9 / 35
すみれ3
しおりを挟む
未だに、背中から怒りを発している灰本の背中を、とぼとぼとついて路地を出る。
説明を求めて灰本をみると、冷ややかな視線を送られてきた。
「GPSを辿ってここに来たら、女子高生が飛び出してきて、助けを求められた。男に追われていて、女性が危ないってな。まさかと思ったが、案の定だ」
頷く私へ、きつく睨まれながら、表通りに出る。
そこに、すみれが待っていた。
まさか律儀に待っているとは思っていなくて、意外だった。私の顔を見て、ほんの少しだけ、ほっとしたような表情を浮かべたのはきっと気のせいではない。だが、それは束の間。五十嵐へ見せていたような、気の強さと、横柄な態度が戻っていた。
偉そうに、腕を組み始める。
「それで、あなた達は何者ですか?」
すみれが、私と灰本へ疑問を投げかける。それを受け取った灰本が、私へボールを投げ返してきた。
「状況を説明しろ」
五十嵐がうろついていることを考慮して、近くに止めてあった灰本の車の中へ、三人で移動した。
灰本は運転席。私とすみれは後部座席に乗り込んで、二人へ説明をしていった。二人は、各々違う理由で、不機嫌な顔になっていた。早速灰本が大きく口を開こうとしてくるから、慌ててストップをかける。
「灰本さんからのお説教は、後で聞きます。今は、この子優先で」
両手を合わせて懇願する。あとで、覚えておけよと言われて、仕方なく怒りを収めてくれた。ほっと胸を撫でおろし、すみれへ一直線に視線を向ける。
一応、危ないところを助けられたという思いはあるようだ。気まずい顔をしている。
すみれは持っていた鞄をごそごそ漁り、財布を取り出していた。
その行動に目を見張る。
「はい。お礼」
感謝や謝罪の代わりとばかりに、一万円札を私へ差し出してくる。
運転席の灰本は、ちらりとだけそれを見た後は、まつ毛をピクリとも動かすことなく、無表情で静観していた。
だが、私にはそんなことできるはずもない。どんどん眉間に皺が寄ってしまう。差し出されているすみれの手を、そのまま彼女へ突き返す。
「いらない」
私の反応は、すみれに想定外だったようだ。大きく目を見開いている。
「私は、そんなものがほしいからあなたを助けたんじゃない。世の中、酷い大人たちばっかりじゃないってことを、あなたには知ってほしいから助けたの」
「なんなの、それ。偽善者ぶらないでよ」
すみれは鼻で笑う。
「あなたが見てきた大人たちは、薄汚れている人間ばっかりだったんでしょうね。だからこそ、まだ子供のあなたに反抗心が芽生えた。大人なんて、どうせ。大人は、ろくでもない奴らばっかり。だったら、逆手にとってやろうとでも思ったんでしょう?」
すみれの瞳は、鋭い。それが、答えだろう。それを真正面で受け止める。
「でもね、たった数年であなたも、その大人なるの」
その一言で、すみれの顔つきが変わり、反抗的ににらんでいた瞳が逸らされていた。
「今あなたがやっていることは、あなたが憎んでいる大人そのもの姿よ。 そう思わない?」
逸らされた瞳が、揺れる。このままじゃいけないということなんて、わかっている。彼女の中には、まだ良心が残っている証拠だろう。
「今、ここがすみれさんの分岐点よ。このまま人の弱みに付け込んでずるいことをし続け、日の当たる場所怯える人間になるか。それとも、何に怯えることなく堂々と歩ける人間になるか。それを選ぶのは、あなた自身よ」
ちらりと、一瞬視線をよこしてきたすみれを捉え、見据える。
「あなたがどちらを選んでも、私は何も言わないわ。これは、誰のものでもない。あなたの人生なんだから」
沈黙が落ちると、私と合っていたすみれの視線も徐々に下へと落ちていく。
何とも言えない表情だった。ちゃんと理解したのか、響いたのか読み取ろうと試みたが、いまいちよくわからない。
だが、これ以上私が言えることは、もう何もない。
すみれは、唇を固く引き結び、そのまま後部座席のドアを開けようと手にかけていた。
その時、ずっと無表情のまま黙っていた灰本が、フロントガラスを見据えたままいった。
「もし、あの場にいたのが柴田ではない俺だったら、俺は絶対に君を助けることはなかった。理由は、簡単。自業自得だからだ」
灰本の感情のこもっていない言い方が、沈黙により鮮明に響く。
今にも外へ飛び出そうとしていたすみれの背中が、ぴたっと止まっていた。そのあと、続くであろう灰本の言葉を待っているように見えた。
「だが、今回は俺じゃない柴田がそこにいた。柴田のお陰で、君はどん底に落ちるギリギリのところで、引き上げられたんだ。こんな幸運は二度とこない。そのことを、よく覚えておくんだな」
灰本から飛び出した言葉。私にとっては、ただただ予想外すぎて、驚くことしかできなかった。
「……おじさんもあばさんも、うるさい」
すみれは、ドアを勢いよく開け、足を外へ出す。私はとっさに、いつも持ち歩いている灰本の名刺の裏に、自分の電話番号を走らせ、すみれにダメ元で差し出す。
「もしも、あなたが本当に困っているときは、連絡ちょうだい。私は、あなたを裏切らない」
彼女は背中を向けたまま、振り向くことはなかった。そのまま行ってしまうかと思ったら、彼女の手だけが伸びてきて、私の手から、名刺を乱暴に奪っていく。
「ありがとう」
ぼそっと一言だけ言い置いて、バンと勢いよく後部座席が閉じられる。
彼女が受け入れてくれた嬉しさが、私の顔を自然と緩ませていく。後部座席から、ちらっと見えた灰本も、心なしか口元が緩んでいたのは、私の願望だったのかもしれない。
説明を求めて灰本をみると、冷ややかな視線を送られてきた。
「GPSを辿ってここに来たら、女子高生が飛び出してきて、助けを求められた。男に追われていて、女性が危ないってな。まさかと思ったが、案の定だ」
頷く私へ、きつく睨まれながら、表通りに出る。
そこに、すみれが待っていた。
まさか律儀に待っているとは思っていなくて、意外だった。私の顔を見て、ほんの少しだけ、ほっとしたような表情を浮かべたのはきっと気のせいではない。だが、それは束の間。五十嵐へ見せていたような、気の強さと、横柄な態度が戻っていた。
偉そうに、腕を組み始める。
「それで、あなた達は何者ですか?」
すみれが、私と灰本へ疑問を投げかける。それを受け取った灰本が、私へボールを投げ返してきた。
「状況を説明しろ」
五十嵐がうろついていることを考慮して、近くに止めてあった灰本の車の中へ、三人で移動した。
灰本は運転席。私とすみれは後部座席に乗り込んで、二人へ説明をしていった。二人は、各々違う理由で、不機嫌な顔になっていた。早速灰本が大きく口を開こうとしてくるから、慌ててストップをかける。
「灰本さんからのお説教は、後で聞きます。今は、この子優先で」
両手を合わせて懇願する。あとで、覚えておけよと言われて、仕方なく怒りを収めてくれた。ほっと胸を撫でおろし、すみれへ一直線に視線を向ける。
一応、危ないところを助けられたという思いはあるようだ。気まずい顔をしている。
すみれは持っていた鞄をごそごそ漁り、財布を取り出していた。
その行動に目を見張る。
「はい。お礼」
感謝や謝罪の代わりとばかりに、一万円札を私へ差し出してくる。
運転席の灰本は、ちらりとだけそれを見た後は、まつ毛をピクリとも動かすことなく、無表情で静観していた。
だが、私にはそんなことできるはずもない。どんどん眉間に皺が寄ってしまう。差し出されているすみれの手を、そのまま彼女へ突き返す。
「いらない」
私の反応は、すみれに想定外だったようだ。大きく目を見開いている。
「私は、そんなものがほしいからあなたを助けたんじゃない。世の中、酷い大人たちばっかりじゃないってことを、あなたには知ってほしいから助けたの」
「なんなの、それ。偽善者ぶらないでよ」
すみれは鼻で笑う。
「あなたが見てきた大人たちは、薄汚れている人間ばっかりだったんでしょうね。だからこそ、まだ子供のあなたに反抗心が芽生えた。大人なんて、どうせ。大人は、ろくでもない奴らばっかり。だったら、逆手にとってやろうとでも思ったんでしょう?」
すみれの瞳は、鋭い。それが、答えだろう。それを真正面で受け止める。
「でもね、たった数年であなたも、その大人なるの」
その一言で、すみれの顔つきが変わり、反抗的ににらんでいた瞳が逸らされていた。
「今あなたがやっていることは、あなたが憎んでいる大人そのもの姿よ。 そう思わない?」
逸らされた瞳が、揺れる。このままじゃいけないということなんて、わかっている。彼女の中には、まだ良心が残っている証拠だろう。
「今、ここがすみれさんの分岐点よ。このまま人の弱みに付け込んでずるいことをし続け、日の当たる場所怯える人間になるか。それとも、何に怯えることなく堂々と歩ける人間になるか。それを選ぶのは、あなた自身よ」
ちらりと、一瞬視線をよこしてきたすみれを捉え、見据える。
「あなたがどちらを選んでも、私は何も言わないわ。これは、誰のものでもない。あなたの人生なんだから」
沈黙が落ちると、私と合っていたすみれの視線も徐々に下へと落ちていく。
何とも言えない表情だった。ちゃんと理解したのか、響いたのか読み取ろうと試みたが、いまいちよくわからない。
だが、これ以上私が言えることは、もう何もない。
すみれは、唇を固く引き結び、そのまま後部座席のドアを開けようと手にかけていた。
その時、ずっと無表情のまま黙っていた灰本が、フロントガラスを見据えたままいった。
「もし、あの場にいたのが柴田ではない俺だったら、俺は絶対に君を助けることはなかった。理由は、簡単。自業自得だからだ」
灰本の感情のこもっていない言い方が、沈黙により鮮明に響く。
今にも外へ飛び出そうとしていたすみれの背中が、ぴたっと止まっていた。そのあと、続くであろう灰本の言葉を待っているように見えた。
「だが、今回は俺じゃない柴田がそこにいた。柴田のお陰で、君はどん底に落ちるギリギリのところで、引き上げられたんだ。こんな幸運は二度とこない。そのことを、よく覚えておくんだな」
灰本から飛び出した言葉。私にとっては、ただただ予想外すぎて、驚くことしかできなかった。
「……おじさんもあばさんも、うるさい」
すみれは、ドアを勢いよく開け、足を外へ出す。私はとっさに、いつも持ち歩いている灰本の名刺の裏に、自分の電話番号を走らせ、すみれにダメ元で差し出す。
「もしも、あなたが本当に困っているときは、連絡ちょうだい。私は、あなたを裏切らない」
彼女は背中を向けたまま、振り向くことはなかった。そのまま行ってしまうかと思ったら、彼女の手だけが伸びてきて、私の手から、名刺を乱暴に奪っていく。
「ありがとう」
ぼそっと一言だけ言い置いて、バンと勢いよく後部座席が閉じられる。
彼女が受け入れてくれた嬉しさが、私の顔を自然と緩ませていく。後部座席から、ちらっと見えた灰本も、心なしか口元が緩んでいたのは、私の願望だったのかもしれない。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
無限の迷路
葉羽
ミステリー
豪華なパーティーが開催された大邸宅で、一人の招待客が密室の中で死亡して発見される。部屋は内側から完全に施錠されており、窓も塞がれている。調査を進める中、次々と現れる証拠品や証言が事件をますます複雑にしていく。
御伽噺のその先へ
雪華
キャラ文芸
ほんの気まぐれと偶然だった。しかし、あるいは運命だったのかもしれない。
高校1年生の紗良のクラスには、他人に全く興味を示さない男子生徒がいた。
彼は美少年と呼ぶに相応しい容姿なのだが、言い寄る女子を片っ端から冷たく突き放し、「観賞用王子」と陰で囁かれている。
その王子が紗良に告げた。
「ねえ、俺と付き合ってよ」
言葉とは裏腹に彼の表情は険しい。
王子には、誰にも言えない秘密があった。
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
PMに恋したら
秋葉なな
恋愛
高校生だった私を助けてくれた憧れの警察官に再会した。
「君みたいな子、一度会ったら忘れないのに思い出せないや」
そう言って強引に触れてくる彼は記憶の彼とは正反対。
「キスをしたら思い出すかもしれないよ」
こんなにも意地悪く囁くような人だとは思わなかった……。
人生迷子OL × PM(警察官)
「君の前ではヒーローでいたい。そうあり続けるよ」
本当のあなたはどんな男なのですか?
※実在の人物、事件、事故、公的機関とは一切関係ありません
表紙:Picrewの「JPメーカー」で作成しました。
https://picrew.me/share?cd=z4Dudtx6JJ
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
海の声
ある
キャラ文芸
父さんの転勤で引っ越してきた"沖洲島(おきのすじま)"。
都会暮らしに慣れていた誠司にとっては"ど田舎"で何にもないつまらない島だった。
ある朝、海を眺めているとこの島の少女"海美(うみ")と出逢う。
海美と出逢って知ったこの"何もないつまらない島"の美しさ。
そして初めての感情。
不思議な石が巡り会わせた長くて短いひと夏の淡い青春の物語。
----------------------------------------
前半を見て"面白く無いな"と思ったら飛ばし飛ばしで読んで下さい(´。-ω-)笑笑
コメント、お気に入り、いいね!を下さい(`・ω・´)ゞ
それだけで励みになります!!
特にコメントに飢えておりまして…(゚Д゚≡゚Д゚)
気付き次第即返信しますので、一文字だけでもいいのでコメントお願いします!!( ´・ω・)ノ
アドバイスや文字間違い、文章の違和感…etc細心の注意を払っていますが、そういった事もコメント頂けたら嬉しいです(´°ω°`)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる