5 / 57
距離4
しおりを挟む何なのよその上から目線。この人は亮の何も知らないくせに。どれだけ、亮が努力してきた知らないくせに。そのインテリ眼鏡は、物事を濁らせるためにあるのではないかと思えてくる。今にも溢れそうな怒り。けれど、そんな子供っぽいことをしてはダメだと、噛み砕けなくなった大きな異物を喉が痛くなるほど無理やり言葉を飲み下す。
胃の中に溜まっていた不快な異物たちは火薬へと変貌しつつあった。
「あぁ、そうだ。忘れてはいけない。顔がいいっていうどうでもいい武器があった。一番どうでもいいものが一番の奴の武器だなんて笑えるよな」
最後に付け足して大阪は嘲笑った。鼻にかかった笑い声が種火となり、一気に怒りの炎が上がる。テーブルに落としていた視線を上げて大阪を睨みつける。その目はギラリと赤く光っていた。怒りに染められた唯は、大阪の切れ長の目が大きくなったことを気づくことはできなかった。
「私はそうは思いません。彼は自分の父親の名前は、出さずに渡米して頑張ってきたんです。努力で駆け上がってきた本物の実力者です」
まだまだいい足りない。だけど、それだけで留めるのに唯は集中して下唇を噛んだ。鋭い視線はそのまま向けてくる唯に、大阪は顎に手をやり分析するように見返していた。
「へぇ。ずいぶん彼に肩入れするんだね、唯ちゃんは。考えてみたら、ずいぶん前から宮川亮のこと注目していたもんなぁ」
ただでさえ、大阪の目は切れ長で鋭いのに更に尖って見えて、ドキリと唯の心臓が跳ねた。そんなこと言ったことあったかしらと、どんなに掘り下げて思い返してみてもそんな記憶はなかった。首を傾げる唯に大阪の元からインテリ顔の顔をより一層強調させている黒縁眼鏡をぐいっと上げていった。
「宮川亮が噛んでいる映画を必ずチェックしてそれを何度も唯ちゃんが観てること、俺が知らないとでも?」
そういって、大阪はこれまで亮が絡んでいた映画を全部言い当てていた。亮の初めての作品はエンドロールにも名前がなかったはずなのに、大阪が列挙した作品名の中に入っていて、唯は唖然として声も出ない。
大阪はこの映画館の社員であるせいか、内部事情に異様に詳しい。日本人が関わっている海外映画とあれば、細部までチェックを入れいることは有名だ。
「いつから、宮川亮に注目していたの?」
「……大学の友達が宮川亮と同級生で、その子から話を聞いてから……ですかね。彼、どうやら昔から人気があったみたいで、ファンクラブみたいなのもあったらしいんです。で、その子もそのクラブに入っていて、やっぱり宮川亮のファンだったんです」
「そういうことだったんだ。なるほどね。だから、あんなに熱心に映画観てたんだね。あ、もしかして、宮川亮に会ったことあるの?」
唯の口から心臓が飛び出しそうなほど、跳ね上がる。
目が泳ぎだしそうなのを無理矢理大阪に引き留めて、唯は何とか無理やり笑顔を作っていた。
「そんなことあるわけないじゃないですか。同級生の話を聞いただけです。毎日のように彼の話をしてくるものだから、私もそんなにすごい人ならどんな映画に携わるんだろうって興味本位で気になって映画を観始めたっていうだけですよ」
「そりゃあ、そうだよな」
大阪の鋭かった目が少しだけ和らいで、笑顔がこぼれる。
納得してくれたのかという思いと、やっと解放される安堵感にほうっと息を吐く唯。
大阪は席を立ち休憩室のドアを開けていた。そして、大阪は唯に顔を向けることなくいった。
「君のことがよくわかった気がするよ」
という言葉とバタリとドアが閉じられる音が唯の中心で不快に響いていた。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説


あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

わたしのことはお気になさらず、どうぞ、元の恋人とよりを戻してください。
ふまさ
恋愛
「あたし、気付いたの。やっぱりリッキーしかいないって。リッキーだけを愛しているって」
人気のない校舎裏。熱っぽい双眸で訴えかけたのは、子爵令嬢のパティだ。正面には、伯爵令息のリッキーがいる。
「学園に通いはじめてすぐに他の令息に熱をあげて、ぼくを捨てたのは、きみじゃないか」
「捨てたなんて……だって、子爵令嬢のあたしが、侯爵令息様に逆らえるはずないじゃない……だから、あたし」
一歩近付くパティに、リッキーが一歩、後退る。明らかな動揺が見えた。
「そ、そんな顔しても無駄だよ。きみから侯爵令息に言い寄っていたことも、その侯爵令息に最近婚約者ができたことも、ぼくだってちゃんと知ってるんだからな。あてがはずれて、仕方なくぼくのところに戻って来たんだろ?!」
「……そんな、ひどい」
しくしくと、パティは泣き出した。リッキーが、うっと怯む。
「ど、どちらにせよ、もう遅いよ。ぼくには婚約者がいる。きみだって知ってるだろ?」
「あたしが好きなら、そんなもの、解消すればいいじゃない!」
パティが叫ぶ。無茶苦茶だわ、と胸中で呟いたのは、二人からは死角になるところで聞き耳を立てていた伯爵令嬢のシャノン──リッキーの婚約者だった。
昔からパティが大好きだったリッキーもさすがに呆れているのでは、と考えていたシャノンだったが──。
「……そんなにぼくのこと、好きなの?」
予想もしないリッキーの質問に、シャノンは目を丸くした。対してパティは、目を輝かせた。
「好き! 大好き!」
リッキーは「そ、そっか……」と、満更でもない様子だ。それは、パティも感じたのだろう。
「リッキー。ねえ、どうなの? 返事は?」
パティが詰め寄る。悩んだすえのリッキーの答えは、
「……少し、考える時間がほしい」
だった。

覚悟はありますか?
翔王(とわ)
恋愛
私は王太子の婚約者として10年以上すぎ、王太子妃教育も終わり、学園卒業後に結婚し王妃教育が始まる間近に1人の令嬢が発した言葉で王族貴族社会が荒れた……。
「あたし、王太子妃になりたいんですぅ。」
ご都合主義な創作作品です。
異世界版ギャル風な感じの話し方も混じりますのでご了承ください。
恋愛カテゴリーにしてますが、恋愛要素は薄めです。
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる