背中越しの恋人

雨宮 瑞樹

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窮追6

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 そろそろ亮が迎えに来る時間だ。
 
 荷物を詰め終わった唯はそんなことを思いながら、飲み物でも買いに行こうと病室を出てそのまま自動販売機のある談話室に向かおうとした。すると、徳島と亮が話し込む声が聞こえてきた。わざわざ病室の外で話をしているということは、自分は聞いてはいけない話なんだろう。盗み聞きはさすがによくないわよね。そう思い、唯が踵を返そうとしたが、聞こえてくる内容が唯の足を止めていた。

「……記事はいつ出される?」
「四日後です」
「……そうか」 
「あの写真だけだったら、暗くて水島さんの素性はわからないはずです。水島さんも回りに言いふらすようなことはしていないから、すぐにはわからないと思います。ですが、時間の問題かと……」
 そんな会話が響いてきて、唯はぐっと拳を握る。
 やっぱり、あの記事出てしまうのか。元はといえば、私の身勝手で亮は追いかけてきてくれたのだ。あんな写真を撮られたのは、私に責任がある。だから、私のことなんかどうでもいいから、亮のことだけに集中してほしい。そう言いたくて唯は、一歩踏み出そうとした。が、それよりも早くまた徳島の声何かを取り出す音が響いてタイミングを失い半歩下がる。
 話し声は聞こえるけれど、最初の内容はごそごそ取り出す音でよくわからなかった。けれど、急に何の雑音もしなり、徳島の音量は相変わらず小さいのに、急に大きく聞こえてきた。そして、唯の息をするのを忘れるくらいの衝撃が走る。

「こんなこと、水島さんが知ったら……」
 
 唯の鼓膜を突き破って直接頭の中に入って暴れまわる。病室で目覚めたとき、徳島の言葉で作られた自分を奮い立たせるための薄い膜が壊れていく。その途端、何とか堰き止めていた黒い波が何もかも飲み込んでいった。
 これまで、亮の身に起きたことは全部。亮にあんなに大変な思いをさせたのは、私のせい。これから起こるもっと酷いことも、私のせい。何もかも、私のせいだ。あの時、冷たくあしらったから。私が、端的でも亮の影漂わせてしまったから。血が滲むほどの後悔をその胸に刻みながら唯は、影のように静かに病室に戻りベッドに座る。自分の体を沈めていくベッドの感覚は、どこまでも暗く冷たい波に呑まれいくようだった。体の芯から冷えて身動きができず沈んでいく。見上げても水面さえも見えない。そんな中で唯の身体から弾き出されるように、ぶれない確かな思いが上へと浮かんでいく。
 亮にこれ以上迷惑をかけられない。私が。私が何とかしなければ。
 強い光を放ち水面を目指し進むその道を唯は必死に辿っていく。
 記事が出るのは四日後だと、確か言っていたはずだ。ならば、今何かすれば間に合うかもしれない。あの記事を書かせた本人が取り下げるといってくれたら。あの記事は差し止めることができるかもしれない。私の身なんかどうだっていい。亮を亮を助けれなければ。私ができることをしなければ。

 その時、ベッドサイドに置いてあったスマホが震えた。
 光につられて、画面を見るとバイト先の佐々木先輩からだった。バイト先には入院したことは知らせておらず、風邪を引いたとだけ伝えてあった。唯は画面をゆっくりと動かす。
『体調、大丈夫? 大変な時にごめんね。実は明日の夜、大阪さんの送別会をすることになったの。水島さんは当然欠席でしょうって言ったんだけど、一応聞いてほしいって幹事の山形くんに言われたので連絡しました。欠席でいいわよね? 返事待ってます』
 唯は迷わず指を滑らせた。

『出席します』
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