背中越しの恋人

雨宮 瑞樹

文字の大きさ
上 下
10 / 57

距離9

しおりを挟む

「宮川さん! お帰りなさい!」
「キャー宮川さん! こっち向いて!」
「受賞おめでとうございます!」

空港に到着すると目眩がするほどの報道陣、警備員の数、カメラのフラッシュ、黄色い歓声が亮を出迎えた。笑顔でその声に答え、会釈する度に、また歓声と眩い光が視覚と聴覚を埋め尽くされる。空港スタッフに先導されるがまま着いていくと、車の前で先回りしていた徳島が待っていた。徳島と共に乗り込むとすぐに車は走り出した。その後ろから報道陣の車が追いかけてきているのを見て、亮は呟いた。

「はぁ……何か凄いことになってるんだな……」
「自覚していただけましたか?」
 冷えた視線と抑揚のない徳島の声を避けながら亮は「で、唯の方は……?」と尋ねると、彼女から殺気のようなものが生まれていた。
だが、亮はそういうものに耐性があるのか、平然としたまま視線を逸らすことはなかった。徳島は諦めを含んだため息を吐いていた。

「……ホテルのお部屋でお待ちだということです」
 その一言だけで、亮の顔がわかりやすくパァっと光が灯らせて「ありがとうございます」と深々と頭を下げていた。その単純さとわかりやすさに普段あまり笑顔を見せない徳島の顔に苦笑が漏れがすぐに口元を引き締めていた。
「いいですか? こういうことは今回限りにしてください。リスクは最小限に。それがこの業界の鉄則です」
 銀縁メガネをギラリと光らせて、鋭く睨んでくる。

 ハッキリと言い切る徳島に、反射的に亮が口を開きかける。が、奥歯を噛んで何とかそれを押し込めた。
 それでも、嫌々ながらも徳島は唯のために動いてくれたのだ。我儘を押し切った手前、今は言い争うことは慎むべきだと亮は言い聞かせる。亮は気を紛らわせるために、座席の背もたれに身を沈め窓の外を眺めた。

 青空は澄んでいてやけに奇麗に見える。陽光もどこか柔らかい。
 唯が、送り出してくれた日は季節は違えど、こんな風に雲一つない晴れた日だったことをふと思い出す。あの時は、こんな風に成功して帰ってくることが目標で、唯の前で胸を張って帰ることだけを考えていた。他のことなんて二の次で、ただ妥協せず次々と現れる壁を乗り越えることにがむしゃらだった。努力しさえすれば自然と唯と共に未来は拓けていくのだとひたすらに信じて疑うことはなかった。
 だが現実は、そんな単純で簡単なものじゃないのかもしれない。自分たちは今までと何も変わらないと思っていても、環境はどんどん変わって、思い描いていたような未来はそう簡単には掴ませてくれない。 
 唯がリスクだと言われてしまうような今が訪れるなんて、亮は少しも想像していなかった。

 車は停車するとまた息苦しくなるほどの出迎えが待ち構えていたが、亮はにこやかに対応した。もう少しで唯に会えるのなら、こんなこと大したことない。
 周りがどんなに変わろうが、俺たちが長い年月をかけて築いてきた絆は決して崩れることはない。亮はそう信じて疑うことはなかった。



「いいですか? 十八時からまた会食や記者会見や取材が入っています。それまでの間だけですよ」
「わかってるよ」
「あと、宮川さん。これまでは、雑誌等のメディア媒体が主でしたが、今後テレビ出演等も控えています。くれぐれも余計なことを口走らないように。何でもかんでも正直に答える必要はないんですからね……って、聞いてます?」

「聞いてるよ」といいながらも目線ほどにある亮の口元は、どう見ても緩んでいて浮かれていた。
 今この男に何を言っても全部右から左へと流れてしまうだろう。まったく……。ホテルの廊下を抜けエレベータで最上階へ向かう箱の中で、徳島は全身中の酸素をすべて吐き出したのではないかというほどの長く深いため息を吐いた。
 亮の態度は、決して悪くはない。天狗になることもなく、誰とでも気さくに会話を交わし、周囲に気遣い明るくする力がある。仕事も真摯に向き合うし、最高点だ。真っすぐで小賢しい真似は決してしない。それが、彼の最大の魅力なのだろう。その穢れない光を放っているからこそ、多くの人を惹きつけている。最大の魅力だ。
 だが、一方で思う。彼のその正直さ、誠実さはこの世界においてやっていけるのか不安ではある。だけど、その光を失わせることは決してさせてはならない。私が守ってやらなければ。徳島は静かな闘志を燃やしていた。

到着音がして、ドアが開く。その正面に唯の待つ部屋のドアが見えた。亮は急くように足を動かしていたが徳島は、エレベーターから一歩も出ることなく亮の背中に「二時間だけですからね?」釘を刺す。
「あぁ。ありがとう」
 顔は向けず、弾んだ声が飛んできたのを確認して徳島はまたロビーへと戻っていった。

 大げさではないかというほどの重厚なドアを躊躇うことなく開けた瞬間、いきなり胸に飛び込んできて亮は目を見開きながら受け止めていた。一番この腕に感じたかった温もりを閉じ込めながら一番会いたかったその名を呼ぶ。

「唯。ただいま」
「おかえり、亮」





しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

覚悟はありますか?

翔王(とわ)
恋愛
私は王太子の婚約者として10年以上すぎ、王太子妃教育も終わり、学園卒業後に結婚し王妃教育が始まる間近に1人の令嬢が発した言葉で王族貴族社会が荒れた……。 「あたし、王太子妃になりたいんですぅ。」 ご都合主義な創作作品です。 異世界版ギャル風な感じの話し方も混じりますのでご了承ください。 恋愛カテゴリーにしてますが、恋愛要素は薄めです。

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

処理中です...