サラシ屋

雨宮 瑞樹

文字の大きさ
上 下
18 / 35

怒り

しおりを挟む
 鳥肌が立ったと同時に、憎悪が頭の中に隙間なく広がっていく。
 心臓がバクバク音を立てる。
 陽菜も、こんな奴に殺されたんだ。生きる価値もないやつに、殺された。いくら非難しても、どんなに辛辣な言葉を投げつけても、なにも響かないような心のない人間に。
 あんたみたいなやつが、死ぬべきだった。
 そういいそうになって、理性を総動員させて飲み込む。息が上がる隙間をついて、溢れた。
 陽菜は死んで、どうしてこんな奴が生かされているのか。理解できない。こっちは、大事な人を殺されたのに、どうして死に追いやった相手を殺しちゃいけないの。
 ドンと机を叩く。
 叩いた手の甲が、真っ赤になった。骨に響くような痛みだ。ズキズキとした痛みで、理性をつなぎとめる。

 「お客様。怒りを鎮めてください。子供がおびえてますよ」
 店長らしきスーツを着た男性がやってきて、強い非難の目をよこして、冷たく言い放たれる。
 その一方で、目の前にいる富永へは、眉を寄せて同情していた。私になるべく聞こえないように、富永の耳元で囁く。
「大丈夫かい? こういうことされるのは、初めて?」
 耳を疑った。
 それに対して、富永は健気な子供を演じていた。大丈夫です。自分の童顔を最大限に利用して、同情を買うように、困ったような笑顔を浮かべる。そんな富永に店長は「危ないから、行きなさい」と、指示を出していた。
「すみません。助かります。お騒がせして、すみませんでした」
 富永は、ゆっくり立ち上がり大きめの学ランが、緊張感が抜けたとばかりに、だぼっと下がった。そのついでとばかりに、店長へ感謝を述べて長身の頭を下げていた。その頭が上がるとき、富永は私の方へ視線を送る。目を細め、綺麗な弧を描く口元。それがゆっくり動いた。
『ざまぁみろ』
 
 店長が、励ますように富永の肩を叩き、早く行けと促す。そして、店長が再び私へ向ける顔は、子供を守る正義の味方のような顔をしていた。子供を苦しめる悪党を目の前にしたように、目の端が鋭く吊り上がっている。その先に私がいた。
「あなたがやったことは、子供に対する虐待ですよ! 次は、ないと思ってください!」
 鋭く言い放ち、様子を見守っていたウエイターの方へすたすた歩いていった。
 そこではじめて気づく。店内にあるすべての視線が、すべて私に向けられていて、例外なく私を軽蔑している。

 この世の中はおかしい。
 あの日、思ったことが、ここでも再び繰り返されている。
 
 子供の仮面を被った悪魔。
 大人の同情をかう方法も。自分がどんな顔をすれば、味方につけられるのかも。どう立ち回れば、優位に立つことができるのかも。
 そして。どうしたら相手を負かすことができて、踏みつけられるのかも。
 
 そんな奴、生きる価値もないはずだ。
 それなのに。
 世の中は、そいつを守ろうとする。まだ高校生なんだからと。まだ、子供なんだから、と。大人の方が、踊らされている可能性すら、疑いもせず。見た目が子供だからという理由だけで、無償で守ろうとする。
 あの日の絶望と同じだ。口の中に鉄の味が広がる。

 支払いを済ませようと席を立ったときには、二度と店に来てくれるなと厳しく冷たい顔を向けられた。肩にかけた鞄は、着た時よりも数倍重く感じた。
 全身ズタズタに引き裂かれたような痛みが襲ってきて、立っているのもやっとだった。人にぶつかりながら、フラフラ歩く。その時、頬季節外れの少し冷んやりした風が頬をパチンと叩かれた。
 
 「関わるな」灰本の鋭い声が蘇り、ハッと目が覚める。
 その瞬間。灰本が私をかかわらせようとしなかった理由が明確になった気がした。
 灰本は、私が陽菜と翼を重ね合わてれば確実に暴走するから外されたのだとばかり思っていたが、本当の理由はそうじゃなかった。
 本当の理由は、今回相手にする敵は、正論なんか通用しない相手。相手の方が、私なんかよりもずっと冷静で、何枚も上手で頭がきれる。そんな奴に対して、いくら感情論を振りかざしても、こちらの方がズタズタになることを見越していた。
 店長が言っていた言葉が、蘇る。灰本は、誰かが傷つくことを恐れている。
 灰本にかかっている呪い。そのせいで、私を仕事から外した。

 拳を握って、前を見据える。
 冗談じゃない。
 全身の酸素を入れ替えて、新しい血液を送り込んで、私は走り出した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

職員室の異能者共

むらさき
キャラ文芸
とある中学校の職員室。 現代社会における教師たちの生活において、異能は必要でしょうか。いや、必要ありません。 しかし、教師達は全て何らかの異能力者です。 それは魔法使いだったり、召喚士だったり、人形遣いだったり。 二年生の英語科を担当するヤマウチを中心とした、教師たちの日常を淡々と書いた作品です。 ほとんど毎回読み切りとなっているので、どれからでもどうぞ。 生徒はほとんど出てきません。 こっそりとゲーム化中です。いつになることやら。

時の呪縛

葉羽
ミステリー
山間の孤立した村にある古びた時計塔。かつてこの村は繁栄していたが、失踪事件が連続して発生したことで、村人たちは恐れを抱き、時計塔は放置されたままとなった。17歳の天才高校生・神藤葉羽は、友人に誘われてこの村を訪れることになる。そこで彼は、幼馴染の望月彩由美と共に、村の秘密に迫ることになる。 葉羽と彩由美は、失踪事件に関する不気味な噂を耳にし、時計塔に隠された真実を解明しようとする。しかし、時計塔の内部には、過去の記憶を呼び起こす仕掛けが待ち受けていた。彼らは、時間が歪み、過去の失踪者たちの幻影に直面する中で、次第に自らの心の奥底に潜む恐怖と向き合わせることになる。 果たして、彼らは村の呪いを解き明かし、失踪事件の真相に辿り着けるのか?そして、彼らの友情と恋心は試される。緊迫感あふれる謎解きと心理的恐怖が交錯する本格推理小説。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

影蝕の虚塔 - かげむしばみのきょとう -

葉羽
ミステリー
孤島に建つ天文台廃墟「虚塔」で相次ぐ怪死事件。被害者たちは皆一様に、存在しない「何か」に怯え、精神を蝕まれて死に至ったという。天才高校生・神藤葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に島を訪れ、事件の謎に挑む。だが、彼らを待ち受けていたのは、常識を覆す恐るべき真実だった。歪んだ視界、錯綜する時間、そして影のように忍び寄る「異形」の恐怖。葉羽は、科学と論理を武器に、目に見えない迷宮からの脱出を試みる。果たして彼は、虚塔に潜む戦慄の謎を解き明かし、彩由美を守り抜くことができるのか? 真実の扉が開かれた時、予測不能のホラーが読者を襲う。

新訳 軽装歩兵アランR(Re:boot)

たくp
キャラ文芸
1918年、第一次世界大戦終戦前のフランス・ソンム地方の駐屯地で最新兵器『機械人形(マシンドール)』がUE(アンノウンエネミー)によって強奪されてしまう。 それから1年後の1919年、第一次大戦終結後のヴェルサイユ条約締結とは程遠い荒野を、軽装歩兵アラン・バイエルは駆け抜ける。 アラン・バイエル 元ジャン・クロード軽装歩兵小隊の一等兵、右肩の軽傷により戦後に除隊、表向きはマモー商会の商人を務めつつ、裏では軽装歩兵としてUEを追う。 武装は対戦車ライフル、手りゅう弾、ガトリングガン『ジョワユーズ』 デスカ 貴族院出身の情報将校で大佐、アランを雇い、対UE同盟を締結する。 貴族にしては軽いノリの人物で、誰にでも分け隔てなく接する珍しい人物。 エンフィールドリボルバーを携帯している。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

鬼道ものはひとり、杯を傾ける

冴西
キャラ文芸
『鬼道もの』と呼ばれる、いずれ魔法使いと呼ばれることになる彼らはいつの世も密やかに、それでいてごく自然に只人の中にあって生きてきた。  それは天下分け目の戦が終わり、いよいよ太平の世が始まろうというときにおいても変わらず、今日も彼らはのんびりと過ごしている。  これはそんな彼らの中にあって最も長く生きている樹鶴(じゅかく)が向き合い続ける、出会いと別れのお話。 ◎主人公は今は亡きつがい一筋で、ちょいちょいその話が出てきます。(つがいは女性です。性別がくるくる変わる主人公のため、百合と捉えるも男女と捉えるもその他として捉えるもご自由にどうぞ) ※2021年のオレンジ文庫大賞に応募した自作を加筆・修正しつつ投稿していきます

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

処理中です...