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すれ違い2
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――ビッグテレビ局の控室
昨晩から唯に連絡を入れていたが、一向に出る気配がない様子に亮はやきもきしていた。
ホテルで会った後唯がちゃんと帰宅できたかというのも気になったがそれ以上に徳島と唯をほんの短い時間といえど、一緒にいさせるべきではなかったと後悔し始めていた。あの徳島だ。二人きりの時間があれば、あの厳しい口調で唯に容赦ない言葉を浴びせることくらい少し考えればわかるはずだったのに。正面切って徳島にぶつけられた剛速球を唯が軽く受け流すなんて出きるような性格ではないくらいよく知っている。特に俺という存在を前面に出されたら、唯はその球に自らぶつかっていこうとするだろう。唯がどんな心境の変化があったかくらい簡単に想像できる。現に唯からの折り返しの電話がないことが、その変化の一つだ。
あの時は、唯に会えたことで気持ちが舞い上がっていたのかもしれない。二人にさせないようにすべきだったのに、そこまで気も回らず、冷静さを欠いていたことは否めない。
そんなモヤモヤした心持のまま亮は出番の回ってきたと徳島に呼ばれた。
「宮川さん、スタジオまでお願いします」
先導する徳島の後を追いながら、その横顔をちらりと確認しても、いつも通りの鉄壁の無表情。ここで、唯の話を出すほど子供じみたこともしたくない。突き詰めて考えてみれば、確かにこの変化のきっかけは徳島ではあるが、結局本当の原因は自分自身であるという認識は少なからずあった。渡米していた時も自分の話ばかりで、唯の話はろくに聞けてなかった。それに気づいたのは、唯に会った昨日だ。ぐるぐる回る思考から抜け出せと言わんばかりに、これから始まる仕事の説明が始まった。
「今日の収録は対談形式で、インタビュアーはビッグテレビの山口アナウンサーです」
「山口? 」
「アメリカにも何度も宮川さんにコメントを取りに来ていた女子アナですよ。まさか、覚えてないんですか?」
「誰だっけ?」
「長い黒髪にいつもミニスカートを履いてきていた、アイドル上がりのアナウンサーですよ」
「あぁ!」
「あなたは、本当に興味のないものは全部頭から抜けていきますよね」
徳島の背後にまた、メラメラと黒い炎が出現し始めて、亮は苦笑いを浮かべながら、そのアナウンサーを思い出していた。
マスコミ陣の最前列に黒髪をなびかせ陣取り、毎回ド派手な服を着ていた女性だ。声が高い上に声量があるため、その女性が一方的に話しているのが嫌でも耳に入ってくるという騒がしい印象しかない。正直苦手なタイプだという認識だが、仕事だから文句も言えない。
現場に行くと、乱れのない真っすぐな艶々の黒髪と真っ赤なドレスを着たその女子アナが先に椅子に座って待っていた。ツンと強い香水の香りが鼻について、思わず顔をしかめそうになるが亮は無理やり口角を上げた。
「お久しぶりです! 宮川さん」
飛び上がらんとばかりに椅子から立ち上がって、気の強そうな目を向けてきた。
「その節は、わざわざ遠いところまで足を延ばしていただいて、ありがとうございました」
「ちゃんと覚えてくれていたんですね! とっても嬉しいです! このドレスどうですか? この日の為に、自前で購入してきたんです」
「……まぁ、いいんじゃないですかね」
亮の建前の言葉を額面以上に受け取った山口は亮の腕を親しげに掴んでくる。亮が顔をしかめそうになるのを何とか抑え込んでいるのも知らず、上機嫌でケラケラと笑っていた。やっぱり、この人は苦手だと再認識しながら、スタッフの誘導と共に山口の手から逃れて椅子に座ると、山口も少し乱れた髪を整えるとカメラが回り始めた。
「今日は、宮川亮さんにお越しいただきました。連日お忙しい中、お時間いただいてありがとうございます」
「いえ、皆様のお力があってこその今ですから」
「あの『ザ・ヴィーナス』の作品で、ガラリと環境が変わったかと思います。作品を拝見させていただきましたが、まるで宮川さんは、あの作品の主人公のようだなって私思ったんですよ」
山口の感想は会う人に言われてきた。この映画のようにスターへの階段を駆け上っていったのは宮川亮自身だったのではないか。あの映画は、まさに宮川亮そのものではないのか、と口をそろえていた。だが、唯だけは違った。
『一見、亮はこの主人公みたいに幸運が重なって一気に階段を駆け上がったみたいに見えるけれど、全然違うよね。亮めちゃくちゃ努力と呆れるくらい地道な積み重ねが今に繋がったんだもの。あの映画の女の子とは比べ物にならないくらい、亮には厚みと重みがあるんだよ』
すべてを見守ってきてくれた人だからこそ言える言葉は、心の奥底の一番柔らかい場所へすんなりと染み込んでいった。あの時ほど、電話が恨めしく、唯が隣にいないことがもどかしいと思ったことはない。
「賞を受賞したとき、いの一番に報告したのは誰だったんですか?」
その質問に亮は柔らかな笑みを浮かべて即答した。
「ずっと見守ってくれていた人です」
亮の表情が急に変わったことに驚いたのか「え?」と少し目を見開く山口。その瞳は先ほどまであった輝きが鈍っているように見えた。乱れた髪を撫でつけながら「それは、どんな方なんですか?」と鋭い声が飛んできた。
「家族みたいなものです」
「みたい? ご家族ではないということですか? もしかして……」
そのあとの山口の追及は徳島マネージャーの声が遮っていた。
「今日のインタビューは受賞作品のことと今後の宮川の活動のみとの約束です。関係のないお話はご遠慮ください」
山口のムッとした顔にある瞳は濁り始めていた。そのあと、続いた質問はやる気を失ったのかさらりとした内容ばかり。亮はその方が有難くやり易かったが、山口の不満は端々ににじみ出ていた。
そして、滞りなくインタビューは終わりを告げていた。
昨晩から唯に連絡を入れていたが、一向に出る気配がない様子に亮はやきもきしていた。
ホテルで会った後唯がちゃんと帰宅できたかというのも気になったがそれ以上に徳島と唯をほんの短い時間といえど、一緒にいさせるべきではなかったと後悔し始めていた。あの徳島だ。二人きりの時間があれば、あの厳しい口調で唯に容赦ない言葉を浴びせることくらい少し考えればわかるはずだったのに。正面切って徳島にぶつけられた剛速球を唯が軽く受け流すなんて出きるような性格ではないくらいよく知っている。特に俺という存在を前面に出されたら、唯はその球に自らぶつかっていこうとするだろう。唯がどんな心境の変化があったかくらい簡単に想像できる。現に唯からの折り返しの電話がないことが、その変化の一つだ。
あの時は、唯に会えたことで気持ちが舞い上がっていたのかもしれない。二人にさせないようにすべきだったのに、そこまで気も回らず、冷静さを欠いていたことは否めない。
そんなモヤモヤした心持のまま亮は出番の回ってきたと徳島に呼ばれた。
「宮川さん、スタジオまでお願いします」
先導する徳島の後を追いながら、その横顔をちらりと確認しても、いつも通りの鉄壁の無表情。ここで、唯の話を出すほど子供じみたこともしたくない。突き詰めて考えてみれば、確かにこの変化のきっかけは徳島ではあるが、結局本当の原因は自分自身であるという認識は少なからずあった。渡米していた時も自分の話ばかりで、唯の話はろくに聞けてなかった。それに気づいたのは、唯に会った昨日だ。ぐるぐる回る思考から抜け出せと言わんばかりに、これから始まる仕事の説明が始まった。
「今日の収録は対談形式で、インタビュアーはビッグテレビの山口アナウンサーです」
「山口? 」
「アメリカにも何度も宮川さんにコメントを取りに来ていた女子アナですよ。まさか、覚えてないんですか?」
「誰だっけ?」
「長い黒髪にいつもミニスカートを履いてきていた、アイドル上がりのアナウンサーですよ」
「あぁ!」
「あなたは、本当に興味のないものは全部頭から抜けていきますよね」
徳島の背後にまた、メラメラと黒い炎が出現し始めて、亮は苦笑いを浮かべながら、そのアナウンサーを思い出していた。
マスコミ陣の最前列に黒髪をなびかせ陣取り、毎回ド派手な服を着ていた女性だ。声が高い上に声量があるため、その女性が一方的に話しているのが嫌でも耳に入ってくるという騒がしい印象しかない。正直苦手なタイプだという認識だが、仕事だから文句も言えない。
現場に行くと、乱れのない真っすぐな艶々の黒髪と真っ赤なドレスを着たその女子アナが先に椅子に座って待っていた。ツンと強い香水の香りが鼻について、思わず顔をしかめそうになるが亮は無理やり口角を上げた。
「お久しぶりです! 宮川さん」
飛び上がらんとばかりに椅子から立ち上がって、気の強そうな目を向けてきた。
「その節は、わざわざ遠いところまで足を延ばしていただいて、ありがとうございました」
「ちゃんと覚えてくれていたんですね! とっても嬉しいです! このドレスどうですか? この日の為に、自前で購入してきたんです」
「……まぁ、いいんじゃないですかね」
亮の建前の言葉を額面以上に受け取った山口は亮の腕を親しげに掴んでくる。亮が顔をしかめそうになるのを何とか抑え込んでいるのも知らず、上機嫌でケラケラと笑っていた。やっぱり、この人は苦手だと再認識しながら、スタッフの誘導と共に山口の手から逃れて椅子に座ると、山口も少し乱れた髪を整えるとカメラが回り始めた。
「今日は、宮川亮さんにお越しいただきました。連日お忙しい中、お時間いただいてありがとうございます」
「いえ、皆様のお力があってこその今ですから」
「あの『ザ・ヴィーナス』の作品で、ガラリと環境が変わったかと思います。作品を拝見させていただきましたが、まるで宮川さんは、あの作品の主人公のようだなって私思ったんですよ」
山口の感想は会う人に言われてきた。この映画のようにスターへの階段を駆け上っていったのは宮川亮自身だったのではないか。あの映画は、まさに宮川亮そのものではないのか、と口をそろえていた。だが、唯だけは違った。
『一見、亮はこの主人公みたいに幸運が重なって一気に階段を駆け上がったみたいに見えるけれど、全然違うよね。亮めちゃくちゃ努力と呆れるくらい地道な積み重ねが今に繋がったんだもの。あの映画の女の子とは比べ物にならないくらい、亮には厚みと重みがあるんだよ』
すべてを見守ってきてくれた人だからこそ言える言葉は、心の奥底の一番柔らかい場所へすんなりと染み込んでいった。あの時ほど、電話が恨めしく、唯が隣にいないことがもどかしいと思ったことはない。
「賞を受賞したとき、いの一番に報告したのは誰だったんですか?」
その質問に亮は柔らかな笑みを浮かべて即答した。
「ずっと見守ってくれていた人です」
亮の表情が急に変わったことに驚いたのか「え?」と少し目を見開く山口。その瞳は先ほどまであった輝きが鈍っているように見えた。乱れた髪を撫でつけながら「それは、どんな方なんですか?」と鋭い声が飛んできた。
「家族みたいなものです」
「みたい? ご家族ではないということですか? もしかして……」
そのあとの山口の追及は徳島マネージャーの声が遮っていた。
「今日のインタビューは受賞作品のことと今後の宮川の活動のみとの約束です。関係のないお話はご遠慮ください」
山口のムッとした顔にある瞳は濁り始めていた。そのあと、続いた質問はやる気を失ったのかさらりとした内容ばかり。亮はその方が有難くやり易かったが、山口の不満は端々ににじみ出ていた。
そして、滞りなくインタビューは終わりを告げていた。
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