のしごきを受けているというわけだ。おかげでそこいらの気合いの入った連中にも負けない強さとなった葵。

　だがそのことを彼は知らない。
　来る日も来る日も兄からの洗礼を受け「お前は弱い」と言われ続けられれば、「俺はこの世で最弱なんだ」と思い込んでしまうのも無理はないだろう。小学校も中学校も喧嘩の一つしたことがない。
　はっきり言って地元で有名な小日向家に喧嘩を売る者などいない。葵はそれを「弱いから喧嘩を売る価値も無いと思われている」と考えていたわけだが。


「というわけで、葵には外の世界を体験してもらうことになった」
「どういうわけだよぉぉ！」

　長兄の一言により葵の進学先が決定し、朝から葵の叫びが響き渡ることになったのだ。葵は少しだけつり上がった瞳から、ぼたぼた大粒の涙を流して懇願する。

「陣くぅん！　俺みんながいないとやってけないよ！」
「だめだ。そんなんじゃ弱いままだぞ」

　陣が強く言い放つが、それを聞くスタッフ全員がこう思う。

――それって”四兄弟の中で”だろ。