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悪魔の帰還2
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「この状況は何?」
彩芽が玄関を開けた第一声は、それだった。
玄関に大量の段ボールが積み上がっている。旅行に行って大量なお土産買ってくるにしても、異常な量。あれだけくすぶっていた、怒りが、その箱に吸い込まれていく。
「おかえりー」
段ボールの隙間から、この二日間、今か今かとずっと待ち構えていた相手の声が響いてくる。頭の中でこの状況が処理できないまま、段ボールをよけながら、リビングへと向かう。リビングも同じような状態で唖然とする。段ボールだらけだ。その中心に、母がいて、ポンポンと色々なものを入れ込んでいる。
「……何してるの?」
「見てわかるでしょ? 引っ越すから、荷物まとめてるのよ」
「……どうして?」
「そりゃあ、当然でしょう」
何が当然なのか、本当に意味が分からない。彩芽は息が止まるほど唖然とする。細くなった気道の隙間から、何とか息をする。そして、吐き出す吐息が震えた。
「……この前から、いったい何なの?」
ドクドク音を立てながら、心拍数が急上昇する。走ってもいないのに、勝手に息が切れる。血の巡りが、一気に早まるのに、指先がどんどん冷えていく。そして、ものすごい勢いで怒りが、雪崩れ込んできて、飲まれていく。
「勝手に他人の婚姻届け出したと思ったら、今度は引っ越します? お父さんが出て行ったとき、お母さんと二人で決めたじゃない! ずっと、ここにいようねって!」
婚姻届けを勝手に出された怒りはすっ飛んでしまい、それ以上に、ずっとここで過ごしてきた大切な場所を捨てて、あっさりと勝手に引っ越しを決めたと豪語する歩美の行動の方が許せなかった。
高校の時、父は三人過ごしたこの場所を、あっさりと捨てて、出て行った。他に女がいたらしい。自分の前では、普通の優しい父親だった。それなのに。母や私よりも、家族よりも、そちらを選んだ。
それを聞いた時の衝撃は、凄まじく、人には裏と表があるのだと知った。
あの日の、悔しさと怒りは、今も私の胸に深く切り刻まれている。三人過ごしてきたこの場所。父が出て行ってしまった後は、やけに優しく、楽しい出来事ばかりが思い出されて、嫌になったことは幾度もある。
ここには、思い出が多すぎる。
それは、母も同じだったようで「引っ越しようか?」と切り出され、二人で話し合ったこともあった。
それでも、引っ越さないと二人で決めたのだ。
ここにあるのは、かつて三人家族だったというもの悲しい思い出だけでない。その隣に、いつもあったもの。ずっと支えになってくれている存在がずっといる。だから、しっかりとここで乗り越えようと決めた。そして、実際ずっとそうしてきたではないか。それなのに、どうして、今更。
怒りだけではなく、悲しみまで押し寄せてきて、視界が滲んでいきそうになる。
そこに「どうやら、勘違いしているみたいね」と、母から出た呟きと大きなため息が、彩芽の潤んでいた瞳を一気に乾しにかかっていた。
「引っ越すのは、お母さんと彩芽の二人でも、お母さんでもない。あなたよ」
彩芽の涙はあっさり引いて、絶句する。
ちょっと待って。どういうこと? そう思って、歩美が段ボールに詰め込んでいる品々を見やる。すると、確かにそこに収まっているものは、すべて自分のものだ。サーっと血の気が引いて、弾かれるように、リビング横の自室を確認する。
そこは、もぬけの殻同然だった。開け放たれたクローゼット。そこにかけられていたコート類は、すべて空。その下にある引き出しも開かれ、全部空っぽ。本棚や雑貨類も全部消えている。
怒る気力も消え失せて、へなへなと座り込む彩芽に歩美はいった。
「もう面倒くさいから、文句聞くなら一瞬で終わらせたい。どうやら、あちらも揉めているみたいだし」
そういって、歩美が黙ると、西澤家の方からも何か言い合うような声と、ガタガタする音が聞こえてきていた。歩美は、はぁっと全身でため息をつく。
「というわけで、全員集合ね」
歩美は、壁をドンと、拳で強く一度叩いた。こちらへ集合という合図だった。
数秒で、インターホンも鳴らさすことなく、二人がドカドカ入ってきた。
佐和は辟易とした表情を見せ、陽斗は怒りが前面に出ている。陽斗がスーツのままだということは、彩芽同様、帰宅早々やり合っていた証拠だろう。
だが、そんなこと今はどうでもいい。目の前に並んだ二人の悪魔。それを陽斗と彩芽は、睨み付ける。
そんな二人の視線を二人の悪魔は顔を背けることない。二人は堂々と胸の前で、腕組みをする。
「こうなった経緯、あんたたち、全く理解していないようね」
歩美がそういうと、佐和がその後に続く。
「だから、説明するわね」
まるで、教鞭を握った教師が呑み込みの悪い生徒に教えるようにいう。その言い方が、ムカついて、陽斗が口を開こうとするがそれを許さないとばかりに、佐和が声量を上げた。
「あんたたち、いい大人になったんだし、追い出すことにしたのよ。でも、そのままバラバラと二人をこの家から追い出すと、いい機会だとばかりに、逃げ出そうとするでしょう? だから、首根っこを掴んで、逃げ場をなくして、向き合わせることにしたの。それが、婚姻届け出した理由」
「でも、書類上だけじゃ、あんたたちそれでも逃げようとするでしょう? というわけで、あんたたち明日から帰る家、ここじゃなくなります」
歩美が窓の外をビシっと指さして、ニヤリと口角を上げて、言い切った。
「目の前のマンション。賃貸契約しといたから」
もちろん、契約主は陽斗の名前でねと、付け足してくる佐和。
「何勝手なことを! 冗談じゃない! いくら心が広い俺も、我慢の限界だ。マジでふざけんなよ! 勝手に何でもかんでも決めやがって!」
陽斗が噛みつくように叫ぶと、すべてを知り尽くしている佐和は、怒り狂う陽斗の耳元で囁く。
「そういいながら、あんたの場合、誕生日の日。渡りに船だと思って、流されそうになった瞬間、あったんじゃないの?」
腹に致命傷のパンチを食らったように、陽斗はうっと呻く。そして、フラッシュバックする。
ケーキの破壊力のどさくさに紛れて確かに、そんなことがあったような気がする。正直者は、馬鹿を見るとは、このことだ。頭にガンガンくぎを刺されたような気分になる。動揺することなく、平然と取り繕ってしまえば、よかったものを。頭を掻きむしる陽斗に、佐和は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「その様子だと、途中棄権したってとこか」
なんでも見抜かれて、気絶したくなると思ったところに、彩芽が叫んだ。
「二人の酒の肴にされる時期は、とっくの昔に終わってるの! 私には、私の感情があるの! 考えていることがあるの! それなのい、勝手に婚姻届け? 引っ越し? いい加減にしてよ!」
「へぇ。じゃあ、あんたの考えてることって何? どんなことを考えて、思って、これまで生きてきたの?」
今度は、彩芽が黙る番だった。歩美の投げかけた質問に答えることができず、ハッとしたような顔をして俯く。
二人の沈黙が重なり合ったところで、鋭い矢が射られる。
「そんなにお互い嫌い?」
歩美の質問に答えられない二人。さらに質問を重ねてくる。
「好きなんでしょ?」
真面目な顔をしている佐和の、核心をついた唐突でシンプルすぎる質問だった。二人の二人の息の根を完全に止めにかかってくる。
二人の瞳は、見開かれて、威勢良く吠えていた二人の挙動が制止する。
怒り狂っていた頬を染めていた赤みとは種類が違う、真っ赤な顔に変化する二人。一瞬で耳まで赤くなっていく。
それを見て、悪魔は顔を見合わせて、ニタリと笑った。
「というわけで。明日から帰ってくる家はあっちで、よろしく」
彩芽が玄関を開けた第一声は、それだった。
玄関に大量の段ボールが積み上がっている。旅行に行って大量なお土産買ってくるにしても、異常な量。あれだけくすぶっていた、怒りが、その箱に吸い込まれていく。
「おかえりー」
段ボールの隙間から、この二日間、今か今かとずっと待ち構えていた相手の声が響いてくる。頭の中でこの状況が処理できないまま、段ボールをよけながら、リビングへと向かう。リビングも同じような状態で唖然とする。段ボールだらけだ。その中心に、母がいて、ポンポンと色々なものを入れ込んでいる。
「……何してるの?」
「見てわかるでしょ? 引っ越すから、荷物まとめてるのよ」
「……どうして?」
「そりゃあ、当然でしょう」
何が当然なのか、本当に意味が分からない。彩芽は息が止まるほど唖然とする。細くなった気道の隙間から、何とか息をする。そして、吐き出す吐息が震えた。
「……この前から、いったい何なの?」
ドクドク音を立てながら、心拍数が急上昇する。走ってもいないのに、勝手に息が切れる。血の巡りが、一気に早まるのに、指先がどんどん冷えていく。そして、ものすごい勢いで怒りが、雪崩れ込んできて、飲まれていく。
「勝手に他人の婚姻届け出したと思ったら、今度は引っ越します? お父さんが出て行ったとき、お母さんと二人で決めたじゃない! ずっと、ここにいようねって!」
婚姻届けを勝手に出された怒りはすっ飛んでしまい、それ以上に、ずっとここで過ごしてきた大切な場所を捨てて、あっさりと勝手に引っ越しを決めたと豪語する歩美の行動の方が許せなかった。
高校の時、父は三人過ごしたこの場所を、あっさりと捨てて、出て行った。他に女がいたらしい。自分の前では、普通の優しい父親だった。それなのに。母や私よりも、家族よりも、そちらを選んだ。
それを聞いた時の衝撃は、凄まじく、人には裏と表があるのだと知った。
あの日の、悔しさと怒りは、今も私の胸に深く切り刻まれている。三人過ごしてきたこの場所。父が出て行ってしまった後は、やけに優しく、楽しい出来事ばかりが思い出されて、嫌になったことは幾度もある。
ここには、思い出が多すぎる。
それは、母も同じだったようで「引っ越しようか?」と切り出され、二人で話し合ったこともあった。
それでも、引っ越さないと二人で決めたのだ。
ここにあるのは、かつて三人家族だったというもの悲しい思い出だけでない。その隣に、いつもあったもの。ずっと支えになってくれている存在がずっといる。だから、しっかりとここで乗り越えようと決めた。そして、実際ずっとそうしてきたではないか。それなのに、どうして、今更。
怒りだけではなく、悲しみまで押し寄せてきて、視界が滲んでいきそうになる。
そこに「どうやら、勘違いしているみたいね」と、母から出た呟きと大きなため息が、彩芽の潤んでいた瞳を一気に乾しにかかっていた。
「引っ越すのは、お母さんと彩芽の二人でも、お母さんでもない。あなたよ」
彩芽の涙はあっさり引いて、絶句する。
ちょっと待って。どういうこと? そう思って、歩美が段ボールに詰め込んでいる品々を見やる。すると、確かにそこに収まっているものは、すべて自分のものだ。サーっと血の気が引いて、弾かれるように、リビング横の自室を確認する。
そこは、もぬけの殻同然だった。開け放たれたクローゼット。そこにかけられていたコート類は、すべて空。その下にある引き出しも開かれ、全部空っぽ。本棚や雑貨類も全部消えている。
怒る気力も消え失せて、へなへなと座り込む彩芽に歩美はいった。
「もう面倒くさいから、文句聞くなら一瞬で終わらせたい。どうやら、あちらも揉めているみたいだし」
そういって、歩美が黙ると、西澤家の方からも何か言い合うような声と、ガタガタする音が聞こえてきていた。歩美は、はぁっと全身でため息をつく。
「というわけで、全員集合ね」
歩美は、壁をドンと、拳で強く一度叩いた。こちらへ集合という合図だった。
数秒で、インターホンも鳴らさすことなく、二人がドカドカ入ってきた。
佐和は辟易とした表情を見せ、陽斗は怒りが前面に出ている。陽斗がスーツのままだということは、彩芽同様、帰宅早々やり合っていた証拠だろう。
だが、そんなこと今はどうでもいい。目の前に並んだ二人の悪魔。それを陽斗と彩芽は、睨み付ける。
そんな二人の視線を二人の悪魔は顔を背けることない。二人は堂々と胸の前で、腕組みをする。
「こうなった経緯、あんたたち、全く理解していないようね」
歩美がそういうと、佐和がその後に続く。
「だから、説明するわね」
まるで、教鞭を握った教師が呑み込みの悪い生徒に教えるようにいう。その言い方が、ムカついて、陽斗が口を開こうとするがそれを許さないとばかりに、佐和が声量を上げた。
「あんたたち、いい大人になったんだし、追い出すことにしたのよ。でも、そのままバラバラと二人をこの家から追い出すと、いい機会だとばかりに、逃げ出そうとするでしょう? だから、首根っこを掴んで、逃げ場をなくして、向き合わせることにしたの。それが、婚姻届け出した理由」
「でも、書類上だけじゃ、あんたたちそれでも逃げようとするでしょう? というわけで、あんたたち明日から帰る家、ここじゃなくなります」
歩美が窓の外をビシっと指さして、ニヤリと口角を上げて、言い切った。
「目の前のマンション。賃貸契約しといたから」
もちろん、契約主は陽斗の名前でねと、付け足してくる佐和。
「何勝手なことを! 冗談じゃない! いくら心が広い俺も、我慢の限界だ。マジでふざけんなよ! 勝手に何でもかんでも決めやがって!」
陽斗が噛みつくように叫ぶと、すべてを知り尽くしている佐和は、怒り狂う陽斗の耳元で囁く。
「そういいながら、あんたの場合、誕生日の日。渡りに船だと思って、流されそうになった瞬間、あったんじゃないの?」
腹に致命傷のパンチを食らったように、陽斗はうっと呻く。そして、フラッシュバックする。
ケーキの破壊力のどさくさに紛れて確かに、そんなことがあったような気がする。正直者は、馬鹿を見るとは、このことだ。頭にガンガンくぎを刺されたような気分になる。動揺することなく、平然と取り繕ってしまえば、よかったものを。頭を掻きむしる陽斗に、佐和は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「その様子だと、途中棄権したってとこか」
なんでも見抜かれて、気絶したくなると思ったところに、彩芽が叫んだ。
「二人の酒の肴にされる時期は、とっくの昔に終わってるの! 私には、私の感情があるの! 考えていることがあるの! それなのい、勝手に婚姻届け? 引っ越し? いい加減にしてよ!」
「へぇ。じゃあ、あんたの考えてることって何? どんなことを考えて、思って、これまで生きてきたの?」
今度は、彩芽が黙る番だった。歩美の投げかけた質問に答えることができず、ハッとしたような顔をして俯く。
二人の沈黙が重なり合ったところで、鋭い矢が射られる。
「そんなにお互い嫌い?」
歩美の質問に答えられない二人。さらに質問を重ねてくる。
「好きなんでしょ?」
真面目な顔をしている佐和の、核心をついた唐突でシンプルすぎる質問だった。二人の二人の息の根を完全に止めにかかってくる。
二人の瞳は、見開かれて、威勢良く吠えていた二人の挙動が制止する。
怒り狂っていた頬を染めていた赤みとは種類が違う、真っ赤な顔に変化する二人。一瞬で耳まで赤くなっていく。
それを見て、悪魔は顔を見合わせて、ニタリと笑った。
「というわけで。明日から帰ってくる家はあっちで、よろしく」
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