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ベルリンの壁2
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根岸に言われるがまま、渋谷の人混みを掻き分け、陽斗が連れていかれたのは、年配の男性が圧倒的に多い焼き鳥をメインにしている居酒屋だった。職場から歩いて数分の駅前だった。
ガラリと、年季の入った傷だらけの引き戸を引いて中へ入る。途端、熱気が二人を迎え入れた。カウンター八席、テーブル席が四席ほどの割とこじんまりとしたアットホームな雰囲気が漂っていた。
今の店は個々のプライベートを重んじて、なるべく隣との距離は遠く、仕切りまでついているのに、ここはその真逆。隣のグループ席との距離も近い。
「いらっしゃーい。根岸ちゃん、珍しいね。男連れなんて」
店内に入るなり、いきなり威勢のいい声が飛んでくる。どうやら、根岸は常連客らしい。自分も男だが、それ以上に男らしくて、ある意味尊敬してしまいそうだ。
「店長。私が男なんて、連れてくると思う? 会社の後輩で、自意識過剰の西澤君よ」
初対面の相手に、酷い紹介され方。根岸に向かって、むすっと睨んでいる陽斗を見て、焼き鳥を焼いている手を止めないまま、中年の白髪店長は、豪快に笑っていた。そして、陽斗のことを昔から知っているような、人懐っこい笑顔を向けてくる。
「噂では、よく聞いてるよ。君があの有名な西澤君ね。どうぞ、ゆっくりしていってくれよ。うちの焼き鳥は絶品だよ」
どんな酷い言われ方をされているのか、気になるところだが、陽斗は促されるまま店の端のテーブル席に腰を下ろす。
涼しい顔をしながら、根岸はメニュー表を取り出すこともない。
「とりあえず、西澤君も生ビールでいいでしょ?」
「はい」
「店長、生二つに、店長おすすめ一つお願いします」
根岸はのテキパキとしたオーダーは、大衆居酒屋ならではのざわついた空気にも、難なくよく通っていた。はいよ! という、店長の返事が返ってくると、間もなく生ビールが運ばれてきた。
お疲れ様と、ジョッキを合わせて、一口飲む。
「はぁ、うまい!」
半分以上、一気飲みして爽快だといわんばかりの根岸。陽斗はボソッと苦言を漏らしていた。
「自意識過剰って紹介のされ方、酷すぎません? 相当、印象悪いじゃないですか」
「あら。私としては、誉め言葉のつもりだったんだけど?」
「どこをどうしたら、そうなるんですか……」
陽斗が、再びビールをのどへ流し込む。根岸は、なんでわからないのかしらという顔をする。
「西澤君が女の子の誘いをことごとく断るのは、みんな俺に気があるって思ってるからでしょ? サッカー選手ってそういう奴たくさんいるよねー。小さいころから、ちやほやされちゃってるからさぁ。みんながみんなそうじゃない場合もあるのにさ。でも、モテ男は全部そういう風に見えてしまう。それが自意識過剰だと、私が言っている訳」
別に、俺はそういうのじゃないと、陽斗が反論しようとしたが、それより先に根岸は言った。
「だけど、それって裏を返せば、一人大事な誰かがいてその人に対して、誠実でありたいからってことでしょう? だから、君を自意識過剰と称するのは、誉め言葉」
根岸は、残っていた半分のビールをぐびぐび飲み終えていた。言葉の選択はもうちょっとあると思うが、そう説明されてしまえば悪い気はしなかった。釣られて陽斗もビールを一気に飲み干す。
「いい飲みっぷりじゃない。次、何にする? 西澤君、ワイン飲むんでしょ? 私も飲むから、飲もうよ」
根岸は、壁に立てかけてあった、メニューに手をかけようとするが、陽斗は手に届く手前で「いや」と止めに入っていた。
「いや、ワインは家だけでって決めてるんで、今は焼酎でお願いします」
陽斗がそういうと、へぇと根岸が少し不満で意味深な笑顔を浮かべる。
「なら、芋ロックで決まりね」
男の中の男を超えて、ずいぶんと年齢を重ねた男らしい、選択に苦笑していると、焼き鳥が運ばれてきた。焼き鳥とは思えない鶏ステーキのような肉厚さ。
「この店の焼き鳥は、最高よ。さぁ遠慮なく食べなさい」
一本手にして、口へ運ぶと、鳥の良質な油とうま味が口の中にじわっと侵食して、脳内に至福が訪れた。うまいと思った瞬間、思う。彩芽にも、食べさせてやりたい。
「で? 今日の酷い仕事の原因は、何?」
根岸はいつも最高潮のいい気分になった相手の懐に、切り込んでくるやり方がうまい。根岸が営業で成績がいいのは、このせいだなのだろう。芋ロックと焼き鳥効果もあって、包み隠すことなく全て話してしまっていた。
「西澤君、って、全然プライベート話さないって思ったら、そんな面倒くさいことしてたの? 信じられない。私が君のお母さんだったら、私も同じことしてるわ」
やはり、根岸はそっち側の人間だったか。やはり、相談相手を間違えた。高いアルコール度数のせいで、喉がヒリヒリした。
根岸の前にお代わりが運ばれてきた。横を向いたままぐいっと一口飲んで、手の中のグラスを弄び始める。また、辛辣な言葉が降ってくるだろうと、身構える。
「まぁ。ベルリンの壁なんかで、ずっと守られちゃってたから、悪かったんでしょうね」
意外にも、同情的な声音に目を瞬かせる。
ガラリと、年季の入った傷だらけの引き戸を引いて中へ入る。途端、熱気が二人を迎え入れた。カウンター八席、テーブル席が四席ほどの割とこじんまりとしたアットホームな雰囲気が漂っていた。
今の店は個々のプライベートを重んじて、なるべく隣との距離は遠く、仕切りまでついているのに、ここはその真逆。隣のグループ席との距離も近い。
「いらっしゃーい。根岸ちゃん、珍しいね。男連れなんて」
店内に入るなり、いきなり威勢のいい声が飛んでくる。どうやら、根岸は常連客らしい。自分も男だが、それ以上に男らしくて、ある意味尊敬してしまいそうだ。
「店長。私が男なんて、連れてくると思う? 会社の後輩で、自意識過剰の西澤君よ」
初対面の相手に、酷い紹介され方。根岸に向かって、むすっと睨んでいる陽斗を見て、焼き鳥を焼いている手を止めないまま、中年の白髪店長は、豪快に笑っていた。そして、陽斗のことを昔から知っているような、人懐っこい笑顔を向けてくる。
「噂では、よく聞いてるよ。君があの有名な西澤君ね。どうぞ、ゆっくりしていってくれよ。うちの焼き鳥は絶品だよ」
どんな酷い言われ方をされているのか、気になるところだが、陽斗は促されるまま店の端のテーブル席に腰を下ろす。
涼しい顔をしながら、根岸はメニュー表を取り出すこともない。
「とりあえず、西澤君も生ビールでいいでしょ?」
「はい」
「店長、生二つに、店長おすすめ一つお願いします」
根岸はのテキパキとしたオーダーは、大衆居酒屋ならではのざわついた空気にも、難なくよく通っていた。はいよ! という、店長の返事が返ってくると、間もなく生ビールが運ばれてきた。
お疲れ様と、ジョッキを合わせて、一口飲む。
「はぁ、うまい!」
半分以上、一気飲みして爽快だといわんばかりの根岸。陽斗はボソッと苦言を漏らしていた。
「自意識過剰って紹介のされ方、酷すぎません? 相当、印象悪いじゃないですか」
「あら。私としては、誉め言葉のつもりだったんだけど?」
「どこをどうしたら、そうなるんですか……」
陽斗が、再びビールをのどへ流し込む。根岸は、なんでわからないのかしらという顔をする。
「西澤君が女の子の誘いをことごとく断るのは、みんな俺に気があるって思ってるからでしょ? サッカー選手ってそういう奴たくさんいるよねー。小さいころから、ちやほやされちゃってるからさぁ。みんながみんなそうじゃない場合もあるのにさ。でも、モテ男は全部そういう風に見えてしまう。それが自意識過剰だと、私が言っている訳」
別に、俺はそういうのじゃないと、陽斗が反論しようとしたが、それより先に根岸は言った。
「だけど、それって裏を返せば、一人大事な誰かがいてその人に対して、誠実でありたいからってことでしょう? だから、君を自意識過剰と称するのは、誉め言葉」
根岸は、残っていた半分のビールをぐびぐび飲み終えていた。言葉の選択はもうちょっとあると思うが、そう説明されてしまえば悪い気はしなかった。釣られて陽斗もビールを一気に飲み干す。
「いい飲みっぷりじゃない。次、何にする? 西澤君、ワイン飲むんでしょ? 私も飲むから、飲もうよ」
根岸は、壁に立てかけてあった、メニューに手をかけようとするが、陽斗は手に届く手前で「いや」と止めに入っていた。
「いや、ワインは家だけでって決めてるんで、今は焼酎でお願いします」
陽斗がそういうと、へぇと根岸が少し不満で意味深な笑顔を浮かべる。
「なら、芋ロックで決まりね」
男の中の男を超えて、ずいぶんと年齢を重ねた男らしい、選択に苦笑していると、焼き鳥が運ばれてきた。焼き鳥とは思えない鶏ステーキのような肉厚さ。
「この店の焼き鳥は、最高よ。さぁ遠慮なく食べなさい」
一本手にして、口へ運ぶと、鳥の良質な油とうま味が口の中にじわっと侵食して、脳内に至福が訪れた。うまいと思った瞬間、思う。彩芽にも、食べさせてやりたい。
「で? 今日の酷い仕事の原因は、何?」
根岸はいつも最高潮のいい気分になった相手の懐に、切り込んでくるやり方がうまい。根岸が営業で成績がいいのは、このせいだなのだろう。芋ロックと焼き鳥効果もあって、包み隠すことなく全て話してしまっていた。
「西澤君、って、全然プライベート話さないって思ったら、そんな面倒くさいことしてたの? 信じられない。私が君のお母さんだったら、私も同じことしてるわ」
やはり、根岸はそっち側の人間だったか。やはり、相談相手を間違えた。高いアルコール度数のせいで、喉がヒリヒリした。
根岸の前にお代わりが運ばれてきた。横を向いたままぐいっと一口飲んで、手の中のグラスを弄び始める。また、辛辣な言葉が降ってくるだろうと、身構える。
「まぁ。ベルリンの壁なんかで、ずっと守られちゃってたから、悪かったんでしょうね」
意外にも、同情的な声音に目を瞬かせる。
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