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【加筆】逸る唯の思い7
「ごゆっくりお楽しみください」
映画館のチケット売り場で、唯は客にニコリと笑い送り出す。
それを見た隣にいる同じ受付バイトに入っている唯よりも半年早く入っていた一つ年上のモデルのような顔立ちの黒髪の佐々木先輩がニヤニヤしながら聞いてきた。
「水島さん最近ものすごく張り切ってるよね。なんかいいことあった?」
その手の話に敏感な佐々木先輩は少しの変化も見逃さない。その問いに、そうです。と本当は言いたいところだが、そんなこと言えるはずもない唯は逃げ道を作るために問い返した。
「え? 私、そんなに変でした?」
「ううん。むしろ、キラキラしてていい感じよ。だって、短期間で山形くんと大阪さんの二人に告白受けたんでしょ?」
あぁ、そのことか。と、目がどうしても暗い方向へ泳いでしまう。唯は忙しさで資料やパンフレットなど散らかっていたチケットカウンターの内側を整理する。この手の話は、何故かこの職場ではあっという間に広まるのは仕方がないとは思っていたが。
「私、大阪さんからは本人から聞いたのよ。見事にふられたけどねって」
それを聞いて唯は「え?」と、叫んでいた。本人自らがそんなことを他の人に話して聞かせるなんて。自分が今どんな顔をしていたのか知る術はなかったが、先輩はすぐに思いを理解してくれたようだから、相当わかりやすい顔をしていたんだろう。先輩は頷き、同情してくれた。
「そりゃあ、そんな顔になるわよね。私も大阪さんの常識を疑ったわよ。山形くんはその辺男よね。フラれたとか言いふらさなかったし」
じゃあ、何で知ってるのかと聞きたかったけれど、話が長くなりそうで唯は口を引き結んだ。 佐々木先輩はうんうんと何かに納得したように頷いたかと思ったら、急に眉を潜め始める。
「でね、私大阪さんに聞かれたの。 『水島さんが付き合ってる人ってどんな人か聞いてる?』って。そんなの知らないに決まってるって答えたら残念そうな顔して行っちゃったけどね」
先輩は、あの人一体何がしたいのかしらね、と呟きながら続けた。
「聞いたところによると大阪さんっていいところのお坊ちゃまなんですって。映画会社の副社長は既定路線で、その前に現場勉強のためにここで仕方なく一時的に働いてるらしいわよ。あ、ちなみに山形くんも出版社の社長息子らしいわよ。水島さんってそういういい家の男を引き付ける何かを持っているのかもしれないわね。ちょっと羨ましいなぁ」
先輩は、唯の脇腹を小突いて微笑んだ。
「そうは言っても、気を付けたほうがいいわよ。そういう金持ちの男って、自分には手に入れられないものはないと思っている節があるから。ストーカーにでもなったら、大変。何か困ったことがあったら、遠慮なくいってね」
その申し出に唯は感謝を述べて、その話は終わりになるかと思いきや、先輩は今度は先ほどの曇った表情が嘘のように輝かせて唯の顔を覗き込んできた。
あまりの変化に思わず、唯は後ずさる。
「でも、確かに私も気になるのよ。そんな男たちをことごとく振ってしまう水島さんが付き合ってる人のこと。ここの人たちには、絶対言わないから、聞かせてほしいな」
キラリと先輩の目に光が灯る。
佐々木先輩もまた、この手の話が大好物なのだということを思い出しながら、唯はどうしたものかと考えあぐねていると、タイミングよく目の前に客がやってきた。
唯は心底安堵しながら唯は「いらっしゃいませ」と今日一番の笑顔で対応していた。
いつもだったら大いに気にしていたはずのささくれも、家に帰って母に家事を押し付けられた不満も、自分への無関心さへの悲しみも今の唯には痛くも痒くもなかった。
むしろ操る糸のない風に乗り、飛んでいるカイトのように勝手に飛んでいってしまいそうな気持ちをコントロールする方が遥かに難しかった。そんな高ぶる気持ちを秘めたまま、唯は亮と再会の日を迎えた。
「ごゆっくりお楽しみください」
映画館のチケット売り場で、唯は客にニコリと笑い送り出す。
それを見た隣にいる同じ受付バイトに入っている唯よりも半年早く入っていた一つ年上のモデルのような顔立ちの黒髪の佐々木先輩がニヤニヤしながら聞いてきた。
「水島さん最近ものすごく張り切ってるよね。なんかいいことあった?」
その手の話に敏感な佐々木先輩は少しの変化も見逃さない。その問いに、そうです。と本当は言いたいところだが、そんなこと言えるはずもない唯は逃げ道を作るために問い返した。
「え? 私、そんなに変でした?」
「ううん。むしろ、キラキラしてていい感じよ。だって、短期間で山形くんと大阪さんの二人に告白受けたんでしょ?」
あぁ、そのことか。と、目がどうしても暗い方向へ泳いでしまう。唯は忙しさで資料やパンフレットなど散らかっていたチケットカウンターの内側を整理する。この手の話は、何故かこの職場ではあっという間に広まるのは仕方がないとは思っていたが。
「私、大阪さんからは本人から聞いたのよ。見事にふられたけどねって」
それを聞いて唯は「え?」と、叫んでいた。本人自らがそんなことを他の人に話して聞かせるなんて。自分が今どんな顔をしていたのか知る術はなかったが、先輩はすぐに思いを理解してくれたようだから、相当わかりやすい顔をしていたんだろう。先輩は頷き、同情してくれた。
「そりゃあ、そんな顔になるわよね。私も大阪さんの常識を疑ったわよ。山形くんはその辺男よね。フラれたとか言いふらさなかったし」
じゃあ、何で知ってるのかと聞きたかったけれど、話が長くなりそうで唯は口を引き結んだ。 佐々木先輩はうんうんと何かに納得したように頷いたかと思ったら、急に眉を潜め始める。
「でね、私大阪さんに聞かれたの。 『水島さんが付き合ってる人ってどんな人か聞いてる?』って。そんなの知らないに決まってるって答えたら残念そうな顔して行っちゃったけどね」
先輩は、あの人一体何がしたいのかしらね、と呟きながら続けた。
「聞いたところによると大阪さんっていいところのお坊ちゃまなんですって。映画会社の副社長は既定路線で、その前に現場勉強のためにここで仕方なく一時的に働いてるらしいわよ。あ、ちなみに山形くんも出版社の社長息子らしいわよ。水島さんってそういういい家の男を引き付ける何かを持っているのかもしれないわね。ちょっと羨ましいなぁ」
先輩は、唯の脇腹を小突いて微笑んだ。
「そうは言っても、気を付けたほうがいいわよ。そういう金持ちの男って、自分には手に入れられないものはないと思っている節があるから。ストーカーにでもなったら、大変。何か困ったことがあったら、遠慮なくいってね」
その申し出に唯は感謝を述べて、その話は終わりになるかと思いきや、先輩は今度は先ほどの曇った表情が嘘のように輝かせて唯の顔を覗き込んできた。
あまりの変化に思わず、唯は後ずさる。
「でも、確かに私も気になるのよ。そんな男たちをことごとく振ってしまう水島さんが付き合ってる人のこと。ここの人たちには、絶対言わないから、聞かせてほしいな」
キラリと先輩の目に光が灯る。
佐々木先輩もまた、この手の話が大好物なのだということを思い出しながら、唯はどうしたものかと考えあぐねていると、タイミングよく目の前に客がやってきた。
唯は心底安堵しながら唯は「いらっしゃいませ」と今日一番の笑顔で対応していた。
いつもだったら大いに気にしていたはずのささくれも、家に帰って母に家事を押し付けられた不満も、自分への無関心さへの悲しみも今の唯には痛くも痒くもなかった。
むしろ操る糸のない風に乗り、飛んでいるカイトのように勝手に飛んでいってしまいそうな気持ちをコントロールする方が遥かに難しかった。そんな高ぶる気持ちを秘めたまま、唯は亮と再会の日を迎えた。
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