上 下
44 / 44

そして、結婚……

しおりを挟む
 全身に水を被せられ、全身に回っていた炎は鎮火してしまう。そして、二人は倒れるようにソファに座り込むことしかできなかった。ドスンと、背もたれに全体重を預け項垂れる。すると、忘れかけていた紙袋がガサッと主張していた。
 陽斗が紙袋の中から母達からの封筒を取り出して、中身を開き始めると、彩芽も身を寄せて覗き込んでいた。
 

『これを読む頃には、壮大な計画がすべてバレた時。それを前提にし、今回の一連の作戦について、すべてを明かすことにします。
 この計画が発足したのは、マンションで道端君を偶然発見した時のことでした。

 ――今から、約三ヶ月前。
 歩美と佐和がマンションのエントランスでエレベーターを待っていた時、帰って来た道端が後からやってきた。
「あら、道端君久しぶりね」
「どうもっす」
 マンションが一緒でも、バッタリ会うというのは、なかなかない。道端の噂は耳にしても、実物と再会したのは、実に数年ぶりのことだったが、雰囲気は全く昔と変わっていなかった。
「今役所勤めなんでしょ? 悪戯っ子だったのに、びっくりしたわよ」
 佐和がそういうと、道端は鳥の巣頭を横に振って、やる気のなさそうな返事が返ってきた。
「まぁ、そういういい面を見越して就職したけど、やっぱり仕事の刺激は少ないっすよね。毎日、つまらないっすよ」
「仕事はそうかもしれないけど、その分他のことを充実させればいいじゃない。彩芽は、仕事のやりがいはあるみたいだけど、仕事仕事って追われがち。他のことに全く気が回らなくなって、余裕がなくなる。あれを見てると、人生何を重点に置くのが正しいのか、悩ましくなるわよ」 
 歩美が嘆息すると、やる気のなさそうだった道端の口調が幾分しゃきっとさせて、尋ねてきた。
 
「そういえば、陽斗と彩芽の二人は、まだうだうだやってるんすか?」
 道端の問い返しに、佐和が大いに頷いていた。  
「そうなのよ。もう中学生じゃないんだから、どうにかしろってずっと思い続けてるんだけど、全然進展しないの」
 そこに、憂いを帯びた歩実の声が乗っていた。
「二十四歳までに結婚させる夢が、遠ざかっていく……」
 歩美の嘆きに道端は敏感に反応していた。
「二十四までにどうって、なんの話っすか?」
「私たちの中で決めてた約束があったのよ。二十四までに、二人を結婚させる計画」
 佐和が答えると、道端は半分くらいしか開いていなかった瞼を見開いた。
「……二十四って、そもそもあいつら、それ以前の問題なんでしょ?」
「そうなの! だから、こうなったら私たちが勝手に婚姻届け出しちゃおうかとか、色々考えたんだけど……さすがにまずいかって話してて」
「そりゃあ、そうっすよ。下手したら、大問題になって裁判になりますよ」
「やっぱり……そうなるわよねぇ。やっぱり、もう二十四までに結婚は絶望的だわ……」
 佐和が意気消沈するのに続いて、歩美も続いて沈んでいた。
「このままだと、結婚どころか……二人一生くっつかないってことにもなりかねない……」
 その嘆きを聞いた途端、道端の目は輝きを放ち始めていた。 
「それなら、俺にいい考えがあるんで、協力しますよ」
 水を得た魚とばかりに、道端の声量があがって、ハキハキした口調に変化していた。
「いやぁ、俺ずっと引け目感じてたんで」
「引け目? 西澤君がどうして?」
「ほら、昔俺が西澤に悪ふざけしたの知ってるでしょ? 女装してた時、ちょうど高島が目撃した」
「あぁ、あれね。たしかに彩芽は、衝撃は受けてたみたいね。……でも、あれは、彩芽の勝手な思い込みだし。罪悪感なんて、感じることないわよ?」
 歩美がそういうと、道端はもさもさの髪を振り乱し、拳を握り力説していた。
「いや、煮え切らない状況を作り出したのは、この俺が原因で、間違いありません。全部、俺のせいなんです! ですから、贖罪の意味も込めて、この件、俺にどーんと任せてください! 二人を必ずやどうにかさせてみせますよ! 成功させてみせます!」
 道端は、キラキラと目を輝かせていた。
 
 ――こうして、道端君は、とても意欲的に壮大な計画を練ってくれたのです。そして、私たちはその計画の元、動いたという訳です。とても協力的で親身に相談に乗ってくれた道端君には、感謝しかありません。本当は、この先も道端計画はあったんだけど……今回は、この辺でお開きにすることにしました。そろそろ、二人の意志を尊重してもいいかと思って。
 
 というわけで、今回の引っ越しは、逃げたってわけじゃないのよ? 今更信じてなんて、いいませんが、本当に第二の人生を歩むためにしたことで、計画外。ちなみに引っ越しの日取りは、陽斗のことだから律儀に彩芽へプロポーズしているだろうと見越し、決めました。私たちの読みは、ぴったりだったはず。
 一見、はちゃめちゃに思われただろう二人の結婚。今振り返ってみたら、二人の間では順番どおり進んでいたと、予想しますが、どうでしょうか?
 といわけで、この壮大な計画のシナリオは、ここまで。この先は、完全な白紙です。この後、どうするかは二人次第』

 
 二枚目についていたのは、保証人には、すでに母親たちの名前が記入されている白紙の婚姻届けだった。

「完全にやられた」
「まさか、三人結託してたなんて、本当に癪!」
 彩芽は怒りながら、婚姻届を睨み付けていた。
「今すぐ書いて提出なんて、もっと癪。せめて、後日出しに……」
 彩芽が言いかけたが、そんな悠長なことを言っていられる時間などないことに気づいて、頭を抱えた。
「もう、会社に結婚してましたって、言っちゃってるよ! 嘘でした。やっぱり出していませんでしたなんて、この期に及んで、間抜けなこと言えない!」
「……俺も。なら、やっぱり今出すか」
 「ちょっと、何よ。その仕方ないみたいな感じ。婚姻届って、人生で最も影響する出来事! もっとウキウキ感出すとかしてよ」
「……そんな無茶苦茶な……」

 
 そんなやりとりの末、結局二人は婚姻届を提出。
 一周回って、落ち着いた二人を見つけた市民課の水谷もわざわざ出てきてくれた。
「おめでとうございます」
 社員証の中の彼女よりもずっと穏やかな笑顔を見せ、見送ってくれた。
 
 役所を出て、雲一つない青空の下、新鮮な空気を取り込んだ。そして、陽斗と彩芽はお互いの手をとり、歩き出していた。

  
 ――その数日後。
 陽斗と彩芽は、マンション前で道端を待ち伏せし、自宅へ拉致し、こんこんと説教をし、道端は泣きながら謝罪した。が、それはすべて道端の演技。内心全く反省などしておらず、むしろ周囲に「あの二人は、俺に感謝すべきだ」と吹聴して回っていたことは、二人は知らない。

そして、すべての雑務を終えて落ち着いた頃、二人は母達をはじめ、友人達へ葉書を送った。
『この度、結婚しました』
 

 
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

【完結】美しい人。

❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」 「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」 「ねえ、返事は。」 「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」 彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。

好きな男子と付き合えるなら罰ゲームの嘘告白だって嬉しいです。なのにネタばらしどころか、遠恋なんて嫌だ、結婚してくれと泣かれて困惑しています。

石河 翠
恋愛
ずっと好きだったクラスメイトに告白された、高校2年生の山本めぐみ。罰ゲームによる嘘告白だったが、それを承知の上で、彼女は告白にOKを出した。好きなひとと付き合えるなら、嘘告白でも幸せだと考えたからだ。 すぐにフラれて笑いものにされると思っていたが、失恋するどころか大切にされる毎日。ところがある日、めぐみが海外に引っ越すと勘違いした相手が、別れたくない、どうか結婚してくれと突然泣きついてきて……。 なんだかんだ今の関係を最大限楽しんでいる、意外と図太いヒロインと、くそ真面目なせいで盛大に空振りしてしまっている残念イケメンなヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりhimawariinさまの作品をお借りしております。

貴方の事なんて大嫌い!

柊 月
恋愛
ティリアーナには想い人がいる。 しかし彼が彼女に向けた言葉は残酷だった。 これは不器用で素直じゃない2人の物語。

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

処理中です...