32 / 57
波乱
しおりを挟む
「ふぅ。こんな感じかな?」
テレビ台をリビングの壁に置きながら、唯は満足気に微笑んだ。
バイトは入ってはいるが、今日は休日。亮から届いた大荷物の荷ほどきで忙しく動き回っていた。タンスや小物入れ、テレビ。なかった冷蔵庫はわざわざ新品を送ってきてくれた。亮にお礼の電話をした時に「手伝いに行こうか?」と言われた。
山口アナウンサーとの熱愛報道は、互いの芸能事務所との話し合いの結果交際否定文書を出すことで決着していた。話によると、徳島が人を殺さんばかりの猛抗議が功を奏した形だったらしい。おかげで、亮に張り付いていた数十社いた記者たちは解散。身動き取れない状態は、解消され、落ち着きを取り戻しつつあった。とはいえ、亮は初監督作品が本格的に始動し始めている。多忙を極めている人に頼めるはずもない。全部自分でやると言ったら「マネージャーの徳島さんが唯と話したいって言ってるから、手伝いついでにどう?」と言われ言葉に詰まった。徳島マネージャーといえばどうしてもあの冷たい眼鏡が思い出されて鳥肌が立った。
「遠慮しておくよ」
と唯が苦笑いしながら言うと、「唯も徳島さん恐怖症にかかったかと」亮は笑っていた。
「確かに容赦ないし、冷たい物言いで一見、冷酷人間に思えるけど、本当はめちゃくちゃいい人なんだぜ」
「……何となく、云わんとしていることはわかる気がする。だけど……ねぇ?」
あれだけ、きっぱりと亮と別れろと言われて、結局聞く耳を持たなかった私だ。今会ったら、どんな顔をされるのか。想像しただけでも、冷や汗が噴出してくる。
「わかったよ。じゃあ、そのうち俺が間に入るからご飯でも食べに行こうぜ」
「うん、わかった」
そんな会話をして、電話を切った。
その後はどんな部屋にしようか配置などいろいろ考えることに専念し、あれこれ考えながら没頭していけば、どんどん楽しくなってきて、この先何もかもうまくいくと思えて気持ちが浮かんでいくから不思議だ。この先は、どんなことが起きても前向きに行こう。そんな決意を胸にしつつ、片づけを再開。けれど、ふとした瞬間はやはりひなのことがどうしても頭を掠めた。
あれから、一週間。ひなに謝りたい。そう思って、下の階のひなの部屋のインターホンを鳴らしにいった。けれど、出てはくれず、大学に行っても欠席で一度も顔を合わすことがきていなかった。唯は母のいない平日の昼間に実家に戻って、残りのもの持ってきていた小物をしまいながら深いため息を吐く。大学入学当初から仲が良かったのにも関わらず、嘘ばかりついていた自分に嫌気がさす。あの時は、亮と付き合っていることを隠し通さなければということばかり頭を巡って、他のことなんて何も考えていなかった。未熟な自分が恨めしくて仕方ない。あんな下手な嘘なんてつかず、信頼しているひなにはちゃんと話しておけばよかった。そんなことをまた考え始めたら、また陰鬱さに支配されそうになって、いつの間にか止まっていた手をまた動かそうとしたら。スマホの画面がけたたましく鳴り始めた。
誰かしら? 時刻はまだ昼過ぎ。亮は終日打ち合わせだと言っていたから、こんな時間に連絡はないはずだと思いながら手に取り確認すれば見知らぬ電話番号。時々、バイト先から緊急のシフトチェンジがあると登録していない電話番号から電話がかかってくることがある。そういった類かしら? そう予測しながらスマホを手に取った。
「もしもし」
「あぁ、唯ちゃん?」
その声とその名前の呼び方。唯の中心に不快な波が押し寄せて、容赦なく襲い掛かってきた。
「俺。フミヤだよ」
ぐっと目を瞑り、電話に出てしまったことに心底後悔する。そもそも、何で私の電話番号を知っているのよ。そう言おうとする前にフミヤは答えていた。
「電話番号は、ひなから聞いたんだ」
ひなの名前が出てきて、思考回路が一瞬とまる。ひなが私にどんな感情を持ってフミヤに教えたんだろう? 深く考えようとしたらそのまま暗い穴に突き落とされそうになって、余計なことをこれ以上考えないために思考を停止することにした。だが、フミヤの止まらぬお喋りに強制的に回路が流れ始める。
「この前、あの男が入ってきて中断されちゃったからさ。ちゃんと話したいと思って」
その返答に唯は目を呆れて見開く。あんな状況に出くわしておきながら、よくそんなことがいえたものだ。普通の神経の持ち主ならば、相手に恋人がいるとわかったら引き下がるものなんじゃないのだろうか。
「今度ご飯でも行かない?」
平然とそう言い放つフミヤに どれだけ強い精神力の持ち主なんだろうと思いながら、唯は早口に捲し立てて断絶した。
「私、恋人がいるのでごめんなさい。これから私バイトで忙しいので失礼します」
唯はスマホをポイっと投げ捨てた。
せっかく浮上してい気持ちが沈んでいかないように、唯は深呼吸をして新しい空気を肺いっぱいに吸い込む。けれど、すぐに萎んでいきそうだ。
バイトまで少し時間はあるけれど、気晴らしも兼ねて今日は早く出てしまおう。そう思い、唯は素早く身支度を整えて部屋を出た。
テレビ台をリビングの壁に置きながら、唯は満足気に微笑んだ。
バイトは入ってはいるが、今日は休日。亮から届いた大荷物の荷ほどきで忙しく動き回っていた。タンスや小物入れ、テレビ。なかった冷蔵庫はわざわざ新品を送ってきてくれた。亮にお礼の電話をした時に「手伝いに行こうか?」と言われた。
山口アナウンサーとの熱愛報道は、互いの芸能事務所との話し合いの結果交際否定文書を出すことで決着していた。話によると、徳島が人を殺さんばかりの猛抗議が功を奏した形だったらしい。おかげで、亮に張り付いていた数十社いた記者たちは解散。身動き取れない状態は、解消され、落ち着きを取り戻しつつあった。とはいえ、亮は初監督作品が本格的に始動し始めている。多忙を極めている人に頼めるはずもない。全部自分でやると言ったら「マネージャーの徳島さんが唯と話したいって言ってるから、手伝いついでにどう?」と言われ言葉に詰まった。徳島マネージャーといえばどうしてもあの冷たい眼鏡が思い出されて鳥肌が立った。
「遠慮しておくよ」
と唯が苦笑いしながら言うと、「唯も徳島さん恐怖症にかかったかと」亮は笑っていた。
「確かに容赦ないし、冷たい物言いで一見、冷酷人間に思えるけど、本当はめちゃくちゃいい人なんだぜ」
「……何となく、云わんとしていることはわかる気がする。だけど……ねぇ?」
あれだけ、きっぱりと亮と別れろと言われて、結局聞く耳を持たなかった私だ。今会ったら、どんな顔をされるのか。想像しただけでも、冷や汗が噴出してくる。
「わかったよ。じゃあ、そのうち俺が間に入るからご飯でも食べに行こうぜ」
「うん、わかった」
そんな会話をして、電話を切った。
その後はどんな部屋にしようか配置などいろいろ考えることに専念し、あれこれ考えながら没頭していけば、どんどん楽しくなってきて、この先何もかもうまくいくと思えて気持ちが浮かんでいくから不思議だ。この先は、どんなことが起きても前向きに行こう。そんな決意を胸にしつつ、片づけを再開。けれど、ふとした瞬間はやはりひなのことがどうしても頭を掠めた。
あれから、一週間。ひなに謝りたい。そう思って、下の階のひなの部屋のインターホンを鳴らしにいった。けれど、出てはくれず、大学に行っても欠席で一度も顔を合わすことがきていなかった。唯は母のいない平日の昼間に実家に戻って、残りのもの持ってきていた小物をしまいながら深いため息を吐く。大学入学当初から仲が良かったのにも関わらず、嘘ばかりついていた自分に嫌気がさす。あの時は、亮と付き合っていることを隠し通さなければということばかり頭を巡って、他のことなんて何も考えていなかった。未熟な自分が恨めしくて仕方ない。あんな下手な嘘なんてつかず、信頼しているひなにはちゃんと話しておけばよかった。そんなことをまた考え始めたら、また陰鬱さに支配されそうになって、いつの間にか止まっていた手をまた動かそうとしたら。スマホの画面がけたたましく鳴り始めた。
誰かしら? 時刻はまだ昼過ぎ。亮は終日打ち合わせだと言っていたから、こんな時間に連絡はないはずだと思いながら手に取り確認すれば見知らぬ電話番号。時々、バイト先から緊急のシフトチェンジがあると登録していない電話番号から電話がかかってくることがある。そういった類かしら? そう予測しながらスマホを手に取った。
「もしもし」
「あぁ、唯ちゃん?」
その声とその名前の呼び方。唯の中心に不快な波が押し寄せて、容赦なく襲い掛かってきた。
「俺。フミヤだよ」
ぐっと目を瞑り、電話に出てしまったことに心底後悔する。そもそも、何で私の電話番号を知っているのよ。そう言おうとする前にフミヤは答えていた。
「電話番号は、ひなから聞いたんだ」
ひなの名前が出てきて、思考回路が一瞬とまる。ひなが私にどんな感情を持ってフミヤに教えたんだろう? 深く考えようとしたらそのまま暗い穴に突き落とされそうになって、余計なことをこれ以上考えないために思考を停止することにした。だが、フミヤの止まらぬお喋りに強制的に回路が流れ始める。
「この前、あの男が入ってきて中断されちゃったからさ。ちゃんと話したいと思って」
その返答に唯は目を呆れて見開く。あんな状況に出くわしておきながら、よくそんなことがいえたものだ。普通の神経の持ち主ならば、相手に恋人がいるとわかったら引き下がるものなんじゃないのだろうか。
「今度ご飯でも行かない?」
平然とそう言い放つフミヤに どれだけ強い精神力の持ち主なんだろうと思いながら、唯は早口に捲し立てて断絶した。
「私、恋人がいるのでごめんなさい。これから私バイトで忙しいので失礼します」
唯はスマホをポイっと投げ捨てた。
せっかく浮上してい気持ちが沈んでいかないように、唯は深呼吸をして新しい空気を肺いっぱいに吸い込む。けれど、すぐに萎んでいきそうだ。
バイトまで少し時間はあるけれど、気晴らしも兼ねて今日は早く出てしまおう。そう思い、唯は素早く身支度を整えて部屋を出た。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説

【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

覚悟はありますか?
翔王(とわ)
恋愛
私は王太子の婚約者として10年以上すぎ、王太子妃教育も終わり、学園卒業後に結婚し王妃教育が始まる間近に1人の令嬢が発した言葉で王族貴族社会が荒れた……。
「あたし、王太子妃になりたいんですぅ。」
ご都合主義な創作作品です。
異世界版ギャル風な感じの話し方も混じりますのでご了承ください。
恋愛カテゴリーにしてますが、恋愛要素は薄めです。
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる