39 / 57
窮追
しおりを挟む――翌日の朝
唯の病室に用意してもらった簡易ベッドから身を起こした。
唯は未だに眠ったまま。起こさないようにビッグテレビ社長との面会のために身支度を整えていると、ノック音と共に徳島が入ってきた。
「相手は一応社長なんですから、ちゃんとした格好で行ってくださいね」
そう言って、押し付けられた紙袋には、ジャケット、シャツ、スラックス、革靴と一式そろえられた服が入っていた。
「助かる」
「いいですか? あの社長は、下から這い上がって今の座を手に入れた人です。大したことなさそうに見えても、頭も切れるし、一筋縄じゃ行かない。勿論、宮川さんもいちいちそんなこと言われなくてもわかっているでしょうが……くれぐれも慎重に。落ち着いて挑んでください」
亮は手渡された紙袋を持って洗面所に入って、壁の向こう側の徳島に話しかけながら手早く着替えをしていく。
「……頭じゃわかってるつもりだよ。けど、今回は正直ずっと冷静でいられるかって言ったら自信はない」
珍しく後ろ向きな言葉が出る亮に、壁の向こう側にいてもわかるほど息をのむ音が聞こえた。だが、亮は髪と言葉をゆっくり整えながら、その先を続けた。
「もしかしたら、徳島さんにもこれまで以上に迷惑をかけることになるかもしれない。だから、俺のマネージャーから足を洗うことも考えることも検討しておいてほしいんだ。わざわざこれまで築いてきた経歴に汚点を残すことはないよ。徳島さんは、この業界で引く手あまただ。遠慮なく手を引いてもらって構わないからさ」
すべての準備を終えて、出てきた亮。亮の人目を惹く独特のオーラを醸し出しているパリッときまった全身を徳島の鉄壁の銀縁メガネに映していた。いつもなら分厚いレンズのせいか、徳島は感情がないように見えるはずのに、今はやけに口惜しさのような悲しそうな瞳がメガネの奥から亮の視界に届いてきた。けれど、そんな徳島の憂いは一瞬で消えていた。
「……宮川さんは、私に辞めてもらいたいですか?」
眼光鋭くそう聞き返してくる徳島に亮は驚きながらも間髪入れずに答えた。
「そんなわけないだろ」
映画に関しては一人でもやっていける自信はあった。けれど、こういったマスコミ業界に関しては、本当に煩わしくて仕方がなかった。何でわざわざテレビやら雑誌にでなきゃいけないのか。半ば自暴自棄になった時期もあった。だが、たぶんその頃の自分は相当荒れていたはずだ。なのに、彼女は嫌な顔一つせず決して見捨てたりしなかった。今の自分をここまで押し上げてくれたのは徳島に他ならない。
「なら、らしくないことを言わないで結構です。私は、宮川さんに就くと決まった時からとことん付き合ってやると覚悟していました。それに仕事を途中で投げ出すようなことをしたら、一生後悔します。私の人生の汚点です。
私はあなたの才能は本物だと確信しています。周りだってそれを理解しているから、嫉妬している。宮川さんには真正面からぶつかっても勝てない。だから、周りから潰しにかかってくる。私はそんな汚い奴らが大嫌いです。あなたに負けてほしくないと思っています。あなたの正直さや真っすぐさは時に諸刃の剣です。ですが、それがあなたの最大の武器でもある。だったら、私はその反動を阻止するために全力を尽くします。そして、あなたが手掛ける作品を私はちゃんと見たい。それが、私の願いであり使命だと思っています」
淀みなくはっきりと告げる徳島の声。いつもなら眼鏡のせいかで彼女の感情は薄れていくのに彼女が秘めていた思いがレンズを突き抜けて、身体の中心に真っすぐ届いて胸が熱くなる。
一見感情を持ち合わせてないように見える徳島の熱い思い。自分にどれだけの期待と、覚悟を預けてくれたのかと思ったら、込み上げてくるものが多すぎて胸が詰まった。そんな感情と熱くなりすぎた胸を冷ますように、亮は息を深く吐くと深々と頭を下げた。
「……ありがとう、徳島さん。これからもよろしくお願いします」
そんな亮にふっと笑う徳島は、また元の分厚いレンズを取り戻したかのようにキラリと光らせて淡々と言った。
「言われなくても、そのつもりです。水島さんのことは、私がみていますので心置きなくやってきてください」
まるで暴力団の権力闘争でもしに行く人間を見送るかのような言い方に、亮は顔を上げて笑い、気を引き締めた。
「じゃあ、唯を頼んだ」
「任せてください」
徳島の気合の入った声に背中を押され、亮はビッグテレビへと向かった。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
背中越しの恋
雨宮 瑞樹
恋愛
高校二年生の水島唯と宮川亮。
二人は幼稚園の頃からの幼なじみで、高校2年生になっても変わらずいつも一緒にいる二人。
二人は共に惹かれ合っているが、なかなか言い出せずにこれまで過ごしてきた。
亮は、有名映画監督の息子。
その上、スポーツ万能、頭脳明晰、ものづくりも得意という多才な持ち主。
持ち前の明るさで、自然と人を惹き付ける魅力溢れる男の子。
一方の唯は、ごく普通の女の子。
唯自身は平凡な人間が亮の隣にいるべきではないと、思っていた。
小さい頃は、何も考えず二人一緒にいても許されたはずなのに。
成長すればするほど、息苦しくなっていく。
幼馴染みという関係は、お互いの温もりを感じるほど近いのに、恋というものに最も遠い。
近づく勇気が持てない二人。
悩みながら。
苦しみながら。
答えを導き出してゆく。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる