背中越しの恋人

雨宮 瑞樹

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窮追

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 ――翌日の朝

 唯の病室に用意してもらった簡易ベッドから身を起こした。
 唯は未だに眠ったまま。起こさないようにビッグテレビ社長との面会のために身支度を整えていると、ノック音と共に徳島が入ってきた。

「相手は一応社長なんですから、ちゃんとした格好で行ってくださいね」
 そう言って、押し付けられた紙袋には、ジャケット、シャツ、スラックス、革靴と一式そろえられた服が入っていた。
「助かる」
「いいですか? あの社長は、下から這い上がって今の座を手に入れた人です。大したことなさそうに見えても、頭も切れるし、一筋縄じゃ行かない。勿論、宮川さんもいちいちそんなこと言われなくてもわかっているでしょうが……くれぐれも慎重に。落ち着いて挑んでください」
 亮は手渡された紙袋を持って洗面所に入って、壁の向こう側の徳島に話しかけながら手早く着替えをしていく。
「……頭じゃわかってるつもりだよ。けど、今回は正直ずっと冷静でいられるかって言ったら自信はない」
 珍しく後ろ向きな言葉が出る亮に、壁の向こう側にいてもわかるほど息をのむ音が聞こえた。だが、亮は髪と言葉をゆっくり整えながら、その先を続けた。
「もしかしたら、徳島さんにもこれまで以上に迷惑をかけることになるかもしれない。だから、俺のマネージャーから足を洗うことも考えることも検討しておいてほしいんだ。わざわざこれまで築いてきた経歴に汚点を残すことはないよ。徳島さんは、この業界で引く手あまただ。遠慮なく手を引いてもらって構わないからさ」
 すべての準備を終えて、出てきた亮。亮の人目を惹く独特のオーラを醸し出しているパリッときまった全身を徳島の鉄壁の銀縁メガネに映していた。いつもなら分厚いレンズのせいか、徳島は感情がないように見えるはずのに、今はやけに口惜しさのような悲しそうな瞳がメガネの奥から亮の視界に届いてきた。けれど、そんな徳島の憂いは一瞬で消えていた。

「……宮川さんは、私に辞めてもらいたいですか?」
 眼光鋭くそう聞き返してくる徳島に亮は驚きながらも間髪入れずに答えた。
「そんなわけないだろ」
 映画に関しては一人でもやっていける自信はあった。けれど、こういったマスコミ業界に関しては、本当に煩わしくて仕方がなかった。何でわざわざテレビやら雑誌にでなきゃいけないのか。半ば自暴自棄になった時期もあった。だが、たぶんその頃の自分は相当荒れていたはずだ。なのに、彼女は嫌な顔一つせず決して見捨てたりしなかった。今の自分をここまで押し上げてくれたのは徳島に他ならない。
「なら、らしくないことを言わないで結構です。私は、宮川さんに就くと決まった時からとことん付き合ってやると覚悟していました。それに仕事を途中で投げ出すようなことをしたら、一生後悔します。私の人生の汚点です。
 私はあなたの才能は本物だと確信しています。周りだってそれを理解しているから、嫉妬している。宮川さんには真正面からぶつかっても勝てない。だから、周りから潰しにかかってくる。私はそんな汚い奴らが大嫌いです。あなたに負けてほしくないと思っています。あなたの正直さや真っすぐさは時に諸刃の剣です。ですが、それがあなたの最大の武器でもある。だったら、私はその反動を阻止するために全力を尽くします。そして、あなたが手掛ける作品を私はちゃんと見たい。それが、私の願いであり使命だと思っています」

 淀みなくはっきりと告げる徳島の声。いつもなら眼鏡のせいかで彼女の感情は薄れていくのに彼女が秘めていた思いがレンズを突き抜けて、身体の中心に真っすぐ届いて胸が熱くなる。
 一見感情を持ち合わせてないように見える徳島の熱い思い。自分にどれだけの期待と、覚悟を預けてくれたのかと思ったら、込み上げてくるものが多すぎて胸が詰まった。そんな感情と熱くなりすぎた胸を冷ますように、亮は息を深く吐くと深々と頭を下げた。
「……ありがとう、徳島さん。これからもよろしくお願いします」
 そんな亮にふっと笑う徳島は、また元の分厚いレンズを取り戻したかのようにキラリと光らせて淡々と言った。
「言われなくても、そのつもりです。水島さんのことは、私がみていますので心置きなくやってきてください」
 まるで暴力団の権力闘争でもしに行く人間を見送るかのような言い方に、亮は顔を上げて笑い、気を引き締めた。
「じゃあ、唯を頼んだ」
「任せてください」
 徳島の気合の入った声に背中を押され、亮はビッグテレビへと向かった。
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