サラシ屋

雨宮 瑞樹

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天海

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 扉を開くと、白い肌に、すらりとした手足が目を引き、目力ある目元に目を奪われた。仕事ドラマの主演女優のようなオーラまで放っている。
 息をのむ美しさというのは、こういう人のことを言うのだろう。
 神々しささえ感じる。その美しさに、警戒心など明後日の方向へ飛んで行ってしまっていた。
 その女性は、灰本へニッコリと微笑みかけていた。依頼人ではないということは明白だった。
 
「看板出てたし、いるかなと思って」
 親し気な話し方。
 もしかして。思わず灰本を見やる。先ほどの警戒心は、私と同じように消えていた。むしろそこに、安堵が混じっている。
 この人が昨日、灰本さんと会っていた人だ。
 理解した途端、急に居たたまれない気分になってくる。
 席を外した方がいいのかもしれない。
 背を向けようとしたところで、彼女は初めて私の存在を確認したようだ。
 ハッと驚いたような顔をしていた。
 訳も分からず、突然焦りが全身駆け巡った。
 私はただの雇われ事務員で、一切やましい関係ではありません。そう言っておいた方がいいだろうか。余計なことは言わない方がいいのか。逡巡していると、彼女は微笑んでいた。
 まるで女神さまのようで、息が止まりそうになる。彼女の双眸は弧を描き、口元も三日月形にさせていった。
 
「この方が、噂の柴田さんね?」
 興味津々な黒目がキラキラ輝いている。
 灰本が私のことを話していたことに、驚きがなら、ともかく挨拶はしないと、ごくりと唾をのんで頭を下げる。
「事務員の柴田理穂と申します」
 顔を上げると、彼女はまっすぐ私に向き直って、私とは違って、至って上品なお辞儀をしていた。

「私は、天海美波と申します」
 天海。ドキッと胸に衝撃を受ける。
 以前、灰本が話してくれた亡くなった親友と同じ苗字だ。
 驚いている私に気づいた美波は、長い黒髪をかきあげながら、すぐに反応していた。
「もしかして、天海和人の話を誠一さんから、聞いた?」
 私もだが、美波も目を丸々とさせていた。その反応をどう受け取ればいいのか。
 灰本を誠一さんと呼ぶのだから、親密な関係だということは間違いないはずで。
 だとしたら、ともかく私の立場をちゃんと理解してもらった方がいいと、脳が勝手に解釈するが、全然思考がまとまらない。
 結局、支離滅裂になっていた。
「記者をされていたという方ですよね……。偶然、流れで、少し聞いたというか……。あの、私はただの事務員なので、詳しいことはよく知りません」
「へぇ」
 私の弁解をちゃんと聞いていたのか、よくわからない反応を見せる。ただ、うんうんと、大きく何度も頷いて、やはり目を丸々とさせていた。やがて、ここに現れた時と同じような瞳の大きさに戻す。
「私は、彼の妹なの」
 ニッコリと笑っていた。
 なるほど。親友の妹と付き合っていたということか。私は、妙に納得してしまう。
 そんなやりとりに、灰本は面倒くさそうに溜息をついていた。

「何しに来たんだ?」
「昨日、約束すっぽかして、すぐに帰っちゃったでしょ? あんなに慌てる誠一さん、初めて見たから気になって。理由くらい聞いておこうと思ったの」
 灰本を問い質す美波。灰本は相変わらず落ち着き払っていたが、私の方が焦ってしまう。
 それは、私のせいだ。説明しようと息を吸おうとしたが、咄嗟にやめる。
 ここで、私が変な口出しをしたら、余計にこじれてしまうかもしれない。本当に何もないのに、誤解されては困る。
 灰本のことだ。うまく説明してくれるはずだ。私は、口を引き結ぶことに決める。それなのに。
 
「柴田のせいだな」
 ぶっきらぼうに一言いう。そのあと、詳細な説明を加えるかと思いきや、何も続けることなく終了せてしまった灰本に、私は驚愕するしかなかった。非難の意味を込めて、灰本を睨んでやる。
 いくら何でも、言葉が足りなさすぎるだろう。誤解されたらどうするんだ。
「やっぱりね」
 美波が灰本から私へ視線を移してくる。意味深な笑みを浮かべていた。やっぱり、誤解しているのではないだろうか。
 きっと内心は相当怒っているのではないだろうか。
 
「定期連絡をするという約束の元、私は仕事をしていたんですが、緊急事態が起こり、それができずにいて……」
 私は、慌てて補足しようとするが、しどろもどろになって、頭がこんがらがってしまう。
 誤解を解くために、どう説明すればいいのだろう。
「なるほど。それで、心配になった誠一さんが、駆け付けたということね?」
 一瞬詰まった私の沈黙を、天海がニヤニヤしながら埋めていた。
 だめだ。完全に誤解されている。誤解を解くためには、多少の嘘は必要かもしれない。
「いや、そういうことじゃなくて……私がどうしようもなくなったってしまったので、灰本さんに来てほしいと要請を……」
 嘘を言いなれていない私は、自然と尻つぼみになってしまってしまう。まずい。これじゃあ、墓穴を掘っているじゃないか。
 ちゃんと見抜いている美波は、私から灰本へ「そうなの?」確認していた。
 その質問を受け取った灰本はため息をついて、私を睨む。
「要請するどころか、対象者と乱闘騒ぎを起こしたという話だ」
 灰本が、ストレートにそういうと、美波の唇は綺麗な弧を描いて、興味津々という顔。
 私はどんな顔をすればいいのだろう。
 
 
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