背中越しの恋人

雨宮 瑞樹

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 何なのよその上から目線。この人は亮の何も知らないくせに。どれだけ、亮が努力してきた知らないくせに。そのインテリ眼鏡は、物事を濁らせるためにあるのではないかと思えてくる。今にも溢れそうな怒り。けれど、そんな子供っぽいことをしてはダメだと、噛み砕けなくなった大きな異物を喉が痛くなるほど無理やり言葉を飲み下す。
胃の中に溜まっていた不快な異物たちは火薬へと変貌しつつあった。
「あぁ、そうだ。忘れてはいけない。顔がいいっていうどうでもいい武器があった。一番どうでもいいものが一番の奴の武器だなんて笑えるよな」
 最後に付け足して大阪は嘲笑った。鼻にかかった笑い声が種火となり、一気に怒りの炎が上がる。テーブルに落としていた視線を上げて大阪を睨みつける。その目はギラリと赤く光っていた。怒りに染められた唯は、大阪の切れ長の目が大きくなったことを気づくことはできなかった。

「私はそうは思いません。彼は自分の父親の名前は、出さずに渡米して頑張ってきたんです。努力で駆け上がってきた本物の実力者です」
 まだまだいい足りない。だけど、それだけで留めるのに唯は集中して下唇を噛んだ。鋭い視線はそのまま向けてくる唯に、大阪は顎に手をやり分析するように見返していた。
「へぇ。ずいぶん彼に肩入れするんだね、唯ちゃんは。考えてみたら、ずいぶん前から宮川亮のこと注目していたもんなぁ」
 ただでさえ、大阪の目は切れ長で鋭いのに更に尖って見えて、ドキリと唯の心臓が跳ねた。そんなこと言ったことあったかしらと、どんなに掘り下げて思い返してみてもそんな記憶はなかった。首を傾げる唯に大阪の元からインテリ顔の顔をより一層強調させている黒縁眼鏡をぐいっと上げていった。
「宮川亮が噛んでいる映画を必ずチェックしてそれを何度も唯ちゃんが観てること、俺が知らないとでも?」
 そういって、大阪はこれまで亮が絡んでいた映画を全部言い当てていた。亮の初めての作品はエンドロールにも名前がなかったはずなのに、大阪が列挙した作品名の中に入っていて、唯は唖然として声も出ない。
 大阪はこの映画館の社員であるせいか、内部事情に異様に詳しい。日本人が関わっている海外映画とあれば、細部までチェックを入れいることは有名だ。

「いつから、宮川亮に注目していたの?」
「……大学の友達が宮川亮と同級生で、その子から話を聞いてから……ですかね。彼、どうやら昔から人気があったみたいで、ファンクラブみたいなのもあったらしいんです。で、その子もそのクラブに入っていて、やっぱり宮川亮のファンだったんです」
「そういうことだったんだ。なるほどね。だから、あんなに熱心に映画観てたんだね。あ、もしかして、宮川亮に会ったことあるの?」
 唯の口から心臓が飛び出しそうなほど、跳ね上がる。
 目が泳ぎだしそうなのを無理矢理大阪に引き留めて、唯は何とか無理やり笑顔を作っていた。
「そんなことあるわけないじゃないですか。同級生の話を聞いただけです。毎日のように彼の話をしてくるものだから、私もそんなにすごい人ならどんな映画に携わるんだろうって興味本位で気になって映画を観始めたっていうだけですよ」
「そりゃあ、そうだよな」
 大阪の鋭かった目が少しだけ和らいで、笑顔がこぼれる。
 納得してくれたのかという思いと、やっと解放される安堵感にほうっと息を吐く唯。

 大阪は席を立ち休憩室のドアを開けていた。そして、大阪は唯に顔を向けることなくいった。
「君のことがよくわかった気がするよ」
 という言葉とバタリとドアが閉じられる音が唯の中心で不快に響いていた。
  
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