背中越しの恋人

雨宮 瑞樹

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再会2

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 何の色にも染められない亮の黒い瞳にしっかりと唯を映し出されていた。しばらくしてふっと緩められた亮の視線は、唯から外されてばつが悪そうに頭をかき始める。
「こんなに騒がしくなったから、もう少ししたらカッコよく決めようと思ってたんだ。なのに唯が変に詰め寄ってくるから」
 照れ隠しの恨み節を含んだ言葉の数々に亮の顔は、ほんの少し赤く見えるのはきっと気のせいじゃないと唯は思いながらも頭は大混乱だ。自分から聞き出したこととはいえ、どう答えていいのかわからない。むしろこの件は聞かなかったことにすべきではないかと思い始めていると亮は口を尖らせていた。

「何でだんまりなんだよ」
「……いや……だって……。聞いちゃって悪かったなって……。それに、そんなこと考えてたなんて私微塵も思ってなかったから……」
「そんなに何も考えてないとでも思ってたのかよ……」
「昔から、過去も振りかえなければ、先のことだって考えないじゃない」
 唯のいう通りだ。過ぎ去った時間はもう戻ってはこないもので、いくら悔やんでも、感傷に浸っても、過去の栄光にすがっても仕方がない。まだ訪れない未来だっていくら夢を馳せても現実になるとは限らない。すべては今だ。目の前にある現実を全力で取り組む。そうやっていれば、先の未来は自然に拓いていくと、亮はそう信じている。その考えはいくら年を重ねようが揺るぎないと思っている。
 けれど、たった一つだけその考えに当てはまらないものがある。
「唯だけは、特別だ」
 
 いつの間にか亮は真剣な表情に変えて、唯の中心を真っすぐ捉えてくる。
 亮はいつだって正直な言葉をちゃんと伝えてくれる。そんな亮の言葉に舞い上がるほど嬉しいはずなのに。何でだろう。ぎゅっと胸が締め付けられて苦しくなる。

「……」
「何で黙りなんだよ」
 本当は、本当なら亮に抱きついて泣くほど喜びを爆発させたい。それが本音だ。けれど、昨晩の徳島からの電話の最後に付け加えられた言葉が鮮明に蘇って木霊する。それが唯の心の上に固く頑丈に蓋となって重く閉ざしていた。
「……嫌なのかよ」
 いつも自信満々の亮の声がいつになく不安げに揺れてか細い。その声がぐっと押さえつけてくる重りほんの少し軽くしてくれたのかもしれない。
「そんなわけないじゃない。嬉しいに決まってる」
 咄嗟の本音。
「だけど……亮はこれから先長いんだし、もっと考えた方がいい」と、そのあと唯が続けようとした言葉は重ねられた唇に塞がれて、言わせてはくれなかった。本当は亮のことが好きだ。この溢れる思いは、純粋に亮を思う気持ちで、この思いに嘘も偽りもない。

 私たちは小さいころからずっと一緒に同じ景色を見てきた。一緒に悩んで、笑って、怒って。家のドアを開ければ、すぐ目の前に亮がいた。そうやって、少しずつ近くで積み重ねた時間が私たちを引き寄せて惹かれ合っていった。
 
 けれど、私たちの今いる場所は、全く違う。こんなに高いところに亮はいて。私はごく平凡な学生で。亮の世界を私は何も知らない。
 せっかく花開き始めた亮の明るい未来に私は必要なのだろうか。

 こんなに近くにいるのに。互いのぬくもりを感じているはずなのに。胸が潰れそうなほどに苦しい。

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