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それぞれの答え10

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 根岸と別れて電車で帰路へ着く。その道すがらは、陽斗の機嫌は悪かった。そのお陰というべきか彩芽の酔いは、帰宅する頃には覚めていた。 
「大人気ないなぁ」
 彩芽はそういいながら、ほとんどいじけている陽斗にやれやれと嘆息する。彩芽はキッチンからワイングラスを持って、ソファ前の机に置いた。
 そして、ソファに並んで二人揃って腰を下ろした。
 
「では、これで気を取り直してください。メインイベントです」
 彩芽は持ち帰った紙袋から、お菓子の缶を取り出して、机の上に置いた。おっと、陽斗が前のめりになる。むすっとしていた顔が、明るくなっていた。
 
「それが例の? ワインコラボっていうから、海外のお菓子だばかり思ってた」
 これまで、彩芽が持ち帰ってきたお菓子はどれも横文字だったが、目の前にの缶蓋には、桜の模様が施されている。どう見ても和風だった。
「意外でしょ? でも、中身は……」
 彩芽が陽斗に蓋を開けてみてという。いわれるがままに陽斗が、蓋を開ける。途端、今日の気に入らない出来事も、帳消しにできてしまうほどの、鮮やかな香りが漂った。お菓子の上に敷かれているエアパッキンをそっと取る。
 現れたのは、一口サイズの桜の花びらだった。小箱いっぱいに敷き詰められている。繊細な作りに加えて、白、ピンク、オレンジなど、色鮮やかさに目が奪われる。
「日本の和菓子店が出しているショコラ。すごく、可愛いでしょ? 食べてみて」
 彩芽に促され陽斗が口へ運ぶ。
「うん、おいしい。チョコなのにすごく、さっぱりしてる。中に何か入ってる?」
「うん。オレンジピールにチョコがコーティングされているお菓子で、オランジェットっていうらしんだよね。フランス発祥なんだけど、それを、日本版にアレンジしたのがこれ。お母さんたちの意見を反映させてみたの。チョコなんだけど、甘すぎない。中の柑橘系の爽快感と苦みが絶妙なバランスになっている。しかも、写真映えもして、お洒落で食べやすい」
 彩芽は説明しながら、紙袋からワインを取り出す。
「そして、その桜ショコラには、このワイン」
 ワインボトルを取り出す。甲州ワインというラベルが貼られていた。
「へぇ。日本産のワイン?」
「最近は海外の方が日本にもたくさん来てくれるし、せっかくだから全部日本でいこうってなったの。山梨のメルロワイン。最近は、日本のワインもすごくおいしいの。これからもっと注目されて、成長し続けていくはずよ」
 私たちみたいに。彩芽はそう付け加えて、ワインを開けて静かにグラスに注いでいく。二人揃って口にした。
 とても繊細でやさしい味がじわっと広がった。先ほど食べたチョコのほろ苦い甘さが、化学反応を起こすように合わさり、すっと全身に馴染んで、溶け込んでいく。
  
「すごいもんだなぁ。ここで、菓子店開いていた時とは、全然違う。ワインの主張したり、お菓子の癖が強かったりしてたけど。これは、本当によく合う。成長したなって感じだ」
 陽斗がそういうと、彩芽はグラスに入った赤を愛しそうに見つめた。

「私だけじゃできなかった。協力してくれたみんなと、陽斗がいてくれたから、うまくいったの」
 厳しい冬を越して、蕾になって、花が咲いて、今に繋がった。その時は、くだらないと思っていても、一つでも欠けては、きっと今のようにはならなかったのだろう。
「私の二十四歳の誕生日。お母さんたちがとんでもないことをしてきて、史上最悪の日だって、絶望してたけど。今は……感謝してる」
 彩芽は、穏やかに微笑み、陽斗は頷いた。

 いつかは、一緒に。ずっとそう願い、思い続けてはいた。けれど、それがいつかというのは二人にもよくわからなくて。何とか近づこうと、掴もうとした手は、いつもするりと手元から逃げていった。それでもと、逃した直後に追いかければよかったのかもしれない。だけど、その時の自分たちには勇気なんてなくて、楽な方ばかりに流されていた。もしそのまま、ずっと流され続けていたら。
 お互いが同じ見つめる方向は同じだったとしても、それは平行線のままで。視線を合わせることもできなかったかもしれない。
 いちいち、昔のことを掘り返すことも。本当の真実も、何も気付かないまま。有耶無耶になって、結局最後まで何もなく終ってしまっていたかもしれない。
 だとしたら、常識外れの規格外の母親達ではあるが、感謝はすべきなのかもしれない。
 そして。今日、この日を迎えられたことも。
 
「彩芽。俺から、渡したいものがあるんだ」
「渡したいもの?」
 彩芽に思い当たるものなど何もなく、困惑しながら手にしていたグラスを置く。いつの間にか陽斗の足元には、いつも持ち歩いている鞄が置いてあって、その中の物を探し当て、手の中に納めていた。そして、彩芽を真剣な眼差しで見つめた。
 
「もう婚姻届けは出されてしまっているから、迷ったけど。俺のけじめとして、受け取ってほしい」
 陽斗から差し出されたものを彩芽は両手で受け取り、そっと中を開ける。そこには、あの時のような錆びてしまったシルバーネックレスではなく、一粒のダイヤモンドの指輪。驚いて彩芽は、顔をあげて陽斗をみる。柔らかな視線とぶつかって、真っ直ぐにいった。

「結婚してください」
 その一言で、丸い瞳に透き通った分厚い膜が張り出しいていく。頬を伝い雫が落とし、どんな花よりも美しく彩芽は笑った。
「喜んで」
 笑っているのか泣いているのか、わからないほどくしゃくしゃにする。その左手を手にとって、陽斗が指輪をはめた。サイズもぴったりで、白く細い指によく似合っていた。
 彩芽は感情の赴くままに、陽斗に抱きついていた。突然のことで、体制が崩れて、彩芽を抱き止めながら陽斗もソファに倒れこむ。彩芽の重みと、小刻みに震え続ける華奢な背中。背中を優しく擦りながら、笑っていた。
 
「そんなに抱きつかれると、この前の夜みたいに、勘違いするぞ」
「……勘違いじゃないよ……」
 彩芽の涙声で返ってきた返答。頭上に流れ星が降ってきたのかと思えるほどの衝撃だった。頭が真っ白になって、思わず「え?」と言ってしまう。そのせいで、彩芽が泣いせいか今までで、一番顔を真っ赤にさせながら「やっぱり、今のなし」と叫んだが、時すでに遅し。
  起き上がろうとする細い腕を陽斗が引き込んで、離すことはなかった。
 そして、その後どうなったかは……二人だけの秘密だ。
 
 
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