この度、結婚していました

雨宮 瑞樹

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出立3

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「さっき引っ越された方のお知り合い?」
 彩芽と陽斗が同時に振り返る。そこにいたのは、マンションの管理人だった。
 何かの作業中だったのか、養生テープを手にしている。管理人は、陽斗と目が合うと「あぁ、君か。不良息子君」と笑っていた。それを聞いた彩芽はくすくす笑っている。どんな話を通していったんだと、内心分憤慨しながらも陽斗は、穏やかにいう。

「母のいうことを真に受けないでくださいね」
 陽斗がいうと、彩芽も「本当に」と、大きく頷いていた。
 そんな二人の反応に、管理人は大笑いていた。
「この前君のお母さんがインターホン越しに騒いだ後、二人して会いに来てくれたんだよ。騒いですみませんでしたというお詫びと、引っ越しのご挨拶に。だけど、話しているうちにどんどん脱線していってね。その話が可笑しくて。腹を抱えて笑ってしまったよ。君たちのお母さんは、太陽みたいに明るくて、気持ちのいい人たちだったなぁ」
 管理人がしみじみという。
 
 母親たちは陰湿さなどは、ゼロ。所かまわず、日差しを燦燦にふり注いでくる。それ故、初対面の人たちの二人の印象は、例外なくすこぶるいい。所謂、人たらしという部類に入るのだと思う。
 自分たちは散々、その破天荒な太陽に散々振り回され続けてきたのだ。横にずっと居続けた自分たちは、枯れずによくここまでやってきたなと思う。自分で自分を褒めてやりたいくらいだ。
 だが、母たちに心酔してしまっている相手にこの思いをいくら吐露したところで、理解してくれることはないだろう。管理人は、しばらく母たちの良さを力説し、親孝行しなさいよという説教が始まろうとしていた。
 彩芽は陽斗へ、いつ終わるかなと、アイコンタクトする。陽斗の返答は、わからないと帰ってきていた。
 彩芽は、ため息をついて、右手に持っていた紙袋を持ち直す。ガサっと紙が擦れる音。
 それが合図になったのか、親孝行の話が止まって、紙袋へと視線が向いていた。
 
「そういえば、僕もそのお菓子、貰ったんだ。改めてお礼言おうと思っていたんだけど、言いそびれちゃったなぁ」
 白髪頭をかきあげて、タクシーが走り去った方へ視線を向ける管理人に、彩芽が尋ねた。
「中身って、全く同じでした?」
 彩芽が紙袋の口を広げて中身を取り出して見せる。包装紙がないため、箱を見せれば同じかどうかは、判別できるだろう。真っ赤な花が中央にドカンと描かれた派手なデザインだ。管理人は、しっかりと頷いていた。
「うん、全く一緒だね。中身は、普通のクッキー。今朝の休み時間の時、いただいたけど、おいしかったよ」
 ならば、これはタネも仕掛けもない、ごく普通のお菓子ということになる。
 半ば信じ切れず、彩芽は、体調不良に陥ったりといったことはありませんでしたか? と、口を開きかけたところで、陽斗に小突かれた。陽斗の方を見やると、余計な事は言うなと、首を横に振っている。
 そこで頭が冷えた彩芽は、彩芽は開きかけた口を噤んだ。確かに、管理人は、完全に母親側についている。
 そこに「すみません」と、宅配便業者の制服を着た人物が管理人へ声をかけてきていた。
 管理人がその相手に、合図を出すと、陽斗へと手に持っていた養生テープを差し出していた。
 
「すっかり話が逸れてしまったが、君たちに話しかけたのは、ポストの話だったんだ。郵便受けにチラシとかが入らないように、テープをつけておいてほしくて。さっき確認してみたら、何もなかったから、君たち代わりにやっておいてほしいんだ。中身も念のため、最後に確認して。終わったら、テープは管理人室前のカウンターに置いておいてね。じゃあ、頼んだよ」
 管理人は、エントランスの自動ドアを開けて、足早に業者の方へと去っていった。

 陽斗と彩芽は、開けてくれたエントランスすぐ横の集合ポストへと向かった。
 部屋のポストの暗証番号を入れて、中身を開くと、チラシ、DMがすでに溜まっていた。

「そっか。私の分も届いてるんだ」
 郵便の中に、陽斗、彩芽宛のものも何通か含まれていた。
「俺も住所変更しないとな」
 本当に重要書類が届いたら、どうせ母親たちが住んでいるし届けてくれるか知らせてくれるだろうと、放っておいたが、これからはそうもいかなくなる。せめて、重要な知らせが来そうなところは、早々に住所変更はしておかなければならない。

「陽斗は、住所変更くらいでしょ? 私はいっぱいあるんだから」
 高島彩芽名義の書類をひらひらさせる。それを見て、あぁそうかと、陽斗が頷いた。
「あぁ、名前が変わるのか」
「運転免許証とか、パスポートとか、口座名義……どれも戸籍謄本とか必要みたい。じゃあ、謄本をコンビニって思って、マイナンバーカード使えるか調べてみたけど、結局名前、住所変わったら、役所手続きしないと使えないみたいだし。役所って本当に、手続きが面倒だよね。仕事帰りの時間は、役所はもう閉まってるし。微妙に遠いし。本当に不便」
 ぶつぶつ文句を言う彩芽。陽斗は、あっと閃いた。
「じゃあ、今日これから役所行こうぜ」
「役所って、土曜日は休みでしょ?」
「いや、最近はやってるだろ? 彩芽のような文句を言う住民が多いから」
「本当に?」
 陽斗がスマホを取り出して、検索をかけると『本日開庁』とあった。
「住所変更、戸籍謄本も大丈夫そうだ。この郵便物とりあえず、その紙袋に入れて、これから行こう」
 彩芽が頷いて、紙袋の中へ郵便物を入れようとしたところで、手を止めた。
「あ、そういえば、さっきお菓子を出したときに見えたんだよね。この封筒」
 彩芽が、取り出す。表書きには『陽斗と彩芽へ』と書かれていて、裏を返すと『家に帰って、落ち着いたときに、開けてください。外では厳禁。開けたら、きっと泣いちゃうから。歩美&佐和より』とあった。
 封は、隙間なく糊付けされていて、ハサミでもないと、開かないようになっている。その厳重さが、より怪しい匂いをぷんぷんさせている。

「……嫌な予感しかしないんだけど?」
 彩芽が鋭い目つきでいってくる。陽斗は、全身から酸素を吐き出して、頷いた。
「……この感じは、そうなんだろうな。それを開けたら、俺も発狂する予感しかしない。今は、ともかく冷静さを保っている内に、役所へ行って諸手続きを終わらせよう。開けるのは、それからだ」
「確かに、そうだね」
 二人は、さらに色濃く増大したやもやを抱えながら、役所へと歩き出した。
 
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