背中越しの恋人

雨宮 瑞樹

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諸刃の剣2

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 亮はアパートの階段を下りながら、胸の奥でつかえた異物が足にもしつこく纏わりついて、どうしても足取りが重くなっていた。
 昨日は一日唯と一緒にいたが、特におかしいと思えるところはなかった。今朝も打ち合わせに出る時に唯と話したが、その時も昨日と同じ様子だった。
 ふわりとした違和感を感じ始めたのは俺が打ち合わせから帰ってきて、病院を出る時だ。話しかけても心ここにあらずという様子で、何か考え事をしているような素振りが見られた。けれど、それはあの記事のことを思い出してのことだと思っていた。「気にするな」といっても、どうせ唯は気にするだろうし、あえてそこに首は突っ込まないようにしていたが、今はあの時踏み込んでおいた方がよかったのではないかと後悔に変わり始める。
 そして、強烈なほどまでの違和感に変わったのは「バイトはやめておけ」と言って、唯がそれをすんなりそれを受け入れた時だ。
 さっきの唯はどう見ても、普通じゃない。自分は平気だと見せかけるためのただ強がりか? いや、その割には、様子がおかしすぎる。だったら、何だ? 
 そこまで逡巡したところで背中から、ひなの独り言が聞こえた。

「……唯。本当に大丈夫かな……」
 その呟きに亮は降りていた階段の途中で立ち止まり、踵を返しひなに顔を向ける。唯よりも背が低いひな。階段の段差で亮と同じ高さになって、視線がまともにかち合う。部屋にいたときだったら、まともに視線が交わったら顔を真っ赤にして恥ずかしいと、叫んでいたところだろが、亮の目を逸らすことなく、思いを巡らすようにいった。
「唯って、何か隠し事とかしているときって無理やり笑ったり、明るく見せようとする。正に今そんな感じ……いつもよりも数倍酷かったかも」
 ひなの声は、亮の頭の警告音のスイッチだったのか、けたたましくに鳴り響き始める。それと、ほぼ同時に車の短いクラクションが聞こてきた。早くしろという徳島からの催促の合図。亮は舌打ちしながら、忌々しくスマホの時計を見ればもう約束の時間も過ぎ始めていた。
 今唯のところに戻ったとしても、何を考えているのか話さないだろうし、むしろまた大丈夫だと明るく笑って済ませようとするだろう。強引に連れてこようとしたって、ああなってしまえば梃子でも動かない。
 『亮、ありがとね。迷惑かけてごめんね』 
 扉を閉める間際の唯の言葉が木霊すると、閃光が走るように辿り着く。
 あの時の談話室。俺と徳島さんが話し込んでいたのを聞いていたとしたら。この一連の騒動の黒幕が誰なのか気付いていたとしたら。
 突然、吹く冷たい風が亮の体温を一気に奪い取っていく。背筋が痛いほど冷たい。今まで気づかなかった感覚が一気に研ぎ澄まされて、階段を駆け上がろうとした。が、再度鳴らされるクラクションで行く手を阻まれる。
 亮は奥歯をギリギリ噛みながら、足を踏み鳴らすとひなに早口に懇願するようにいった。

「ひなさん。頼みがある。唯のことをよく見ていてほしいんだ。特にバイト先には行かないように」
「え? でも、唯バイトは行かないって言ってたけど……」
「ともかく、唯に何か少しでも変な動きがあったら教えてほしいんだ。些細なことでもいいから、何かあったら連絡をくれないか? 俺が出られないときは、マネージャーの徳島という女性が出るようにしておくから」
 亮の鬼気迫る物言いに、一瞬怯みながらもひなは頷いていた。
「……わかりました」
 手早く連絡先を交換しひなと別れた。
 亮は遠くなっていくアパートに後ろ髪を強く引かれ、振り返り、転びそうになりながら、祈るようにその場を後にした。
 
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