38 / 44
それぞれの答え10
しおりを挟む
根岸と別れて電車で帰路へ着く。その道すがらは、陽斗の機嫌は悪かった。そのお陰というべきか彩芽の酔いは、帰宅する頃には覚めていた。
「大人気ないなぁ」
彩芽はそういいながら、ほとんどいじけている陽斗にやれやれと嘆息する。彩芽はキッチンからワイングラスを持って、ソファ前の机に置いた。
そして、ソファに並んで二人揃って腰を下ろした。
「では、これで気を取り直してください。メインイベントです」
彩芽は持ち帰った紙袋から、お菓子の缶を取り出して、机の上に置いた。おっと、陽斗が前のめりになる。むすっとしていた顔が、明るくなっていた。
「それが例の? ワインコラボっていうから、海外のお菓子だばかり思ってた」
これまで、彩芽が持ち帰ってきたお菓子はどれも横文字だったが、目の前にの缶蓋には、桜の模様が施されている。どう見ても和風だった。
「意外でしょ? でも、中身は……」
彩芽が陽斗に蓋を開けてみてという。いわれるがままに陽斗が、蓋を開ける。途端、今日の気に入らない出来事も、帳消しにできてしまうほどの、鮮やかな香りが漂った。お菓子の上に敷かれているエアパッキンをそっと取る。
現れたのは、一口サイズの桜の花びらだった。小箱いっぱいに敷き詰められている。繊細な作りに加えて、白、ピンク、オレンジなど、色鮮やかさに目が奪われる。
「日本の和菓子店が出しているショコラ。すごく、可愛いでしょ? 食べてみて」
彩芽に促され陽斗が口へ運ぶ。
「うん、おいしい。チョコなのにすごく、さっぱりしてる。中に何か入ってる?」
「うん。オレンジピールにチョコがコーティングされているお菓子で、オランジェットっていうらしんだよね。フランス発祥なんだけど、それを、日本版にアレンジしたのがこれ。お母さんたちの意見を反映させてみたの。チョコなんだけど、甘すぎない。中の柑橘系の爽快感と苦みが絶妙なバランスになっている。しかも、写真映えもして、お洒落で食べやすい」
彩芽は説明しながら、紙袋からワインを取り出す。
「そして、その桜ショコラには、このワイン」
ワインボトルを取り出す。甲州ワインというラベルが貼られていた。
「へぇ。日本産のワイン?」
「最近は海外の方が日本にもたくさん来てくれるし、せっかくだから全部日本でいこうってなったの。山梨のメルロワイン。最近は、日本のワインもすごくおいしいの。これからもっと注目されて、成長し続けていくはずよ」
私たちみたいに。彩芽はそう付け加えて、ワインを開けて静かにグラスに注いでいく。二人揃って口にした。
とても繊細でやさしい味がじわっと広がった。先ほど食べたチョコのほろ苦い甘さが、化学反応を起こすように合わさり、すっと全身に馴染んで、溶け込んでいく。
「すごいもんだなぁ。ここで、菓子店開いていた時とは、全然違う。ワインの主張したり、お菓子の癖が強かったりしてたけど。これは、本当によく合う。成長したなって感じだ」
陽斗がそういうと、彩芽はグラスに入った赤を愛しそうに見つめた。
「私だけじゃできなかった。協力してくれたみんなと、陽斗がいてくれたから、うまくいったの」
厳しい冬を越して、蕾になって、花が咲いて、今に繋がった。その時は、くだらないと思っていても、一つでも欠けては、きっと今のようにはならなかったのだろう。
「私の二十四歳の誕生日。お母さんたちがとんでもないことをしてきて、史上最悪の日だって、絶望してたけど。今は……感謝してる」
彩芽は、穏やかに微笑み、陽斗は頷いた。
いつかは、一緒に。ずっとそう願い、思い続けてはいた。けれど、それがいつかというのは二人にもよくわからなくて。何とか近づこうと、掴もうとした手は、いつもするりと手元から逃げていった。それでもと、逃した直後に追いかければよかったのかもしれない。だけど、その時の自分たちには勇気なんてなくて、楽な方ばかりに流されていた。もしそのまま、ずっと流され続けていたら。
お互いが同じ見つめる方向は同じだったとしても、それは平行線のままで。視線を合わせることもできなかったかもしれない。
いちいち、昔のことを掘り返すことも。本当の真実も、何も気付かないまま。有耶無耶になって、結局最後まで何もなく終ってしまっていたかもしれない。
だとしたら、常識外れの規格外の母親達ではあるが、感謝はすべきなのかもしれない。
そして。今日、この日を迎えられたことも。
「彩芽。俺から、渡したいものがあるんだ」
「渡したいもの?」
彩芽に思い当たるものなど何もなく、困惑しながら手にしていたグラスを置く。いつの間にか陽斗の足元には、いつも持ち歩いている鞄が置いてあって、その中の物を探し当て、手の中に納めていた。そして、彩芽を真剣な眼差しで見つめた。
「もう婚姻届けは出されてしまっているから、迷ったけど。俺のけじめとして、受け取ってほしい」
陽斗から差し出されたものを彩芽は両手で受け取り、そっと中を開ける。そこには、あの時のような錆びてしまったシルバーネックレスではなく、一粒のダイヤモンドの指輪。驚いて彩芽は、顔をあげて陽斗をみる。柔らかな視線とぶつかって、真っ直ぐにいった。
「結婚してください」
その一言で、丸い瞳に透き通った分厚い膜が張り出しいていく。頬を伝い雫が落とし、どんな花よりも美しく彩芽は笑った。
「喜んで」
笑っているのか泣いているのか、わからないほどくしゃくしゃにする。その左手を手にとって、陽斗が指輪をはめた。サイズもぴったりで、白く細い指によく似合っていた。
彩芽は感情の赴くままに、陽斗に抱きついていた。突然のことで、体制が崩れて、彩芽を抱き止めながら陽斗もソファに倒れこむ。彩芽の重みと、小刻みに震え続ける華奢な背中。背中を優しく擦りながら、笑っていた。
「そんなに抱きつかれると、この前の夜みたいに、勘違いするぞ」
「……勘違いじゃないよ……」
彩芽の涙声で返ってきた返答。頭上に流れ星が降ってきたのかと思えるほどの衝撃だった。頭が真っ白になって、思わず「え?」と言ってしまう。そのせいで、彩芽が泣いせいか今までで、一番顔を真っ赤にさせながら「やっぱり、今のなし」と叫んだが、時すでに遅し。
起き上がろうとする細い腕を陽斗が引き込んで、離すことはなかった。
そして、その後どうなったかは……二人だけの秘密だ。
「大人気ないなぁ」
彩芽はそういいながら、ほとんどいじけている陽斗にやれやれと嘆息する。彩芽はキッチンからワイングラスを持って、ソファ前の机に置いた。
そして、ソファに並んで二人揃って腰を下ろした。
「では、これで気を取り直してください。メインイベントです」
彩芽は持ち帰った紙袋から、お菓子の缶を取り出して、机の上に置いた。おっと、陽斗が前のめりになる。むすっとしていた顔が、明るくなっていた。
「それが例の? ワインコラボっていうから、海外のお菓子だばかり思ってた」
これまで、彩芽が持ち帰ってきたお菓子はどれも横文字だったが、目の前にの缶蓋には、桜の模様が施されている。どう見ても和風だった。
「意外でしょ? でも、中身は……」
彩芽が陽斗に蓋を開けてみてという。いわれるがままに陽斗が、蓋を開ける。途端、今日の気に入らない出来事も、帳消しにできてしまうほどの、鮮やかな香りが漂った。お菓子の上に敷かれているエアパッキンをそっと取る。
現れたのは、一口サイズの桜の花びらだった。小箱いっぱいに敷き詰められている。繊細な作りに加えて、白、ピンク、オレンジなど、色鮮やかさに目が奪われる。
「日本の和菓子店が出しているショコラ。すごく、可愛いでしょ? 食べてみて」
彩芽に促され陽斗が口へ運ぶ。
「うん、おいしい。チョコなのにすごく、さっぱりしてる。中に何か入ってる?」
「うん。オレンジピールにチョコがコーティングされているお菓子で、オランジェットっていうらしんだよね。フランス発祥なんだけど、それを、日本版にアレンジしたのがこれ。お母さんたちの意見を反映させてみたの。チョコなんだけど、甘すぎない。中の柑橘系の爽快感と苦みが絶妙なバランスになっている。しかも、写真映えもして、お洒落で食べやすい」
彩芽は説明しながら、紙袋からワインを取り出す。
「そして、その桜ショコラには、このワイン」
ワインボトルを取り出す。甲州ワインというラベルが貼られていた。
「へぇ。日本産のワイン?」
「最近は海外の方が日本にもたくさん来てくれるし、せっかくだから全部日本でいこうってなったの。山梨のメルロワイン。最近は、日本のワインもすごくおいしいの。これからもっと注目されて、成長し続けていくはずよ」
私たちみたいに。彩芽はそう付け加えて、ワインを開けて静かにグラスに注いでいく。二人揃って口にした。
とても繊細でやさしい味がじわっと広がった。先ほど食べたチョコのほろ苦い甘さが、化学反応を起こすように合わさり、すっと全身に馴染んで、溶け込んでいく。
「すごいもんだなぁ。ここで、菓子店開いていた時とは、全然違う。ワインの主張したり、お菓子の癖が強かったりしてたけど。これは、本当によく合う。成長したなって感じだ」
陽斗がそういうと、彩芽はグラスに入った赤を愛しそうに見つめた。
「私だけじゃできなかった。協力してくれたみんなと、陽斗がいてくれたから、うまくいったの」
厳しい冬を越して、蕾になって、花が咲いて、今に繋がった。その時は、くだらないと思っていても、一つでも欠けては、きっと今のようにはならなかったのだろう。
「私の二十四歳の誕生日。お母さんたちがとんでもないことをしてきて、史上最悪の日だって、絶望してたけど。今は……感謝してる」
彩芽は、穏やかに微笑み、陽斗は頷いた。
いつかは、一緒に。ずっとそう願い、思い続けてはいた。けれど、それがいつかというのは二人にもよくわからなくて。何とか近づこうと、掴もうとした手は、いつもするりと手元から逃げていった。それでもと、逃した直後に追いかければよかったのかもしれない。だけど、その時の自分たちには勇気なんてなくて、楽な方ばかりに流されていた。もしそのまま、ずっと流され続けていたら。
お互いが同じ見つめる方向は同じだったとしても、それは平行線のままで。視線を合わせることもできなかったかもしれない。
いちいち、昔のことを掘り返すことも。本当の真実も、何も気付かないまま。有耶無耶になって、結局最後まで何もなく終ってしまっていたかもしれない。
だとしたら、常識外れの規格外の母親達ではあるが、感謝はすべきなのかもしれない。
そして。今日、この日を迎えられたことも。
「彩芽。俺から、渡したいものがあるんだ」
「渡したいもの?」
彩芽に思い当たるものなど何もなく、困惑しながら手にしていたグラスを置く。いつの間にか陽斗の足元には、いつも持ち歩いている鞄が置いてあって、その中の物を探し当て、手の中に納めていた。そして、彩芽を真剣な眼差しで見つめた。
「もう婚姻届けは出されてしまっているから、迷ったけど。俺のけじめとして、受け取ってほしい」
陽斗から差し出されたものを彩芽は両手で受け取り、そっと中を開ける。そこには、あの時のような錆びてしまったシルバーネックレスではなく、一粒のダイヤモンドの指輪。驚いて彩芽は、顔をあげて陽斗をみる。柔らかな視線とぶつかって、真っ直ぐにいった。
「結婚してください」
その一言で、丸い瞳に透き通った分厚い膜が張り出しいていく。頬を伝い雫が落とし、どんな花よりも美しく彩芽は笑った。
「喜んで」
笑っているのか泣いているのか、わからないほどくしゃくしゃにする。その左手を手にとって、陽斗が指輪をはめた。サイズもぴったりで、白く細い指によく似合っていた。
彩芽は感情の赴くままに、陽斗に抱きついていた。突然のことで、体制が崩れて、彩芽を抱き止めながら陽斗もソファに倒れこむ。彩芽の重みと、小刻みに震え続ける華奢な背中。背中を優しく擦りながら、笑っていた。
「そんなに抱きつかれると、この前の夜みたいに、勘違いするぞ」
「……勘違いじゃないよ……」
彩芽の涙声で返ってきた返答。頭上に流れ星が降ってきたのかと思えるほどの衝撃だった。頭が真っ白になって、思わず「え?」と言ってしまう。そのせいで、彩芽が泣いせいか今までで、一番顔を真っ赤にさせながら「やっぱり、今のなし」と叫んだが、時すでに遅し。
起き上がろうとする細い腕を陽斗が引き込んで、離すことはなかった。
そして、その後どうなったかは……二人だけの秘密だ。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
この裏切りは、君を守るため
島崎 紗都子
恋愛
幼なじみであるファンローゼとコンツェットは、隣国エスツェリアの侵略の手から逃れようと亡命を決意する。「二人で幸せになろう。僕が君を守るから」しかし逃亡中、敵軍に追いつめられ二人は無残にも引き裂かれてしまう。架空ヨーロッパを舞台にした恋と陰謀 ロマンティック冒険活劇!
【短編】悪役令嬢と蔑まれた私は史上最高の遺書を書く
とによ
恋愛
婚約破棄され、悪役令嬢と呼ばれ、いじめを受け。
まさに不幸の役満を食らった私――ハンナ・オスカリウスは、自殺することを決意する。
しかし、このままただで死ぬのは嫌だ。なにか私が生きていたという爪痕を残したい。
なら、史上最高に素晴らしい出来の遺書を書いて、自殺してやろう!
そう思った私は全身全霊で遺書を書いて、私の通っている魔法学園へと自殺しに向かった。
しかし、そこで謎の美男子に見つかってしまい、しまいには遺書すら読まれてしまう。
すると彼に
「こんな遺書じゃダメだね」
「こんなものじゃ、誰の記憶にも残らないよ」
と思いっきりダメ出しをされてしまった。
それにショックを受けていると、彼はこう提案してくる。
「君の遺書を最高のものにしてみせる。その代わり、僕の研究を手伝ってほしいんだ」
これは頭のネジが飛んでいる彼について行った結果、彼と共に歴史に名を残してしまう。
そんなお話。
【完結】美しい人。
❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」
「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」
「ねえ、返事は。」
「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」
彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。
好きな男子と付き合えるなら罰ゲームの嘘告白だって嬉しいです。なのにネタばらしどころか、遠恋なんて嫌だ、結婚してくれと泣かれて困惑しています。
石河 翠
恋愛
ずっと好きだったクラスメイトに告白された、高校2年生の山本めぐみ。罰ゲームによる嘘告白だったが、それを承知の上で、彼女は告白にOKを出した。好きなひとと付き合えるなら、嘘告白でも幸せだと考えたからだ。
すぐにフラれて笑いものにされると思っていたが、失恋するどころか大切にされる毎日。ところがある日、めぐみが海外に引っ越すと勘違いした相手が、別れたくない、どうか結婚してくれと突然泣きついてきて……。
なんだかんだ今の関係を最大限楽しんでいる、意外と図太いヒロインと、くそ真面目なせいで盛大に空振りしてしまっている残念イケメンなヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりhimawariinさまの作品をお借りしております。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】
remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。
干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。
と思っていたら、
初めての相手に再会した。
柚木 紘弥。
忘れられない、初めての1度だけの彼。
【完結】ありがとうございました‼
隣人はクールな同期でした。
氷萌
恋愛
それなりに有名な出版会社に入社して早6年。
30歳を前にして
未婚で恋人もいないけれど。
マンションの隣に住む同期の男と
酒を酌み交わす日々。
心許すアイツとは
”同期以上、恋人未満―――”
1度は愛した元カレと再会し心を搔き乱され
恋敵の幼馴染には刃を向けられる。
広報部所属
●七星 セツナ●-Setuna Nanase-(29歳)
編集部所属 副編集長
●煌月 ジン●-Jin Kouduki-(29歳)
本当に好きな人は…誰?
己の気持ちに向き合う最後の恋。
“ただの恋愛物語”ってだけじゃない
命と、人との
向き合うという事。
現実に、なさそうな
だけどちょっとあり得るかもしれない
複雑に絡み合う人間模様を描いた
等身大のラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる